【短編】約束を破る時

【短編】約束を破る時

僕と、彼女が出会ったのは、高校1年の体育祭の準備中だった。


僕は、東山樹ひがしやまたつき。彼女は、新山小春にいやまこはる。クラスは別で、でも、同じ実行委員になって、何となく話すようになって、何となく一緒にいるようになって、そして、何となく付き合い始めた。


どっちがすきって言ったとか、告白したとか、交際申し込んだとか、全然なくて、只、気が合ったから、って言えば良いのか、自然とそう言う感じになった。


でも、僕はどちらかと言えば、目立たなくて、陰キャラ的な存在だったけど、小春は違った。小春は、背はちびっこかったけど、そのちっこい背に合ったボブと、クリッとした茶色の瞳、いつも笑顔でいて、男子からは、入学当時から、『可愛い』と人気があった。


そんなこと、僕は知らなくて、知らないまま、小春と付き合いだしちゃって、最初は他の男子から、本当に茶化されたし、脅しにも似た言葉を浴びたこともあった。でも、小春が、『気にしない方が良いよ。って言うか、気にしないで。私は、樹君がすきだから…』と言ってくれた。その言葉に、何か返さなければ…と、僕は思った。


…思ってしまった。今考えたら、人は、軽々しく、約束事などしない方が良い。軽々しく、後悔を作るかも知れない言葉を口に出すべきではない。


だけど、僕は、言ってしまった。


「ありがとう小春ちゃん。小春ちゃん、僕は小春ちゃんを一人にはしないよ」


「………ありがとう………」


小春ちゃんは、頬を赤くして、手を、もじもじした。何となく、その意味を察した僕は、そっと、小春ちゃんの手を握った。それに、少し驚いたのか小春ちゃんは、僕の顔をチラッと見た。でも、僕は気付かないふりをした。


じゃないと、恥ずかしくて、せっかく繋いだ手を離してしまいそうだったから。2人の間にしばし、沈黙が生まれた。そして、しばらく経つと、僕の手を、小春ちゃんが、少し強めに握り返してきた。そのが何か、分からない…はずがない。


僕は、恥ずかしくて、仕方なかったけど、少しずつ歩みを緩め、信号で、赤になった時、そっと、小春ちゃんのくちびるにキスをした―――…。




それから、日々は楽しかった。からかわれるのも、悪くなかった。こんなに可愛い彼女がいるんだよ、って、陰キャラだった僕が言える。自然と、自信がついてきた。見た目も、今まで整髪料とか、全然付けた事なかったけど、初めてで髪を切ってもらった帰り、整髪料を買って帰った。


次の日、一生懸命再現しようとしたけど、中途半端になってしまった。が、小春ちゃんは…、


「あれ?樹君、髪型、いつもと違う」


「あ、昨日、切って来たんだけど、ワックスの使い方とか分からなくて…、こんなんなっちゃった」


「ふふふ…、こんなん、って…」


そう小春ちゃんは笑った。でも、その後すぐに、こう言ってくれた。


「大丈夫。似合ってるよ」


と…。



でも、この時、僕は、僕に、まさかこんな僕にが到来するとは思ってもみなかった。



「先輩、すきです!!」


「あ…の…毎朝、同じ、電車で…見かけて…ずっと気になってたんです。彼女とかいますか?」


「新山さんがいるのは知ってるんだけど、もう高校生活も半年だし、後悔したくないから…」



と、告白の嵐。いわゆる、と言うやつだろうか?それまで、一切そんな空気なかったのに、卒業半年前になって、急に僕はモテだした。


理由は…確かに高校に入って、身長は182㎝まで伸びた。髪型も決まって来た。顔も大分大人びて、最近、クラスの女子からは、休みごとに話しかけられる。





あってはならない事だが、僕の心が、小春ちゃんから揺らぎだしていた。小春ちゃんも、それらしき空気を何処かで感じている様だった。


でも、小春ちゃんは、『樹君、明日は土曜日だね。どっかいかない?』とか、『樹君、大学はどうするの?寂しいのは嫌だから、私も樹君と同じ大学受けちゃおうかな?』…等々、色んな風に、話を逸らしてくる。


僕はいつかの約束を思い出していた。


『一人にしないよ』


だけど、僕の頭…心の中には、もう、小春ちゃんより大切な人が存在していた。昇降口を出ようとすると、大粒の雨が降り始めた。


『言わないと…』


と、僕は思った。


「小春ちゃん…話がある」


「今日は良いでしょ?雨降ってるし、昇降口で話もなんだし…」


「今、ここで話したいんだ」


「………何?どした?」


自分から言い出しておいて、笑顔でいる小春ちゃんに言葉が喉に詰まる。泣かせないように、出来ることなら、笑ってさよなら出来たら…。虫のいい話が頭を回った。でも…、それでも、泣かせる覚悟を持って、笑ってさよならなんて、自分勝手な事、小春ちゃんにさせるわけにはいかない。



「小春ちゃんは…信じてたよね?僕が、『一人にしない』って約束した事。僕…守れそうにない…んだ…ごめんね…小春ちゃん…」


「なんで、そんな…遠回しな言い方するの?他に好きな子が出来たって…言えばいいのに……」


小春ちゃんの瞳から、ポタポタ涙が零れていた。


「『約束』してたから…」


僕が、取り繕う…いや、言い訳をしようとしたら、小春ちゃんはとても、とても、悲しいそうな顔をして…、


「そんなもの…こうなるって…いつかはこうなるって、どっかで思ってたよ…。でも、私が何より悲しいのは、『約束』してたから…って理由だけで私と居続けた事よ…」


「そう…だね。ずるいね。ごめん。他に…すきな人がいます。別れてください」


「……………………」


「小春ちゃん…?」


長い沈黙に、耐えきれなくなって、僕は、小春ちゃんの名前を呼んだ。


「…しよう…」


「え?」


余りにか細い声で言うから、僕は、もう一度聞き直した。


「どうしよう…樹君の事、憎めないし、恨めない…」


「…暫く経ったら、憎んでいいし、恨んでいいし…嫌いになってくれて…良いんだ…」


それだけ言って、僕は、小春ちゃんにハンカチと傘を渡して、走ってその場を去った。



小春ちゃんは、本当に大すきだった。


でも、僕は、約束を破った、最低男だ。

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