第10話 魅惑のドレス

 私は買って来たカーテン仕切り用の布地や紐をメイドに渡した。

 そして自室に戻り、使用済み空き瓶を返却希望と手紙に書いて、お薬を渡す時に一緒につけた。


 アカギレ以外のお薬の転送作業もした。



 しばらくして、私がポスト付近を見に行く為、庭園に出て見ると、ラヴィの家庭教師ガヴァネスが夫のアレクに、ちょうどよろけたふりして腕につかまり、胸を押し付けてる場面を目撃した。


 奥様は……見た!


 よくもまあ、行儀作法を教える立場の女家庭教師があんな魅惑のトライアングルゾーン有りのドレスを着て来るわね。

 胸の谷間を惜しげもなく見せて、魅せていくスタイル。

 

 襟が存在するけど、胸の上に布地が無くて三角に空いているのよ、そういう魅惑のデザイン。

 実を言うと私も好きだわ。



「あら〜〜、行儀作法の先生だと伺っておりましたのに、そのように胸を押しつけて、まさか夫を誘惑に来られたとはね」



 夫とオッパイガヴァネスのいる方向にズカズカと歩いて行く私。

 確か未亡人らしい、この子爵夫人。


 夫の方は鍛錬場からの帰りなのか、腕まくりした白いシャツに黒いパンツのシンプルスタイル。

 スタイルの良さが際立つ、逞しい胸板が眩しい。



「ち、違いますわ、奥様、ちょっとふらついた所を公爵様に支えていただいただけで」

「……」



 私は艶然と微笑みを浮かべ、女の胸の谷間に人差し指と中指を、無言のままズボっと入れた。



「きゃあ!?」



 私は差し込んだ指を何食わぬ顔で引き抜いて言った。



「素敵なオッパ……ドレスですわね〜〜!!

良い所に穴が空いてるから、この魅惑の春の大三角に指を入れろって事かと思いました。

誘惑されてしまいますわね、こんなドレス〜〜。

ねえ、あなた?」


「ディアーナ……私は誘惑などされていない」



 夫は女家庭教師を自分の側から引き離した。



「ち、違いますわ! ……誘惑だなんて! その、ドレスはたまたま他の物が全て洗濯中でして」


「フラつくほど体調が悪いのでしたら、家でひと月くらいゆっくりお休みになったらいかが!?

ドレスの洗濯時間も必要なのでしょう」


「っ! ちょっとした貧血で、少し休めば大丈夫ですわ」

「礼儀作法の家庭教師じゃなく、男性を誘惑する手段を教えに来られたのでしたら、他所へどうぞと言っているんですの」


「奥様、あ、あまりに失礼では!?」

「そうですか? 旦那様、私は間違った事を言っていますか?」

「子爵夫人、当家の家庭教師は辞めてもらう」

「ええ!? そんな! 公爵様!」

「あなたは確かに、子供の教育に悪そうだ」



 オッパイガヴァネスは夫の一言であっさりと首になり、青ざめた顔をして、逃げるように走り去った。



「オッパイガヴァネス、もっとお前と戦いたかった……」



 庭園を吹く風に、私の長い金髪がサラリと靡いた。



「お前は何を言っているんだ」

「あの女が泣きながら膝をつくまで、やりあいたかったのですわ」



 夫を誘惑する女があっさりと逃げて行った。

 どうもラスボスのディアーナのこの体、敵を見たら好戦的な思考になるみたい。



「何もそこまで。それと、オッパ……とか言うのをやめろ」

「公爵邸の庭園で夫の誘惑をするなんて、どう見ても私に喧嘩を売ってる敵じゃないですか」

「──はっ、てっきり、お前はあんな事、気にもとめないと思ったが」



 夫の吐き捨てるように言うセリフには棘がある。

 過去のディアーナが散々他の男を誘惑しといて、と言いたいようね。



「ラヴィがあんな光景を見たらどうするんですか? 

父親の胸にしなだれかかったり、腕にオッパイを押し付けたり」

「だから、はしたない言葉を使うな」



「でも実はあのドレスのデザイン自体は私も好きなんですよ。教育現場ではなく、本当にパーティーで着てくれたらいいのに」

「あんな事を言っておいて、お前もあのようなドレスをどこかで着るつもりなのか?」

「だって、男性もああいうの、嬉しいのでしょう?」

「男が皆、そうではなかろう」



 ふーん、そうですか?



「気が向いたら、私もああいうドレス、着てあげますね」



 夫の方を見つめながらそう言った。



「必要ない」

「え!? ドレスがいらない!? 全裸をお望みですか?」

「違う!! どうしてそうなる!」



 からかっただけでーす。

 くるりと後ろを向いて舌を出す私。


 そう言えば、妖精のポストの方向に行く所だったのだわ。

 できるだけ気配を殺してポストのある方向に向かう私。

 ……茂みの影にこっそりと隠れてみた。



 ポスト付近にはメイドが二人いた。せっかくなので、聞き耳を立てる。



「妖精さんが瓶を返却して欲しいそうだから、急いで瓶を返しに来たの」

「ちゃんと洗った?」


「もちろん。妖精の機嫌を損なうと、二度と貰えなくなるかもだし。

私の妹も他所の家でランドリーメイドをしているから、手が荒れるの。

また貰えたら、分けてあげたくて」


「ここのポスト、公爵家の者だけ使えるって聞いたけど」

「私が一度貰って、他にあげる分はいいのではないの?」

「そうなのかしら?」


「だって、つい今さっき、病気の母親の為のお薬が欲しいって手紙を書いて出したメイドのマリアが、ちゃんとお薬を貰えたって話よ。

母親はここで働いてる人間じゃないわ、家で寝込んでるんだもの」


「なるほど、それなら確かに」

「明日は休みを貰ってお薬を届けに家に帰るってマリアが言ってたわ」

「へえ〜〜」



 そこへ三人目のメイドが駆けつけた。



「ねーねー! 二人とも、聞いた!? 

急に使用人部屋に大工が入ったと思ったら、目隠しの仕切り布を取り付けてくれるんですって! 

公爵家、急に使用人に優しくなったわね!?」


「ええ! 嬉しい、人目があると色々気になるものね」

「だらけた格好でお尻をかいたり?」

「やだ〜〜テレーザったら!」


 メイド達がきゃっきゃと楽しそうに話してるのを、私は茂みの向こうから聞いた。

 嬉しそうで、何より!!

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