第24話 九月二十九日(木)ー2 幽霊なのか?

 川野はそれから一時間ほど練習し、教室に上がってきた。


「ああ、だった(疲れた)! 腹減ったわ!」

 椅子にだらしなく腰かけると、いそいそとカバンを探って菓子パンを三つとパックの野菜ジュースを取り出した。

「お疲れさま」

「こんな時間から練習って、マジあり得ねえから、ふつう」

 袋を開けてチョココロネにかぶりつく。

「朝弱そうなのに、来てくれてありがとうね」

「いやー、﨑里ちゃんのお願いですから、むげにはできません」

「私、お願いしたっけ?」

「ん? せんかった?」


 チョココロネをあっという間に平らげると、二つ目の袋を開ける。メロンパン。


「それにしてもさ、何なんやろな。昨日、朝練の許可を取るとき確認したけど、やっぱり、ほかに誰も申し込んどらんかったわ。幽霊? いやー、そういうの、俺だめなんよ! 﨑里ちゃん、本当に見えとるん? なあ、なあ」

「うん。普通にはっきり見えてるよ。だから、今まで怖いと思ったこともないし、幽霊なんて、考えたこともなかった。いつもまじめに練習してる男子がいるなあって思ってた。ああ、でもね……」

「でも?」

「目が、見えた」

 メロンパンに挑みかかろうとしていたのをやめ、こちらを見た。

「目? どういうこと? そりゃ、ふつう見えるやろ?」

「こちらを向いたとき、目の色がくっきりと見えたの。あり得ないくらい、はっきり。瞳の模様まで見えた」

「何、瞳の模様って?」

「瞳の色がとっても薄くって、緑色と茶色のまだら模様だったの」

「……」

「川野の目みたいに」

「……」


 川野は無言でこちらを見たまま、野菜ジュースのストローをずずずと音を立てて吸う。


「川野の親戚じゃないの?」

「うちの親戚で、この高校出身で、弓道部に入っとって、若いうちに死んだっち人は、俺は知らんなあ」

「川野の親戚は、みんな目の色が薄いの?」

「どうやろ? えーと、俺と父ちゃんは薄いな。あと、妹もちょっと薄めやった気がする。でも母ちゃんは普通やった。やけん父ちゃんの親戚が色が薄いんかな? じいちゃんばあちゃんの色は覚えとらん。父ちゃん一人っ子やけえ、父ちゃん側のおじさんおばさんはおらんし、従兄妹もおらん。じいちゃんばあちゃんの兄弟とかになると、もう名前も知らんな」

「そうだよね、ふつう……。弓道部の部員で、高校生の時に亡くなった人っていないの?」

「いやあ、聞いたことないわ。幽霊が出るなんて噂話も、いっさい聞いたことない」


 川野はがさごそと三つ目のレーズンサンドの袋を開けながら、ふとこちらを見た。


「あ、ちょっと食べてみらん? ここのパン屋のレーズンサンドさ、超おススメ」

 その表情に何とも愛嬌があって、私は釣られるようにうなずいた。

「じゃあ、ちょっとだけ」


 川野がちぎってくれたレーズンサンドを受け取ると、朝日の差し込む教室の中で二人で食べた。甘さ控えめのクリームに混ぜられたラム酒漬けのレーズンが舌先をぴりりと刺激した。

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