第4話 ラヴィとピクニック
かくして、我々はピクニックに出発した。
護衛騎士は八人でいいと言ったのに、十人もついて来た。
比較的近くの野原に行くだけなのに、大袈裟ね。
馬車の中でも、私の正面の座席に座るラヴィは緊張したようにカチコチになっていた。
……まだ私が怖いのかな?
しばらく走っていた馬車が止まる。
「野原に到着したようね」
騎士の手を借りて、馬車から降りると、春のいい香りがした。
野花の香りだろう。
頭上には青い空、足元には若草。
──とても、爽やかだわ。
いい感じ! 私はストレスなど溜めてはいけない。
ラスボス化を防ぐ為にも、こういうスローライフ的な生活がいい。
周囲をキョロキョロと見渡すラヴィ。
こういう場所に初めて来たんだろう、箱入り娘らしい反応。
「ラヴィ、足元に気をつけて、野原は綺麗だけど、蛇とかはいるかもしれないし、後は蜂とかも」
「は、はい」
「あちらの林に野苺はありそう」
籠を持って、林に向かって歩いて行こうとすると、騎士が出て来た。
「私が先行します」
騎士達に前後挟まれ、サンドイッチ状態で移動するはめになった。
まあ、美しい自然風景が……やや視界が遮られるが、騎士の背中はカッコいい。
許す!!
案の定、少し日陰になっている場所に野苺を見つけた。
「あったわ! 野苺! ほら、ラヴィ、見てごらんなさい」
「わあ、赤くてかわいいです」
君の方がかわいいよ。と、脳内でプレイボーイのようなセリフが浮かぶ。
「摘んでいきましょう」
「はい、お母様」
「あ、虫に気をつけてね。野苺を食べたい時は中を割って、中に虫がいないのを確認するのよ」
「え、虫さんが中に!?」
「虫はいるかしれないし、いないかもしれないわ」
私は一つ野苺を摘んで、その中を開いてみた。
「よし、これは虫がいないわ」
続けて、呪文詠唱をする私。
『ウォーターボール』
水の玉が空中にふわりと浮かぶ。
サラッと成功した!
流石ラスボス候補。覚醒後はマジで優秀。
水の玉に私は野苺を掴む指先を潜らせて洗った。
そしてパクリ。
「……甘いわ」
「美味しいですか?」
「ええ、ラヴィも手にある苺を割って見て、問題無ければこの玉で洗って食べてごらんなさい」
「はい」
ラヴィはブラウスの袖を捲って、恐る恐る指先を水の中に入れた。
チャプチャプと水中で指先を動かし、野苺を洗った。
そして愛らしいお口に野苺を入れた。
「美味しい……」
「そう、良かったわね」
ラヴィの瞳は初めての体験でキラキラと輝いていた。
本当はもっと、幼いうちから、こんな自然を見たり、野遊びも経験したりさせてあげたかった。
今からでも、子供らしい事、いっぱい体験させてあげたい。
でも貴族の令嬢的には山野で野苺狩りとかはレアかもしれない。
せいぜい果樹園で葡萄狩りとかだろうか?
「……水音がします」
「近くに小川があるのかも、探してみましょう」
「奥様、川なら、あちらです」
騎士が川の場所を知っているらしいから、教えて貰った。
「小川……」
キラキラ光る水面を見ながら、ラヴィがそう小さく呟いた。
やっば!
きっとお外で小川をのんびり眺める経験も初なんだわ、これ、この反応。
泣ける……。
「あ、ほら、こういう、石の下に……」
「奥様、スカートが濡れます!」
屈んで石を触ろうとした私を、メアリーが慌てて制止する。
「お母様、石の下に何があるのですか?」
「沢蟹がいるかもしれないの」
「奥様、私が代わりに」
騎士の一人が石をひっくり返してくれた。
すると、小さな赤い沢蟹が隠れていた。
「あ! いた! ほらね!」
「わあ、小さい蟹さん」
「油で揚げれば食べられるわ」
「え!? こんな小さな蟹を食べるんですか!?」
「サンドイッチがあるから、今日は食べなくても大丈夫よ。
旅をして、他に食べ物が無い時は、火を通せば食べられる事を覚えておきなさい。でも生はダメよ、魚も蟹も。寄生虫がいる事があるから」
「はい……」
小説では、ラスボス化したディアーナを倒す為に、山野を旅をするシーンがあった。
……沢蟹は逃げて行った。
「そろそろお昼にしましょう。朝はバタバタしてて、一緒に食べられなくてごめんね。
ラヴィはちゃんと食べた?」
「いえ、大丈夫です。
昨日はご馳走を沢山食べたので、あまりお腹が空いてなくて、でも、スープはいただきました」
「そう」
開けた所で、ピクニックシート代わりの布を敷き、バスケットを開いた。
まな板の上で、バゲットを切って、バターを塗り、ハム、チーズ、レタスを挟んでラヴィと食べた。
ちなみに急に付き合わされてる騎士は干し肉を齧っていた。
10人分もサンドイッチ持って来れなかったの、ごめん。
帰り際に木苺も見つけた。
こっちは黄色い。
摘んでから帰る。
馬車での帰り道、串焼きの屋台を見つけて寄って貰い、メアリーに頼んで、馬で並走してる騎士達用に串焼きを買って貰った。
「今日は急に付き合わせてごめんなさい、貴方達、お腹が空いたでしょう?」
「……大丈夫です、ですが、ありがとうございます」
十人の騎士達は急に優しくなっている私に驚きつつも、差し入れの串焼きを食べた。
騎士達が串焼きを食べている間に、私とラヴィは馬車の中で、水筒に入れてきたりんごジュースなどを飲んでいた。
ややして、また馬車を走らせ、公爵邸に着いた。
陽は既に傾いて、夕刻となり、晩餐の時間には間に合った。
わざわざ騎士をゾロゾロと引き連れての外出だったけど、何事もなく穏やかでいい日だったと思う。
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