第5話 旦那様からの呼び出し

 ピクニックの後に、旦那様に呼び出された。


「ラヴィアーナとピクニックに行ったとか? どういう風の吹きまわしだ?」


 護衛の騎士を八人つけるはずが十人に増やしたのは貴方でしょうに、今更そんな事が気になるの?


「あまりになまっ白い肌で不健康に見えましたし、箱入りも過ぎますと、世間知らずになるかと思い」

「何かあっては遅いのだ、そういう事は思いつきで行動するより、今後は計画をしっかり立てて行うように」


 ふーん……一応心配する心はあったのね?


「すみませんでした」



 でも心配してる風な事を言いつつも、相変わらず表情筋が死んでるわね、旦那様。

 どうやったらこのクールな表情を崩せるかしら?


 激辛料理でも食べさせて見たら、涙目になったりするかしら?


 涙目のアレクシス……ふふ、レアよね、見てみたいわ、かわいいのでは?

 私は思わずニヤリと口角を上げて笑ってしまった。


「何を笑っているんだ?」

「あまりにいつも貴方の表情が変わらないものだから、とても辛い料理でも食べさせてみたらどうなるかと、つい、考えてしまっただけですわ」

「どうなると思うのだ?」


「えーと、もしかしたら涙目に」


 ギロリと、殺気さえ感じる絶対零度の目で睨まれた。


「涙目の私を想像して笑っただと?」


 ひえっ!!


「た、ただの想像な上に、かわいいではないですか!?」

「かわいいだと?」


 ──あら、怒り! 表情がポーカーフェイスから怒りになりましたね!

 感情が揺らぎましたよ! でも怒らせてしまいました!

 やらかした!


「かわいいは褒め言葉ですわ! ああ、怖〜〜い! そんなに睨まないで下さいませ!

怖〜〜い!!」


 私は夫の前から逃亡した。



「待て! 其方、本当にそれは怖がっているのか!?

馬鹿にしているんじゃないか!?」


 流石に怖〜〜い! と言いながら逃亡する私を追って来る事は無かった。

 使用人達の間で噂になってしまうものね。

 妻を虐める夫呼ばわりは、大変不名誉でしょうし!


 自室に戻って、さて晩餐だけど、気まずい。

 今、アレクと顔を合わせたくないから、食事は部屋に運んでもらおう。

 小説に書いてあったし、まるでお前と一緒に食事すると不味くなると言わんばかりに食事もほぼバラバラでしていたと。


 これじゃディアーナの孤独は深まるばかりで、ラスボス化待ったなしよね。

 でも、今日は、うっかりで怒らせてしまったし、そっとしておこう。


 

「メアリー、今日は疲れたから食事は自室で摂るわ。ここに運ぶように厨房に伝えてちょうだい」

「かしこまりました」



 * * *



 一方、その頃の夫、アレクシス公爵は執務室で報告を持って来た家令と話をしていた。


「今回、ディアーナは自分のドレスは新しく買わなかったのか?」

「はい、お嬢様の分のみ三着ほど。しかも以前買ったドレスを一部売り払い、その金額でお嬢様のドレスをお作りになるようです」


「散財が趣味のような女だったのに、そんな節約をしていたのか、まるで……別人のようだな」

「無駄使いが減るのは喜ばしい事です。

やりすぎると公爵領が財政難、もしくは旦那様に何かの制裁をされているのだと勘違いされかねませんが」


「小切手を渡しておいたのだが」

「旦那様から何か贈られたらいかがですか?」

「どんな理由で?」


「御自分の妻君なのですから、特別な理由は不要では? 

花や宝石ならば、奥様に似合うと思ったから買ったと言えば通用するかと思われます」


「それではまるで、私はディアーナに惚れているかのようではないか」

「対外的にはその方が丸く収まります」


 公爵は溜息を吐いた。


「この件は一旦保留する」

「かしこまりました」


 コンコンと、ノックの後に扉越しに声がかけられた。


「旦那様、本日のお食事はどちらでなさいますか?」


「ディアーナは食堂か?」

「いえ、自室でお食事をなさると」

「……娘は?」

「食堂に向かわれたようです」


「旦那様、食堂でお嬢様お一人はお可哀想かと」


 家令が口を挟んだ。


「分かった、食堂で食事をする!」


 公爵は中と外にいる者に聞こえるように声を張った。


「「かしこまりました」」


 * *


「奥様、お食事です」


 メアリーが食事を自室へ届けてくれた。

 ビーフシチューとサラダとフルーツと焼き立てパンがワゴンに乗って出て来た。


「んまあ、朝でもないのに、夕食なのに焼き立てパンが出て来たわ!

バターの香ばしい、いい香り!」



 パンをウキウキ割ってみるともちふわ感が最高。

 食事に感動していると、メアリーは首を傾げながら言った。



「奥様、いつもパンは焼き立てじゃないとお怒りになるではないですか?」

「あ、あら!? そうだった? 頭を打ったせいで忘れていたわ!」



 やばい、本人のわがままで毎回パンの時は焼き立てを要求していたのか。

 セレブ妻とは……贅沢なものね。


「焼き立てパンはとても嬉しいし、大好きだけれど、今後は焼き立てパンは一日、三食のうち、一回でも構わないと厨房に伝えてちょうだい。何度も手間をかけさせて申し訳なかったわ」


「は、はい、一応料理長にお伝えしておきます」


 半信半疑みたいな反応をされた。よほどディアーナの日頃の行いが悪かったと見える。


 とりあえず、ほとんどの事は頭を打ったせいに出来て、ちょっと便利だなと思ったりした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る