第6話 娘の看病。
「え!? ラヴィが熱を!?
何故!? ピクニックの時、薄着過ぎた!?」
昼前まで怠惰に爆睡してたら、とんでもない報告で目が覚めた。
「お医者様が来られてますから、詳しい話はそちらから」
私はラヴィの部屋に向かって走った。
医者がいたので、具合はどうか訊ねることにした。
「ラヴィはどうなのですか?」
「長らく、緊張状態だったのが、急に緩んだと言いますか、ようやく今なら休んで大丈夫だと、体が判断したと言いますか、つまり、しばらくゆっくり寝ていれば回復します。心配はいりません」
え、仕事中は気を張っていたせいか、熱とか出なかったのに、土日に体調を崩すみたいなあれ!?
今まで、心の平穏が無さすぎたのだろうか?
なんて不憫な……。
思わず目頭が熱くなり、涙が出る。
「分かりました、ご苦労様でした」
「では…失礼いたします」
医者は部屋から出て行った。
残されたのは、涙目の私。
ラヴィは私があげたうさちゃんを抱きしめて寝ていた。
う、余計泣ける。
夫のアレクを激辛料理で泣かせるどころか、私が泣いてるわ。
「奥様、何か必要な物がありますか?」
メイドのメアリーが気を使って訊ねてくれた。
「じゃあ、ラヴィが起きたら、りんごを剝いてあげたいから、りんごとナイフでも持ってきて」
「かしこまりました」
メアリーは、静かに部屋を出て行った。
私は起こさないように、ラヴィの額の汗をハンカチでそおっとぬぐったり、頭を撫でてみたりした。
……よく寝てるようで、ラヴィはしばらく起きなかった。
私はベッドの脇で、治癒魔法かけるほどでも無いと言われたので、ただ、見守っていた。
人に元々備わっている自己治癒能力を使うのも、大事な事なので。
やがて、2時間くらいして、ラヴィは目を覚ました。
「おかあ……さま?」
「ラヴィ、疲れていたのね、ゆっくり休みなさい。それとも、お腹空いた?」
「少し……」
「じゃあ、今からりんごを剝いてあげますね」
私はメアリーが届けてくれたりんごを剥いた。
ラヴィが体をゆっくり起こした。
私が剥いたりんごをじっと見ている。
「……耳?」
「りんごのうさちゃんよ、ほら、食べてごらんなさい」
「食べるのが……もったいないです」
「ただのりんごよ、まだあるから、気にせずに食べなさい」
ラヴィは私がフォークを刺したりんごをそっと受け取り、口に入れた。
シャクっといい音がした。
「どう? 美味しい?」
「甘くて……美味しいです」
自分で剥いたりんごを、私も一つ食べてみた。
「りんごって、少し皮ごと食べると爽やかな気がするのよね」
「はい」
「後は、パンとスープでも、持って来て貰いましょう」
私が、りんごをベッド脇に置き、座っていた椅子から立ち上がると、ラヴィが、ちいさく声を漏らした。
「あ……」
「どうしたの?」
「もう、行ってしまうんですね」
ラヴィが何やら寂しそうだ。
……もしかして、私に側に、いて欲しいの?
もう……私が怖くないの?
「ちゃんとした食事を頼んでくるから」
「りんごがあるから大丈夫です」
私は、ベッドサイドの呼び鈴の存在に気がついて、それを鳴らした。
出窓には先日贈られたピンクのバラとオルゴールも大切に飾られていた。
「奥様、お呼びでしょうか?」
私は座り直して、現れたメイドに声をかける。
「病人でも食べられるパンとスープをここに」
「かしこまりました……え?」
「どうかした?」
「このりんご、奥様が剥かれたのですか?」
「そうだけど?」
「し、失礼いたしました、お呼びいただけたら、当方で剝きますので」
あ! しまった!
貴族の奥様がりんごを自分で剥くのはおかしかったわ!
しかもうさちゃん。
「私、わりと手先が器用なのよ、暇だったし!」
私はどうでもいい言い訳をして、メイドを下がらせた。
しばらくして、食事が届いた。
トレイに載せたまま、膝の上に乗せる。
ふーふー。
スープで火傷をしないように私はスプーンで、掬ったスープを少し冷ました。
「はい、あーん」
ラビィは、びっくりした顔をして、でも、赤い顔をしながらも、口を開けた。
ゆっくり咀嚼する。
「え!?」
ラヴィの着替えを持って来たメイドが驚愕の表情で、うっかり声を漏らした。
「……」
今のも珍しい光景すぎたのね、私が子供の世話をしていた事が。
「よく考えてみれば、自分で食べられるわね」
その方が、食べやすいだろう。
私はトレイごと食事を渡した。
ラビィは、母親に珍しく、ホントに珍しく、甘えられるのが、嬉しかったのかもしれない。
でも、それで、私の涙腺がまた決壊しそうだった。
「私も食事をしてくるわ」
子供に泣き顔を見せたくなくて、そそくさと席を立ち、私は自室に戻った。
ベッドにダイブして、枕を濡らした。
「うっ……かわいそう……」
私が、これから、幸せに、してあげないと!
タオル代わりの布地で涙をふいた。
ややして、ノックの音がして、食事が届いた。
コンガリきつね色の美味しそうなチキンと蒸した野菜、豆のスープ、パンなどだった。
豆のスープはどうやらラビィのと同じ物で、優しい味だった。
「染みるわぁ……」
* *
食事の後は少しドレスのリメイク作業などをした。
そして、翌日の朝、思いつきをメモして、その辺を歩いていた執事を捕まえて、とある依頼をした。
職人に頼んでもいいし、作ってくれたら材料費と手間賃を払うと。
「小さいポスト? 大きい方が良くないですか?」
「通常の手紙を受け取る訳じゃないのよ、妖精に手紙を出すの」
「ま、魔術道具ですか!?」
「そんな大袈裟な物じゃないわ、メルヘンポストよ、童話や絵本で出てくるみたいな。庭に置くから」
「はあ? それに誰が手紙を出すんですか?」
「屋敷の人間なら誰でも出して良いのよ。
人に言えない悩みや、日常にある些細な喜びや悲しみ、残念だった事を書くの」
「そんな内容を妖精に向けて書いてどうするんですか?」
「人に言いにくい事でも書けばわりとスッキリするかもしれないでしょ?
衝立越しに神父へ懺悔するみたいに。
内容は恋人が欲しいとか、誰それとデートしたいとか、そんな事でも良いのよ。
妖精が気まぐれに願いを叶えてくれるかもしれないし、そうはならないかも」
「願いが叶わないかもしれないのに……出す人いますかね?」
「それは、藁にでも縋りたい願いを持つ人はいるでしょうし、願いが叶うかは、どれほど真摯な願いかとか、日頃の行いの差が出るでしょう。
誕生日にたらふく肉が食いたいとかなら叶うかもしれないけど、恋人が欲しいとかは無理かもしれない」
「そうなんですか」
「それで、執事仲間で作ってくれる人はいるかしら?
庭師でもいいし、大工に頼んでもいい。報酬は銀貨五枚出すわ」
「やります!! 小さなポストくらい、俺でも作れます!」
「そう、じゃあよろしくね」
ふふふ……大本命のラヴィの望みがこれで分かればラッキーてなものよ。
なお、ラヴィが妖精ポストを使ってくれるかは、不明なんだけどね!
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