第9話 使用人の待遇改善。
私が娘を怪我させた犯人だと、夫に疑われたせいで泣いていたラヴィ。
私は彼女を抱きしめて、ヨシヨシと宥めた。
しばらく宥めた後に、私は自室に戻った。
町に行った時のお土産のお菓子をつまみつつ、ドレスのリメイクデザインを紙に描いていく。
しかし、一人でリメイク作業はぶっちゃけキツイ。
住み込みで私専用の針子が欲しい。
人件費を考えてもドレス代の方が高いのだ。恐るべし、貴族のドレス。
私はメアリーに頼んで家令のスチュワートを私の部屋に呼んでもらった。
「奥様、私をお呼びだそうで」
「スチュワート、住み込みで私専用の針子を差し当たって……えーと、一年契約くらいで、二、三人雇いたいのだけど、部屋は空いてるかしら?」
「それはまた急な話でございますね、しかし、一部屋に二人入れるのであれば、なんとか可能です」
「二名ね、街で私が募集をかけてくるわ。
他に用事もあるからついでに。
それと、一部屋に二人なら仕切り用の衝立かカーテンが欲しいわね、でないと女性は気が休まらないし」
プライバシーは大切だ。
人の目が気になると、だらけつつ、大口開けてあくびもできない。
「しかし、使用人の四人部屋もそんな仕切りは今まで一度も使っておりませんが」
もっと悪いとこだと使用人は屋根裏部屋や地下室、台所の隅に寝るなどという劣悪な環境で耐えている。
公爵邸だと個室は無理でも一応まともな部屋を使用している。
「じゃあせっかくなので他の部屋にもつけてあげるようにしましょう。
天井付近に長い棒を固定し、大きな布をかければいいから」
「左様でございますか」
「あ、四人部屋の二段ベッドの方は、カーテンレールが無理ならベッドの木の棒の所に紐を括って張るとかして、布で目隠しを。
布の端に輪っかをつけてフックに引っ掛けるとかでもいいわ。
とりあえず本人が目隠し欲しいか不要か聞いてつけて。あ、目隠し布は私が街で買ってくるわ」
「かしこまりました。使用人の仕事中に大工を入れます」
さて、馬車で外出して人材派遣会社みたいな職業斡旋所に行こう。
例によって護衛騎士を二名程選んで、荷物持ちの執事も一名、メイドのメアリーと、五人で外出する事に。
まず職業斡旋所に行き、住み込みの針子の募集をかけ、それから布問屋に向かった。
結構大きめの店に到着した。なかなか品揃えは多そう。
「奥様、本日はどのような布地をお求めでしょうか?」
「使用人部屋のカーテン用の布地で、シルエット以外は透けない物を」
「かしこまりました、こちらへどうぞ」
ずらりと布の並ぶ棚を見ながら移動する。
「一応、女性用と男性用で色を変えようと思っているの」
「では、このグリーンなど落ち着くと思いますが」
それは鮮やかなグリーンの布地だった。
あまりに鮮やかなグリーンはヒ素化合物なんか使っていないか不安になる。
この世界の文明レベルが気になる。
パリスグリーンとか、エメラルドグリーン、シェーレグリーンなどのアレ。
殺鼠剤や殺虫剤、農薬にも使われるやつ。
無味無臭のヒ素は毒殺にも使われた。
「安全な草木染めとかの物なら緑でもいいけど、殺鼠剤や農薬にも使われるような染料は絶対に駄目よ」
「……少々お待ち下さい」
「ええ」
店主が違う棚から生地を持って来た。
「この黄緑は安全な草木染めです、こちらの青も」
「では、それを、在庫ありったけ。足りないといけないから、其方のキナリの物も。
あ、そこにある長めの紐も。かなりの量があるから、後で公爵邸まで届けてくれる?」
私は財布を預けたメアリーに精算を任せた。
「かしこまりました。お買い上げありがとうございます」
テキパキと買い物を済ませていく。
「あの、奥様、安全じゃない布地とかある物ですか?」
「昔本で読んだ知識だけど、殺鼠剤や農薬にも使われるグリーンの染料が存在する可能性はあるわ。
色の綺麗さを追求して、安全面がおざなりな物が。
だからあまりに鮮やかなグリーンは警戒してしまうの。
緑色自体は好きなのだけど」
「ええ? 怖いですね」
「かわいそうに、おそらく毒と知らずに粉を振り、造花作りの仕事をしていた女性が死んでしまったみたいな話もあるわ。息をする度に粉を吸ってたり、爪や指先についた緑色の粉が死因よ」
「まあ……なんて事」
そんな訳で、買う布や服、壁に塗る色とか、あんまりにも鮮やかな緑色は警戒しなさいねと、メアリーに忠告をして話をしめ、今度は毒物を見抜ける鑑定鏡、魔道具を探しに行った。
「店主、毒などの鑑定が出来る鑑定鏡などあるかしら?」
「ああ、そういった特殊なアーティファクトはオークションでも行かないと無理だと思いますよ」
──ああ、そうなのね。
じゃあ何を買おう。
そう思って店内を物色していると、魔道具の冷蔵庫とコンロを発見した。
冷蔵庫、自室に欲しいわね。
コンロは、これ、裏庭かバルコニーで使ってちょっと自分で料理したい時にいいのでは?
貴族の奥様って普通自分で料理しないけど、夜中にお腹が空いた時とか、料理人を起こして夜食作らせるのも悪いし。
あ、ついでに魔法薬の小瓶も買っておきましょう。
「この魔道保存箱とコンロと小瓶をいただくわ。公爵邸に送ってちょうだい」
「かしこまりました」
次に市場でスケッチブックと画材を二人分買って、新鮮な果物とお肉と野菜を買い、帰りがけに孤児院に寄って寄付をして帰宅。
* *
帰宅後、公爵邸のサロンに見知らぬ女がいた。
窓越しに見て、廊下で待機していた執事にあれは誰なのかと訊いた。
「ガヴァネス? ラヴィの……へえ」
ふーん、女家庭教師ね。
10歳になると、ちゃんと魔力を持つ上級貴族はアカデミーに通う。
ディアーナは魔力無しと誤認されていて、魔法も実際封印されていた為、入学は叶わなかった。
学生時代にお友達も作れなかった。
ラヴィは原作で読んだとおり、きっとアカデミーで運命の男勇者と出会うはず。
自室に戻ると、スカラリーメイドとランドリーメイドから手荒れが酷いと妖精ポストから小さな手紙が届いていた。
キッチンの洗い場と洗濯のメイドはやはり手荒れが辛いようね。
そしてどうやら妖精のアカギレ用のポーションの効果のクチコミが広がった。
私は新たに癒しの魔法を付与したポーションを作り、手紙の差し出し人の部屋に贈った。
しかし、このままでは小瓶が品切れになるわね。
今度からポストの側に使用済み空き瓶を返却してって書くかまた補充をしておかないと。
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