ブリスターパックの中の美女

ハル

第1話

 

 ブリスターパックに閉じ込められた美女を助け出せ! そんな指令が耳の中から脳に囁くように届いた。


自分はバカだからそうなると居ても立ってもいられなくなり、美女を助けるべく外に飛び出した。


あまりにも勢いよく外に出たので玄関にあったゴムのサンダルが家から数メートル先に飛んで行った。



しばらく歩いてると後ろから友人のWがサイレン付の自転車に乗って近寄ってきた。


W「今あせったろお前、パトカーだと思ったろ」


と言ってきた。


俺は大げさに焦ってアタフタする真似をすると、奴はつまらそうな顔で「もういいよ」と言った。この場合は俺の勝ちである。


Wとしばらく歩いているとモダンなコンクリートの塀があり、モダンな四角い穴から青いウサギの耳が見えた。


もっとよくみると芝のキレイな庭が広がっていて、クリーム色のクロスがかかったテーブルの横に座っている女性が見えた。その人は瓶のコカ・コーラにストローを刺して飲んでいた。


その人は間違いなく美女だったがブリスターパックには閉じ込められていなかった。




俺が「違うか。」と口にするとWは何のことだ?と聞いて来た。


例のブリスターパックの美女を救え!の指令のことをWに話すと奴も興味を持ち、一緒に探してやると言ってきた。


話さなきゃ良かったなと思った。




しばらく歩くとWが変なサングラスをかけ出した。水色のデカいレンズのサングラスで、俺が気持ち悪いからやめてくれと言うと、奴は「びっひゃっひゃっ」と笑って喜んだ。



Wがサングラスをかけたタイミングに合わせたかのように日が照ってきて、暑くなってきた。肉厚スェットを着てきたせいでドッと汗が出た。Tシャツで丁度いいくらいだった。



ラコステのポロを着てるWは涼しそうだった。しかも太いボーダーのいかしたデザインだった。




バナナスムージー色のバンが停まっていた。そこでバックドアを開けて帽子を売っている男がいた。


丁度日よけ用の帽子がほしかった俺たちは帽子を見てみることにした。


帽子屋「どれも良いモノだよ、これなんてプァガー・コステロが同じの被ってるの雑誌に載ってたぜ」


誰だよそれ。と思ったが、ふーんっと言って安そうなバケットハットを手に取った。


帽子屋「そんなので良いの?ババアが被る奴だぜ」


俺「いいの。これに決めた」


Wは俺の真似して似たようなヤツをえらんだ。




頭痛のタネのひとつに町の悪ってのはおきまりで、もちろんこの町にもいた。


こういう何かしようって日にかぎって奴らが現われ俺の邪魔をするんだ。ほらやってきた。


町のワル「ようマヌケども、おそろいのマヌケ帽かぶってピクニックかよ。」


俺「あわあわ・・」俺は恐怖でそれしか口に出せなかった。


W「ふたりで聖書を売りに歩いてるんだよ、ははは」


Wはわけの分からない事を言い出した。


ヘタしたらぶん殴られるかもと思ったが、ワルは黙ってWを睨めつけたまま鼻息をピーピー鳴らして、そして通り過ぎていった。



俺とWはヘタりこんでしゃがむと、次の瞬間大笑いした。


俺「なんでオマエあんなこと言ったの?」


W「わかんねえ・・とっさに出た」


ともかくピンチは乗り越えたのであった。




ピンチの後は喉が渇く。おれたちは何か飲もうとジュースショップに寄った。


店は常にジューサーが回転してる音が鳴っていた。


染みとソバカスだらけの太い腕をしたおばちゃんが「今素材切らしててね、キュウリジュースしかできないんだよ」と申し訳なさそうに言ってきた。


前からキュウリのジュースなんて誰が飲むのか不思議だったけど、結局おれたちが飲む羽目になった。


物は試しだ、それに喉がカラカラで口の中のねばねばで団子が作れそうなくらいだった。


ジューサーの中でキュウリと氷が砕けていく音が鳴る、そこにレモン汁と(レモンはあるのね)塩と砂糖をぶち込んで回せば完成だ。



お好みでタバスコやカイエンペッパーをかけても良いとのこと。


一口飲んだらあら意外といけるじゃない。


つぎはタバスコを足して、グビッ。


・・・俺たちは一瞬黙った後、顔を見合わせて目を爛々とさせ叫び出した。それは辛さからではなく最高に美味すぎたからだ。


俺らは狂ったように店の中を走り回りイスやテーブルの上に乗りあらゆる動物の叫び声を発した。


店のおばちゃんに抱き着きキスして、スカートの中に手を突っ込みそうになった。さすがにそれはしなかったが、あまりのキチ外ぶりにおばちゃんも呆れていた。



ひととおり暴れてからジュースショップを出ると店の前に乞食みたいな爺さんが座っていた。俺らは無視して通り過ぎようとすると声をかけてきた


「お前ら未来を知りたくはないか?」


未来?おれたちは鼻でフンっと笑って「結構だよ」といって断った。


乞食は「お前のどっちかが近いうちに犬のクソを踏む」と言った。


おれらはポカンとしてると、「もし当たったらここに戻ってこい、そしたらもっといい事を教えてやる」と言った。


俺達は、よくいるかまって欲しいだけの歳よりだとそのときは思った。






五月が青いコップの季節なら六月は水の入った青いコップの季節ということになる。





急に雨に降られ、傘も持たずに黙々と俺たちは歩いた。


するといつの間にか街に出ていて、大型のバスやタクシーが列をなして道を走っていた。




ブリスターパックの美女を救うという目的を果たすためにまず一番最初に頭に浮かんだ場所は街のトイショップだった。


俺がよく行くトイショップには首が痛くなるくらい高い位置にまでブリスターパックのフィギュアが並べられてある。


その店まであと数百メートル。南口を出てすぐのビルに在る。そんなときに雨はドシャ降りになった。



俺らは慌てて近くの喫茶店に入って雨宿り。


W「クソかよ、まったく」


俺「もうちょっとで着いたのにな」


店員「ご注文は」


俺「モカ」


W「俺は、モカモカね」


モカモカとはモカの濃いヤツらしい。




外の雨は一段と強くなったと思った瞬間、そのあとピタッと止んでしまった。



W「おまえタマゴサラダって聞いたことある?」


俺「たしかどこかで食ったことあったような?ゆで卵入ってる奴だろ?」


W「チッ、知ってんのかよ。」


俺「よくさアスファルトのひび割れたスキマなんかに花が咲いてたりすると人々は頑張れとか、感動するわ、なんて言うけど。尻にアスパラガスを刺して歩いてる男には何て思うのかな。」


W「ねぇこの店カッコーが鳴いてない?」


俺「さぁ。気のせいだろ」・・・



外を眺めると道で黄色のオープンカーがスピンしていた。





珈琲を飲んで店を出ると外は入浴剤みたいな匂いが漂っていた。降った雨とアスファルトと照り出した陽の光が化学反応でも起こしているみたいに。



ブヨブヨに膨らんだ牛乳パックみたいにグラグラ安定しないトラックがゆっくり俺たちの前を横切る。



早めに店を閉める肉屋の角を曲がり質屋のある路地を抜けるとトイショップにたどり着く。



W「おい何か騒がしいな」


店の前にパトカーが停まっていて、店の中に何人かの制服警官が見えた。


店に入るのをちょっとためらったが俺らはかまわず入った。


すぐに警官たちは去っていき、俺は店員に何事が聞いた。


すると店でもっとも価値あるフィギュアが盗られたと店員は悔しがっていた。


店員「犯人はコレクターなんかじゃない、だってブリスターパックから中身だけを盗んだんだからね。本物のコレクターなら中から絶対出さないものだよ!」



確かにパッケージに入ったままだからこそ価値のあるモノをこんなかたちで盗むというのはちょっとおかしいと思った。



俺「で、どんなフィギュアだったんですか?」


店員「美女さ」


俺「え?」


店員「blackboardという今はもうないメーカーが世に数十体だけ売りに出したブリスターパック入り美女フィギュアの1つさ、値段なんてつけられないほどの貴重品だよ。あのくそオープンカー野郎め!」


俺「オープンカーって?」


店員「ちょっと前に店に来てた、黄色いオープンカーに乗った男が盗ったに違いない、ぜったいアイツだよ」



さっき喫茶店の窓から見た、あのスピンした車のことか?


あんな目立つ車で盗みを働くなんて、やっぱりその犯人は頭がおかしいと思った。



俺がその車を見たことは店員に話さなかった、もちろん警察にも。そしてそのまま店を出てWとしばらく歩いた。




俺は想像した、今犯人がどうしてるかを。ジャケットの内側にそのフィギュアを入れたまま黄色のオープンカーを飛ばしているのか、それともフィギュアを助手席に座らせて優雅に海岸線あたりをドライブしているのか、とか。



W「なあ、ジュースショップの前にいた爺のことおぼえてるか?」


Wが唐突つぶやいた。


俺「ああ、俺たちのどっちかがクソを踏むとか言ってた爺か。それがどうした?」


Wは左足を上げ、俺にスニーカーのソールを見せた。するとクソがみっちりと付いていた。


俺は「うわっ」と言って二メートルぐらい後ろに飛び跳ねた。



W「あの爺言ってたよなあ、もしコノことが当たったら戻って来なって。そしたらもっとイイ事教えてやるってさあ」


俺「ああ言ってたな・・」


W「その爺の所に戻って犯人が何処に行ったか聞いてみるってのはどうだろ?」



俺は正直メンドクサイなと思った。



それで俺はWにこう言った「爺さんはスニーカーに着いたクソの落し方ぐらいしか知らんさ」


するとWは「そうだな」と言って、自転車にまたがりタバコを一服吸うと「おれもう帰るわ」と言って去って行った。




熱しやすく冷めやすいのは俺達の共通点で、それが人生を面白くもつまらなくもしていた。



さて俺はこれからどうしようか?・・  つづく?


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