第7話 娘に絵本を。
朝からたわいもない事で夫と軽く口喧嘩した。
だけど今気にすべきは病み上がりのラヴィの為に出来る事を考える事。
結論として、軽く読める絵本を探す事にした。
TVもゲームもない世界なら、もう手軽に入手出来る娯楽は本となる。
屋敷内には絵本の類は無かった為、私は外出して本屋に向かう事にした。
ついでにドレス二着と宝石の売却もしよう。
メイドのメアリーと護衛騎士もお供に二人だけつける。
私とメアリーは同じ馬車で移動して、護衛は馬でついて来ている。
馬車の中でメアリーと話をした。
「平民に擬態する為の服も数着欲しいわね、中古で構わないから」
「奥様、平民のふりをしてどちらへ行かれるおつもりですか?」
「市場とか……買い物よ」
「中古の服屋に奥様が入るのはまずいです、私が代わりに買って来ます」
「そう? じゃあ変装をする前はメアリーにお任せするわ」
馬車を走らせ、本屋に到着した。
「絵本……絵本……」
私はワクワクしながら、異世界の本屋の中を物色する。
オタクは物語や創作物に溢れてる場所に来ると、嬉しくなるものだ。
そう言えば、肉体に残るディアーナの記憶のおかげか、モブ貴族の顔と名前はほぼ覚えてないけど、文字の読み書きは出来て助かった。
「あ、あった。この辺ね」
絵の綺麗な絵本を三冊ほど選んだ。
「奥様、見つかりましたか?」
「ええ、ついでに恋愛小説や冒険小説、他に何か感動できるお話でおすすめ本があるか、店員さんに聞いてみて、持って来てくれる?」
「かしこまりました」
護衛中とはいえ、護衛騎士もやや暇そうなので、ついでに聞いてみた。
「貴方達も、おすすめの冒険小説など、知っていたら教えてくださる?」
男性騎士なら冒険小説の一冊くらい読んでるのでは?
「……大航海をした船乗りの記録本などいかがでしょうか?
異国の勉強にもなり、なかなか面白い読み物でしたよ」
「あら、いいわね。貴方は?」
私はもう一人いる騎士にも問うた。
「では、竜を倒した英雄の冒険の物語でも」
「それもいいわね」
騎士二人のおすすめ本を聞いて、その本を探していたら、店員のおすすめ情報で選んだ本をメアリーが抱えて来た。
精算所にどさりと本を置いて、お買い上げ。
次に着ないドレスと宝石を売り払い、その予算からメアリーに中古の平民女性が着る服を買って来て貰った。
新品よりややくたびれた服の方がそれっぽく見えるだろう。
今度は地味な馬車で平民の服を来て、市場見物でもしたいな。
今日はまだ貴婦人の服を着ているから、我慢した。
ついでに人気の菓子店に寄り、お菓子を買って公爵邸に帰宅し、思い出したように聖地巡礼。
公爵邸には立派な温室があるのだ。
苺やズッキーニなどがある。やったわ、食べられる!
温室見物をしていると、執事から報告が来た。
「奥様、例の頼まれていた小さなポストが完成しました」
やったわ!
* *
公爵邸の春の庭園は、今が盛りとばかりに花咲き誇り、とても美しかった。
庭師の愛情も込められているんだろう。私はここにラヴィを誘った。
「妖精のポスト?」
「そうよ、妖精さんに小さなお手紙を出すの。
人に言えない悩みや、日常にある些細な喜びや悲しみ、残念だった事を書くの」
「嬉しい事も悲しい事も? 悲しい事を知らされても妖精さんは困らないですか?」
「誰かが嬉しい話もするかもしれないし、大丈夫、相殺されるわ。母は今から手紙を出します」
「わあ、小さい文字」
「そうよ、妖精さんは小さいから文字も小さく書くの」
「今日は朝から焼き立てのクロワッサンが出て、良い香りだし、美味しくて最高だったと書いてあるの。
誰かの喜びの感情で妖精の羽根は輝きを増すわ」
嘘だけど!!
──いや、騙しているんじゃない、夢を与えているんだ。情操教育だ。
サンタさんはきっといる的なアレだ。
「そうなんですか……」
妖精の話を聞いたラヴィの青い瞳はきらきらと輝いている。
どうやら信じたようだ。純粋だ。流石小説の中の聖女。
私は小さな手紙をポストに入れた。
ポストの内側の底の部分には魔法陣を私が仕込んだし、魔法鉱石の鈴蘭のような形のお花の飾りもつけた。
実はこれ、集音魔法を仕込んでいる。
ポスト近くで誰かが話すと私の部屋の対になってる鈴蘭っぽい花から聞こえる。
前世で読んだ小説で見つけた魔法だ。
魔法が使えないディアーナは、いつか使えるようになるかもと、諦めずに便利そうな魔法の研究、勉強をしていた。
魔法の使えない見かけ倒しの女だと、陰で悪口を言われても、人知れず努力していた形跡は、彼女の自室の本棚や、机の中、そこかしこに資料があった。
集音魔法は盗聴になってしまうが、まあ、そもそもこちとら悪役だし、危険があれば察知できるし、子供を護りたいだけですし。
「あ、そうだ、街で絵本を買って来たの、ラヴィにあげるわね。読み聞かせをして欲しい?
それとも自分で読む?」
「え!? 絵本を読んで下さるんですか!? お母様が!?」
「ええ。でもメイドの方がいいならメイドに頼むわ」
「お、お母様に……読んでいただきたいです」
「そう、じゃあ夜寝る前に私のお部屋に来て、ベッドの中で読むから、眠くなったらそのまま眠れるように寝巻きで」
「はい!!」
本は……一度に渡さず、少しずつ渡す方がいいかな?
私だったら、内容が面白い場合、ぶっ続けで読んで寝不足になるから。
我慢出来なくて一気読みしちゃうのよね。
私がラヴィの部屋に行ってもいいけど、万が一、人が隣にいて気になって眠れない場合、逃げる場所が無くなる。
逃げたくなったらお部屋に戻れるように、あえて私の部屋にした。
「途中で自分のお部屋に戻りたくなったら遠慮しないでね、いつも一人で寝てる人は隣に誰かいると寝付けない事があるから」
「お母様は私がいて大丈夫ですか?」
「私は大丈夫よ」
万が一寝れなくても朝食の後に二度寝すればいいだけだもの。
学校も仕事も無いし、暇だし!
本来は貴族の奥様は……屋敷の管理とかするんだろうけど、ディアーナはパーティーなどで社交しかして無かったから。
それに浪費家だった女に家計簿なんか任せられ無いわよね。
ハハハ!!
「じゃあ、夜を楽しみにしていますね」
「ええ」
「お昼は……お母様と一緒に食べられますか?」
「ええ、そこの……庭園の東屋でお花を眺めながら食べましょうか」
「はい!」
お昼は私がレシピを料理長に渡し、作って貰ったズッキーニの肉詰め。
公爵邸の温室にズッキーニがあったので夏を先取り。
元はイタリアの家庭料理。
中身をくり抜かれたズッキーニがボートみたいに見え、リピエノと言われる料理だったと思う。
ちなみにお肉じゃなくてツナを入れてもいいんだけど、とりあえず今回は肉だ。
「この料理は初めて食べました、美味しいです」
ひき肉がとてもジューシーで、噛むと肉汁の味が広がる。
そして肉とチーズのハーモニーが最高。
「チーズが入っていれば大抵美味しくなるのよね。リピエノって言う料理よ、気に入ってまた食べたくなった時は、料理長にリクエストすればいいわ」
「私なんかがメニューを決めていいのですか?」
「公爵令嬢が遠慮する必要はないと思うわ」
リピエノをメインに、他はパンと、サラダと、苺。
そういうランチをラヴィと一緒に東屋で食べた。
花香る庭でのお食事は、気分が良く、そして美味しかった。
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