第33話 奥様、氷上で慌てる。

 ハルトの家族は、三男坊のハルトのことはかなりほったらかしの長男優遇の家だったはず。

 原作にそう書いてあった。


 私は、食事の後でハルトの頭を撫でて、


「私で良ければいつでも甘えていいからね」


 と、言ったら、ハルトは驚いた顔をしてた。


「お母様! ずるいです! 私も!」


 ラヴィが猛然とカットインして来た。

 私の目の前に頭を差し出し、私も撫でて!! の要求。


 撫でろ要求をする猫みたいでかわいい!


 もちろんラヴィも撫でてあげた。

 私に頭を撫でられて御満悦の表情の娘。

 愛しすぎる。


 唖然として見守るハルト。

 ごめん、急に娘が割り込んで……。


 旦那様に何かフォローを求め視線をやったら、ワカサギ食べた後に優雅にお酒飲んでる!

 駄目だコレ。頼りにならない。



「あ、三日後は釣りからスケートになるので、ラヴィアーナ嬢良かったら一緒に滑りませんか? 

僕、わりと得意なので」


 なんと! ハルトがラヴィをスケートデートに誘った!


「でも、お母様が」



 はっ! 前回は怪我を心配して釣りをって言ったけど! 

 よく考えたら自然に手を繋いだり、急接近で親しくなれるイベントかも!



「得意なハルトが教えてくれるならいいかもね。

滑れないよりは滑れた方が先の人生で役に立つ事もあるかもしれないし」


「お父様は? 私、スケートをしてもいいですか?」

「そうだな……何にせよ、弱点は少ない方がいい。せっかくだから教えてもらいなさい」


「僕につかまって滑るなり、手を引いて滑るかしたら大丈夫だと思います。頑張って支えます」



 よく言った! 流石覚醒前でも勇者!!



「お父様とお母様が許してくださったから、スケート、練習してみます」

「うん、頑張ろう」


 両親公認のスケートデートが決定した娘である!

 めっちゃカメラ欲しい。


 釣りから伯爵邸に戻って、晩餐に招かれてご馳走を食べた。


 晩餐の場では適当に社交的ににこやかに比較的無難そうな会話をして、なんとかその場を乗り切った。


 数日後、スケートをする予定日になって湖へ。

 今日の湖は貴族貸し切りじゃないから、平民も沢山来ていて、なかなか賑わっている。

 真冬に出来る数少ないレジャーだ。


 我々は半分くらいはお忍びモードだ。


 半分っていうのは、本日の私達のコーデはいつもの貴族的な豪華な衣装は着ていない。

 ちょい裕福な町人風。


 でも普段着風の騎士の護衛は多少ついてるから。

 ちなみに護衛なので剣は持ってる。

 休日の騎士か冒険者の剣士に見えると思う。多分。



 氷上に向かうラヴィは緊張した感じだけど、ハルトは張りきっているようだ。

 表情が明るい。



「手は、離さないでね!」

「うん、大丈夫だよ」



 氷上で震えるラヴィは足がぷるぷるしてる。

 生まれたての子鹿のよう。


 向き合ってラヴィの手を引くハルトがゆっくりと引っ張るようにして滑る。

 

 ほのぼのとしたその光景を、私は離れたとこから見ていた。

 しかし、


「自分は滑らなくていいのか?」

「実は、私も滑れませんので、ここで見守ります」



 湖の端っこで娘を見守る係をしてる私に、本日も付き合いでやって来た旦那様が水を差す。



「そうだったのか、ほら、手を出すがいい」

「え?」

「せっかくスケート靴は借りたのだろう」

「いや、私はいいので、本当に」



 断っているのに、旦那様に強引に手をつかまれた。



「きゃあ!」

「其方もあからさまな弱点は無い方がいいぞ」



 あー!! この容赦の無い氷の公爵め! 空気読め!


「ひ、人前で転けたら恥になります! 大人なので!」

「私につかまっていればいいだろう」



 きゃああああっ!! やめてぇっ!!

 人の少ないゾーンに、片手を掴んで引っ張られて行く!!


 旦那様は慣れてるのか、フィギュアスケート選手みたいにスイスイ滑る!!



「ちょ、ちょっとあなた! どこまで行くんです!?」



 転ける! 滑る! 早い! 転ける! 怖い!



「ハハハ、いつもの強気はどうした?」



 おのれぇー!!


 き、騎士! 護衛騎士! 私を助けて!!

 あ! 目が合ったのにそらされた!

 くそ、相手が公爵と公爵夫人だと公爵を優先されてしまう!



「アレクシス!! 公爵邸に、帰ったら覚えてなさいよ!」


「ほう、一体何をする気だ?」



 夜中の寝てる時に突撃してやる!

 ベッドに!!



「教えません!」

「ハハハ、まあ、そうなるか」


 くそー! 余裕ぶちかまして、私を楽しそうに振り回してるわね!!

 悪ガキみたいな真似をして!



 氷上でさんざん振り回された後で私は気が付いた。

 私は空が飛べるのだし、スケート靴に魔法をかければよかったわ!


 テンパリすぎて忘れていた。

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