第35話 冬の雨とあなたのぬくもり
オークションの翌日は伯爵領の市場に行って特産品を見て回った。
忙しいだろうに何故か旦那様もついて来た。
お部屋係の執事いわく、寝る前や空き時間にはやはりアレクは書類仕事をしているようだ。
ラヴィも私が市場に行くと言ったらハルトと一緒についてきた。
ちなみに全員平民の町人に変装してから行った。
私がハルトとラヴィ、二人お揃いで色違いのブレスレットを買ってあげたら、ラヴィが旦那様に何やらせがんで、私と旦那様までペアルックになってしまった。
旦那様が身に着けるなら、もっと高価な物の方が……、まあ、これも旅の記念だと思いましょう。
屋台の串焼きなどもいただいた。
買い食い最高だね!! 出来立て、焼き立てのお肉はやはり美味しい!!
平民のふりしてて良かった!!
旦那様も娘もついて来てくれるし! 家族も一緒!
「──あ、お母様、雨が」
「降り出したわね、まだ小雨だけど」
私は羽織っていたコートを脱いで、ラヴィの頭からかぶせた。
──うわ、さっむ! 寒いけど我慢!
すると今度は、旦那様がなんと、自分のコートを脱いで私の頭からかぶせた。
──旦那様の温もりが、コートに少し残っている。
世間では氷の公爵様と言われても、やはり体温はあるし、普通に温かいようだ。
今は変装してるから、世間体を気にしての行動とも違うはず、きっと。
そこまで考えたとこで、もう一人子供がいたのを思い出す。
「あ、ハルトは」
私が言いかけると、ハルトはすでにフードをかぶっていた。
「僕の外套はフード付きなので大丈夫です」
「お前達、市場散策は終わりだ。本降りになる前に帰るぞ」
旦那様の言葉に頷き、伯爵邸に戻る事にする。
……ディアーナは……裕福な侯爵令嬢だったから、物は容易に手に入ったが、一番欲しかったであろう愛情だけは手に入らなかった。
そして家族から、愛を得られ無かったのは、アレクシスも同様だった。
もし、もしも……万が一、いつか、本物のディアーナの魂が、あの世に行ったわけでもなく、この世界のどこかに彷徨っているだけで、この体に戻る事になったら、今の温かい思い出が、この体に残り続けて、彼女を温めてくれたらいいな……。
そして、願わくば、その時が来た場合は、手を伸ばす相手を間違えないで、アレクの手を、握ってあげて欲しい。
今日、冬の日に、急に降り出した雨から守るために、私にコートをかけてくれた、あの人に。
帰りの馬車の中で揺られながらも、そんな事を思った。
* * *
その次の日は伯爵邸のサロンでお茶の時間に、ラヴィの隣の席を伯爵の息子達が奪い合う事態になった。
でも口喧嘩だけだからまだマシだった。
流血沙汰にはなっていない。
私はハルトにラヴィの隣に座るのを諦めても、「正面に座ればお顔が良く見えるわよ」とそっと耳打ちをした。
結果、ハルトはラヴィの正面に座って、私はハルトの隣に座った。
両脇を伯爵の令息二人に固められ、居心地悪そうなラヴィだったが、健気に我慢していた。
モテる女もなかなかに辛いわね。
公爵邸に帰るといつぞや、川で出会った川海老取りの名人の子が使用人として、雇って欲しいと本当に来てた。
札も似顔絵も渡してあったので、追い返されてなくて良かった。
うさぎ小屋の掃除やお世話のお手伝いなどの仕事を貰って私の帰りを待っていたようだった。
うさぎ小屋の掃除も真面目にやっていたと聞いた。
私が正式に許可を出したので、執事見習いの勉強に入る事になった。
まず、文字を覚えて貰う為、筆記具をプレゼントした。
いや、支給した。
自分でもノートを手にしている時、原作を忘れないうちに主なエピソードをノートに日本語で書いておこうと思いたった。
日本語で書けば誰も読めないから。
そして、エピソードをいくつか書き出して、思いついた事がある。
「メアリー、この種を取り寄せるように手配をお願い」
「はい、奥様。ところでこれは何の花の種なんですか?」
「薬草よ」
「薬草ですか」
「春には薬草園を自領で作りたいと思って」
「さようでございますか……」
美しい花を好む貴婦人は多いから、てっきりお花の種だと思ったのだろう、メアリーは自分の主人がわざわざ薬草育てるなんて変わってるなーとは思ってそうだけど、忠実なのでそれ以上突っ込んでくることもなかった。
原作で読んだけど、将来的に各地で疫病が流行るから、お薬になる薬草を育てるのだ。
癒しの力を持つ聖女のラヴィが全地域をカバー出来るわけじゃないから、備えはしておこう。
あ、薬草だけでなく、上下水道かトイレの整備も頑張らないと。
窓の外から排泄物を裏通りに投げ捨てるとか絶対にダメ。
不衛生!
以前のような無尽蔵な魔力はないけど、土魔法も使えるし、コツコツ要所の工事はしておかないと。
公爵夫人自ら工事とかおかしいけれど、変装してこっそりとやろう。
ある程度は自分でやれば経費が節約出来る。
上下水道の設備が難易度高くて無理なら、トイレ設置だけでも……スライムを上手に使って排泄物を肥料に出来るシステムにすれば、無駄にもならないはず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます