第8話 夫の勘違いと娘の手紙。

 娘の為、絵本の読み聞かせの最中、急に私の寝室のドアが勢いよく開かれた。

 襲撃かと思う勢いだったので、びっくりしたけど、入って来たのは夫だった。



「ディアーナが娘を寝室に連れ込んだという知らせがあったが」


 言い方!!


「ただの読み聞かせですけど! なんですそのいかがわしい言い方!」

「お、お父様、本当にお母様は私に絵本を読んでくださってるだけです」

「ラヴィアーナ、ちょっとベッドから降りてみなさい」

「はい?」


 一体何だというの? ラヴィも不思議そうな顔でベッドから降りた。

 寝巻き姿で裸足だ。


「そのまま一周、くるりと回転してみなさい」


 言われるままに回るラヴィ。


「一見した所、怪我はないが、何もされなかったか?」

「はあ!? 私が嫁入り前の娘に傷をつけるような暴行を加えてたとでも!?

そこまで馬鹿なことはしませんけど!?」


 原作ディアーナも子供を長く放置はしていたけど、ラスボス化するまでは物理攻撃とかはしていない。

 していなかったはず。

 


「……何かされたらすぐに医者を呼びなさい」



 あ、いけない、ラヴィが涙目に。

 両親が険悪なのは良くないわね。


「お父様! 本当に酷い事はされてません! お母様は優しくご本を読んで下さっただけです!」


「お疑いなら、明日、メイドか医者を呼んで傷の有無の確認をさせますわ」

「医者か、そうさせよう」



 夫はそう言って私の部屋から出て行った。

 くそ、日頃の、過去の行いがわるかったせいで……。


「お、お母様、ごめんなさい……」

「何でラヴィが謝るの、大丈夫よ」



 * *


 そして翌朝、事件は起こった。

 ラヴィが朝に自室に戻って、着替えをしようとした時にうっかりよろめいて椅子に太ももをぶつけてしまったらしい。

 それは、その現場はメイドのデイジーも見ていた。


「ど、どうしよう! 椅子にぶつけてあざが出来てしまった!」

「大丈夫ですよ、お若いですし、すぐにアザも消えるでしょう」


「違うの! 今日お医者様を呼ぶってお父様が言ってたのに! お母様がぶったと勘違いされたら! 

ねえ、デイジー、お医者様とお父様に言ってね!?

私が自分で椅子にぶつけてしまっただけだって!」


「はい、お嬢様、もちろんです」


 *


 しかし、医者を呼ばれて、ラヴィの足にアザが見つかったので、そして、その事で私達は夫に執務室に呼び出され、詰問される事になった。



「私ではありません」


「お父様! 本当にお母様ではありません! デイジーもその場で見てました!」


 証人として呼ばれたメイドのデイジーが証言する。


「旦那様、確かにお嬢様はふらついて椅子に太ももをぶつけておいででした」

「ほら……お父様」

「ラヴィアーナに頼まれれば、メイドは嘘でもそう言わざるを得ないだろうな」

「お父様! 本当にお母様のせいじゃないの!」


「私はやっていませんけど、そう疑うのであれば、よろしいですよ」


 私はそう言って夫の前に進み出た。

 そして右手で夫の手を掴み、左手で自分のスカートを捲り上げ、掴んだ夫の右手で自分の太ももをバチン!!と打った。


 ディアーナの白く美しい肌が赤くなる。

 私は夫の腕を離した。


「!?」

「同じような傷をつければよろしいわ」


「お母様!!」



 !!


 ──しまった。

 ラヴィが号泣してしまった。

 言われなき冤罪で、思わずカッっとなってしまった。


「ちがうのに……ちがうのに……っ! お父様のバカぁ!」



 ラヴィは泣きながら夫の執務室から走って出て行った。



「あーあ、あなた、娘を泣かせましたね?」

「今のはお前のせいでは?」

「ええ? あなたの冤罪のせいでは?」


「冤罪なら何故自分の足を打った?」


「冤罪ですが、お仕置きをすればあなたが納得するのかと思いまして。

あ、嘘発見器、いえ、大神官を連れて来て下さっても良いですよ。

大神官は嘘が看破できるらしいじゃないですか」


「わざわざ家庭内の事で大神官を呼ぶなど出来るはずが無かろう」

「そうですか、では急いで嘘を見抜く魔道具でも買ってくるといいですよ」



 私はそう言い捨てて、夫の執務室を出た。



「旦那様、今のはあまりにも……言い過ぎでは?」

「本当にアザがあったではないか」



 扉越しに家令の声が聞こえた。


 はあ、もう良いや。

 ふて寝しよ。



 しばらくふて寝していたら、妖精のポストに連動させてる魔法陣が作動する気配を察知し、目が覚めた。

 私のテーブル上の魔法陣に小さな手紙が転送されて来た。


 手紙を開いた。

 小さな文字で書かれた手紙は、所々涙で滲んでいた。

 差し出し人はラヴィだ。



「私のお誕生日にお母様がかわいいうさぎさんのぬいぐるみを下さった。

とても嬉しかった。


お父様は花束とオルゴールを下さった、とても嬉しかった。


お母様が野苺狩りのピクニックに連れていって下さった。とても嬉しかった。


熱を出したらお母様が看病をしてくれて、りんごのうさぎさんを食べさせて下さった。

嬉しかった。


お母様がお部屋に呼んでくれて、ベッドの中で、初めて絵本を読んで下さった。

とてもとても嬉しかった。


お母様のベッドはとてもいい香りがした。お花の香りのようだった。

急にお部屋にお父様が入って来た。

お父様は私がお母様にいじめられていると勘違いしたようだった。

とても悲しい。


次の日の朝、私はお母様に絵本を読んでもらった事が嬉しくて、まだ夢を見ているようでふわふわしていた。

うっかりふらついて椅子に足をぶつけた。


自分で怪我しただけなのに、お医者様に足のアザを見られて、お父様がお母様のせいだと勘違いされた。

お母様は何もしてないのに、お母様はお父様の手をつかんで、お父様の手でお母様は自分の足をぶった。

悲しかった。


お母様の足がすぐに治りますように。痛くなくなりますように。

お父様がお母様のせいじゃないって気がついてくれますように」


 そんな内容が書かれていた。

 う! うちの娘が尊い! 健気! 

 


 しばらくして、他の手紙もポストに投函されたようだ。

 私は手紙を開いて読んでみた。


「メイドのジョセットの手のアカギレが治りますように。 トーマス」


 ふーん、執事のトーマスは洗濯メイドのジョセットの事が好きなのね?


 私はすぐに手持ちのポーションに癒しの魔法をエンチャント、付与した。

 自然治癒力を高める薬草で作られたポーションに、ブーストをかけたような物だ。

 ポーションを入れた小瓶を執事のトーマスの部屋に「アカギレ治療用、妖精の傷薬」と書いた小さな手紙をつけて、こっそりと置いておいた。


 ややして、洗濯メイドのジョセットはトーマスのくれた妖精のお薬でアカギレが治ったと、お礼の手紙が妖精のポストに入っていた。


 やったわ! 成功!

 夫のせいで少しむしゃくしゃしてたけど、いいことすると気分が良くなるわね!


 それはそれとして、ラヴィはまだ落ち込んでいるのかしら?

 そう言えば、ラヴィの足にも私が治癒魔法かければいいんじゃない?

 そう思って私はラヴィの部屋に行った。


「ラヴィ、足のアザはどう?」

「なんともありません」

「見せて」

「……」



 私は黙ったままのラヴィのスカートの裾を捲らせて貰った。



「……まだ少し残ってるわね」

「痛くないです」


『癒しの光よ……ヒール』



 ラヴィの太もものアザは綺麗に消えた。



「お、お母様の傷は?」

「もう治っているわ」



 私は自分のドレスの裾も捲って見せた。

 アレクは拳を握っていた訳ではなく、平手だったので、たいしたダメージでは無かった。



「良かった……」


 ラヴィはそう言いつつも、また涙目だった。

 私はラヴィの頭を撫でて、優しく抱きしめて、びっくりさせてごめんねと謝った。

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