第16話 夜の宴会

 私達は何事もなく、公爵領へ帰還した。


 そして私はおりこうさんにお留守番をしていたラヴィに会いに行った。

 お土産を渡しに。


「これが皇都のスイーツ店で買ったおやつと、リボンとか新しいドレス用の生地よ」

「お母様、沢山お土産ありがとうございます! あの、遊んでいただけるのはいつですか?」


「遊ぶのは明日以降ね。

私のせいでガヴァネスが首になって、次の人が見つかるまで、ずっと遊ばせるとお父様も不服かもしれないわ。私が出来る授業もします。

授業の後に遊びましょう。その授業用の準備を少しするから」


「授業? お母様が私にお勉強を教えてくださるのですか?」

「ええ、まあ、たいした事ではないけど」

「嬉しいです!」



 まあ、勉強が嬉しいなんて! 変わってるわね。

 でも……もしや私といられるだけで嬉しいの? まさか……かわいすぎ!!



 * *


「奥様、お嬢様に何を教えるのですか?」

「それなんだけど、メアリー。廊下にあった彫像を私の部屋に持って来て」

「え? 彫像でございますか?」



 * *



「やるべき事を成してから飲むお酒は美味しいわね〜〜!」


 バタン! 急に自室のドアが乱暴に開かれた気配がした。


「奥様!!」



 夜中の酒盛り中に飛び込んで来たのは公爵家の護衛騎士だった。



「どうしたの?」

「バルコニーから、煙が! 火事なのではと、見張りから報告が」

「ああ、紛らわしくてごめんなさい。コンロでお魚を焼いてただけよ、あと、蟹」

「はあ!? 何故バルコニーでそのような事を」


「バルコニーから春の庭のお花を見ながらの甲羅酒もオツなのよ。

はい、駆けつけ一杯。

その甲羅に入ったお酒はね、東の国のかぐや姫からいただいたのよ〜〜」


「はあ!? 勤務中なのですが!」

「屋敷内にいるのに、そこまで真面目に……え、本当に飲まなくて良いの?」

「き、勤務中ですから……」



 そう断りつつも、騎士の目はコンロの上の美味しそうなお魚とお酒に注がれている。


 可哀想、勤務中だからお酒が飲めないんだ、でも……当然か。



「非番だったら飲めたのにね、また今度ね、次は非番の時に飛び込んでおいでなさい」

「……実は私、後、40分後に見張りの仕事が交代になりますが、この酒盛りは後どのぐらいされているのでしょうか?」

「あはは!! よくってよ、後、40分は持たせてあげる」



 そして40分後に騎士は酒盛りに参加したのだ。


「うわー、このお酒、美味しいですね」

「分かる〜? この美味しさが〜〜」

「ええ、カニミソの風味が足されて凄く……美味しいです」


「このカニミソ、全く生臭くならないの、お酒の力かしら? 

ミソ入りと無しと両方味わってみたんだけど、どちらも美味しいのよ」


 バタン!! 

 またすごい勢いで扉が開いた音がした。


 あら、またお客さん?


「バルコニーから煙が上がっていると報告を受けたのだが、お前は何をしているのだ?」



 夫だ!! 扉を開けて入って来たのは夫のアレクだった。



「あら! 珍しく旦那様が夜に私の部屋に!」

「火事では無いのだな?」



 夫にギロリと睨まれた。



「見て分かりますよね、料理です」

「どこの貴族がバルコニーで料理をするというのだ!」

「ここにいます!!」

「開き直るな」

「テヘペロ」


「エレン・フリート!! お前も何故一緒になって飲んでいる?」

「公爵様、交代時間までは耐えたんです! 今はお休みなので、お酒の席に呼ばれました」

「……」


 夫は無言になって騎士を見ている。やや呆れ顔だ。


「本当にエレン卿は〜〜任務中は飲めないって断ったんですよ、真面目にィ、あなたもそこで突っ立ってないで一緒に座って飲みましょうよ」

「公爵様、椅子をご用意いたしました」



 メイドのメアリーがすぐさま追加椅子をバルコニーに運び入れた。

 グッジョブ。



「これはかぐや姫からいただいた、貴重なお酒です、輸入するつもりですから、旦那様も味を知っておいた方がよいですよ」

「……これは、仕事だ。味をみるだけだ」


 そんな言い方して、本当は飲みたいくせに〜〜。

 素直じゃない〜〜。


「じゃあ甲羅に入れる前にまずそのまま、それから〜甲羅にも入れてみますかぁ?」

「好きにしろ」

「んもー素直じゃない〜〜。あ、明日はラヴィとお勉強の後にちょっと遠出しますから、騎士を四人借りて行きますよ〜〜」


 やや語尾を伸ばして喋るほろ酔いの私。


「ディアーナは酔っているのか?」


 夫は騎士に向かって問うた。


「そこそこ酔っておられるようです」

「遠出とはどこだ?」

「野山の散策ですよ〜〜。せっかく春なんで〜〜、自然が美しいので〜〜」

「騎士はつけるが、あまり危険な所に行くんじゃない」


「公爵領内にある野山に行くだけですよ! 視察も兼ねて私が見て来てあげます〜〜。そんな事より飲みなさいよ〜〜、これ美味しいんだから〜〜」


「やはりコイツは酔っ払いだ。……酒は……なるほど、美味しい」


「こっちが甲羅酒よ〜〜。カニも美味しい、今度は大きいの買う。身が多いやつ」

「公爵様、これはやや小さめのカニなので、主にミソを味わう系だと思われます」


 騎士が何やらカニの種類を説明してる。


「どうやら、甲羅酒なるものも、美味いようだ」

「ほら〜〜、美味しいでしょう?」

「奥様、お魚も焼けています」


 メアリーがほぐした魚をスプーンの上に乗せてくれたのを受け取った。

 箸が欲しい。


「ほら旦那様、塩焼きの白身のお魚ですよ、ホックホクのぉ〜〜。……あーんして」


 ダッチオーブンで焼いた魚を夫の口元に寄せる私。


「自分で食べられる」

「私のあーんが不服なのぉ? こんな美女に向かって〜〜贅沢な男ね〜〜」

「完全な酔っ払いだ」



 その後あたりからは記憶が消えて、どうやら私は寝てしまったらしい。


 朝になって、朝食の後に、ラヴィと初めての授業。


「お絵かき?」



 スケッチブックや鉛筆などを前にしてラヴィはそう言った。



「美術の授業ですよ」

「美術、分かりました」


「この絵を見てちょうだい、何に見える?」



 私はお酒を飲む前にスケッチした絵をラヴィに見せた。



「うちの廊下にあった男性の彫像の絵に見えます」

「そう、その絵に格子状の線、マス目が描かれているのも見えるわね?」

「はい」


「このマスの線を描くことで、線の位置が分かりやすいの。

目は、眉は、マス目内のどの辺にあるのか、じっくり見て、同じ絵を描いてみて、物の形を捉える力をしっかりと養えば、きっと淑女のやる刺繍にも役に立つでしょう」


「なるほど、分かりました」


「本当は描くなら美女の方が楽しいから、オペラ歌手の美女のチラシの肖像画でも教材に使おうかと思ったんだけど、お顔の上に線を入れるから、失礼かな〜、申し訳ないな〜と思ったので、モデルをよく分からない彫像の男にしました」


よく分からない白い男性の石膏像さんは犠牲になって貰った。

すまない。

こちらの神話の存在か英雄だろうか?

とりあえずこの彫像さんのモデルと会うことはないだろう。


「お母様はお優しいのですね」

「ん?」

「お顔に線を入れるのが申し訳ないって」

「まあ、教材とはいえ、顔に線入れられて嬉しい人はあまりいないでしょうし」


「そう言えば、お母様、朝食は召し上がりましたか?」



 ラヴィは紙に向かってきちんと絵を描きつつも、私にそう問うて来た。


「ああ、昨日はちょっとお酒をいただいたので、自分の部屋でヨーグルトとフルーツだけ。

食堂に行けず、心配させちゃったかしら? ごめんね。

でも昨夜はお父様も一緒に飲んだのよ」


「え!? お父様がお母様と一緒に!?」


「私がバルコニーで魔道コンロを使って魚や蟹を焼いていたので、煙が出たのを火事なのか? って見に来たの」

「バルコニーで料理を?」


「ええ、それで怒られたんだけど、夕食の後は、料理人も休むでしょう?

そこに追加の仕事、酒のツマミを作れとか言いたくないから自分で作る用にコンロを買ってバルコニーでやっていたのよ。

アレクにも飲ませてしまえばなし崩しに許されると思って、あ、ラヴィはこんな狡い大人にはならないように」


 自ら反面教師になって行くスタイル。


「はあ……お父様がよくお許しになりましたね」

「極東の国のかぐや姫からお米で出来たお酒を輸入させて貰う事にしたから、味を知っていた方がいいと誘導したのよ」

「お母様は策士なんですね」

「ふふふ、口の上手さは生きていく上で、助かる事はあるわ」


「お母様、出来ました」


 描き上げた絵をチェックする。


「なかなか上手ね、思えばハンカチにしたスズランの刺繍もよく出来てたし、物の形を捉える能力は元から高い方なのでしょう」



 ラヴィは照れつつも、嬉しそうにしてる。

 褒めて伸ばすぞ。


 しばらく絵の描き方指導をした後に、いよいよお遊びの時間。

 勉強の後のご褒美。



「お外に散歩に行きましょう」

「お庭ですか?」

「もっと、川とかある所よ、のんびりした田舎。せっかく春だし」

「お出かけ、私は嬉しいですけど、そんなに遠くに行って大丈夫ですか?」

「護衛騎士を連れて行けば大丈夫でしょう」


 多分。

 だって、昨夜、騎士を借りるって言っておいたはず。


 その辺に警備で常駐してる騎士を数人借りればいいでしょ。

 敵でも来ようものなら、ラスボス候補の私が魔法で蹴散らすし。

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