第4話 → No Honors
6人——廃城を出立してニブ砂漠辺境の名前も無い地を抜ける間に殺させて頂いた方々の数。銃という得物の性質なのでしょうか、殊更罪悪感や生命を終わらせたという感覚が希薄なのです。
「それとも、私の性質なのかしら…ふぅ」
丸2日程北を目指して歩き倒しているのですけれど、地図で見る地形よりも圧倒的に広大な砂漠に翻弄され段々と自信が無くなってきております。
「もう水も殆ど御座いませんし砂や羽虫が口の中で噛み潰される感覚に慣れてしまったのも堪りませんわ…シャワー浴びたい…」
窮地でこそ高貴たれ、などと躾けられて参りましたが余りの
「ドレスももう脱ぎ捨ててしまいたい…はぁ…」
陽光をぐっと浴びて、黒いドレスは熱を帯びて火照った身体を包み込む。お肌も小麦色に焼けて来てしまいましたし。空腹と不眠で考えも上手に纏め上げられない。
「ああ〜〜〜〜!!もう、まだ何ですの!!お面のお方は!!!!」
誰にも届かない絶叫が虚しく砂漠へと響いていく。銃を杖代わりに突きながら大きな砂丘を登っていくが、登っても登っても頂上が遠退いて行く。まるで私から逃げているかの様に。
「堪忍袋の尾はとうに切れておりますのよ!! 堪忍して此方へおいでなさいまし!!!」
フルスイング出来る体勢で銃を
「え」
青空、砂漠、町? 青空、砂漠、町! 水、砂漠、青空……。巡りめく景色の変化の中にようやく小さな町を見つけましたが、何だか段々々と意識が遠の…
————
「シドーの奴、どうするんすかねー」
「主語」
「ガキだよ、ガキ」
「殺すだろ、仕事だ」
「いやいやいや! だってシドーだぜ?」
ストロー越しに冷えたアイスティーを喉へと送ってやると、乾きも癒え部下たちの喧騒からも一瞬気が逸れる。仕事でない時くらいは穏やかに静かに過ごさせて欲しいものだ。
「弟いただろ、あいつ」
「だから?」
「いやいやいや! だってシドーだぜ??」
「ホアンツァ…」
「あだだだだだだ!? ギブ、ギブぅ!!」
ホアンツァの奴、またシェフにヘッドロックされてやがる。いい加減学習して欲しい。
「
バクランの言う通り。
「あぁ、シドーは行動が早い。想定より24時間も遅れているという事は、問題が起きて死んだか動けないか、想定外の事態に陥っている」
アイツはウチの部隊の中でも(性格はどうあれ)ずば抜けた能力と意志を持っている。多少のイレギュラー如きに手間取るなど、まず有り得ない。
「離脱準備」
「了解」
「了解です」
シェフ、バクランに遅れてホアンツァの声。
「りょうか…何だアレ?」
「…!」
酒場の窓越しに見えるここから1番近い砂丘から人間が転がり落ちている。それも背丈程の長い
「シドーの得物だ」
「そーだけどモノ爺、ありゃあ女だぜ?」
「バクラン・シェフは周囲を警戒、ホアンツァは俺に続け。女を確保する」
「「「了解」」」
バクランとシェフがそれぞれ別々の方角へ消えていき、俺とホアンツァが最短距離で謎の女の元へ駆け抜ける。現状、女に続く人影はない…という事はシドーの連れではなく、得物だけ鹵獲・拾得した一般人か? ニブ砂漠の無名地帯の方角から来ていると仮定すれば、その線は無い。ナザレの陣地・廃城も方角的には重なっているが、歩けば丸2日以上は掛かる距離だ。装備らしき装備もない女には普通無理である。
「殺します??」
「いや、確実にシドー関連の情報がある」
砂と乾いた血に塗れた女は繊細な白や金で彩られた黒いドレスを纏っている。若い、年の頃は20になったばかり程か。日に焼けた肌は軽度の火傷を負った状態であり、艶めく黒髪は汗でギトギトと汚れている。腰まではありそうな長い黒髪の間からは僅かに蒼い髪が流れる様に覗いている、この辺りの人種ではない。
「ちょちょちょ、何脱がせてるんすか!?」
「見ろ」
右肩側のドレスを僅かに下ろすと、狙撃銃を撃った後特有の痣がくっきりと浮かび上がっている。
「は!!? この女、まさかシドーを」
「違う」
「それは…アイツのネックレスじゃないすっか!!」
欠けた十字架のネックレス、少女の首に輝くそれは間違いなくシドーの私物だ。弟の形見なのだと、酒の席で密かに耳打ちされた憶えがある。
「少女を保護しネスティアへ帰投する」
「えぇ!? いいんすか!?!? シドーをヤった女かもしれないんすよ!!」
「それは無いと思うわよ〜」
つばひろ帽子を目深に被った緋色の装いの女が少女の影からぬらりと現れ、少女を興味深そうに覗き込む。
「魔翔石の匂いを追ってきたのだけど、男の方の死因は出血多量だったし。リュリーを慕っている子の誰かと一戦交えたのでしょうね〜。あらあら」
銃声が3つ鳴り、魔法使いの女の身体にも3つ穴が空いた。脳天・心臓・肺臓を確実に破壊している見事な射撃である。排莢を終えたホアンツァは魔法使いの死体に目もくれずシドーの
「何すかあのバケモノ女!? 影の中から急に出てきましたよ!!」
「ナザレの既存の魔法使いとは違う装いだ、流れ者の
少なくとも辺境の砂漠で出会す存在では無い、何か大事が起きているか起こる凶兆だ。
馬に私とホアンツァが跨った瞬間、2発の銃声が聞こえる。
「まだまだお話し足りないわ〜」
「生きてる!?」
「ホアンツァ、先に向かえ」
「了解!」
振り向くと、先程仕留めた筈の緋い魔女が穴を2つ増やした身体のまま血の一滴も零さずに空中で足を組んで寛いでいた。チャンバーにまだ弾が入ってるのを確認する。
「モノムだ、名前は?」
「あら、あらあら! その肉体で老齢だなんて!! とても鍛えているのね、
よく喋る奴だ、少なくとも軍人でない。
「見るに堪えない面なのさ」
「あらあら、そんな人は1人だってこの世界にいないわよ? …と思ったけど、私のクライアントも同じ様な事を言っていたわ。もっと自信を持ってもいいのに」
クライアント…我々と同じ傭兵か? いや、少なくとも私は緋色の魔女なんて目立つ情報を拾った事は一度もない。
「そろそろ頃合いだ、受け取れ」
懐から金属の筒を取り出し、上部の凸起を押し込んで上空のプニカなる魔女へ投げる。
「あら、贈り物なんて♡ これは一体?」
「製作者達曰く、爆弾だとさ」
「ばく…だん?」
「機会があれば、また会おう」
「あら、もうお別れ?」
コツンと筒の中で何かが動いた瞬間、蒼い爆炎がプニカの全身を包み、焦げた小さな肉片へと女を変えた。これで時間が稼げると良いが…
————
「うおおおおおおお!? マジで魔法ってのは反則すぎんでしょーが!!!」
モノ爺が殿をやってくれてるお陰で楽勝だと思っていたら違う魔女が現れやがった!! バクランとシェフとも合流出来てないのに、俺1人で怪しい嬢ちゃん守りながら帰投って!!
「人生辛…だあああああ!? 危ないでしょーが!!」
「面白い男」
上空から杖に腰掛けて俺を見下してる白い髪の女だ、何で空飛んでんだよ!! 地面から現れる馬鹿でかい氷の柱を避けながら目標地点を目指してるが、あの顔だけ…いや、胸も良いが…え、お尻も!?
「…ヘンタイ」
「うおおおぅおお…おぅ!!」
急に上から氷の刃みたいなのがすっ飛んで来て背中の嬢ちゃんに当たりそうなもんだから、思わず横に避けた反動で落馬しそうになった。が、持ち直してやったぜ!!
「やい、顔と胸とケツの良い女!!! 俺は別にナザレ帝国の敵じゃねーし狙うな!! あっち行け!!」
「そう…でも、そっちの女の子は要人暗殺の嫌疑が掛かっている。その子をくれるなら…まぁ片目くらいで勘弁して上げるわ」
「片目はくり抜くなり抉るなりすんのかよ!!」
「ううん、片目
「何でよ!!!」
「ヤらしい男は嫌い」
「……」
返す言葉もございません、さーせんした。
「でもま、アイツの形見なもんでな! この嬢ちゃんは渡せねぇ」
「そう…じゃあ死んで?」
白い髪の女の背後に、無数の尖り方がエグいツララが現れコッチを向く。一個一個が俺の腕くらい太いんだが、あんなんに打ち抜かれたら何処に当たろうと無傷じゃ済まねえ。遮蔽物の無い砂漠でどう避けようか? いやムリムリ。
「ソイツも出来ねぇ相談だぜ?」
温存して置いた最後の1発をくれてやる。
銃声と共に乾いた音が杖からする。
「…ッ! 杖を」
赤く点滅する杖の先端の部分に何か空を飛ぶ秘密があると思ってたが、ビンゴ!! 先端に弾ぁ打ち込んでやると、見る見る高度を落としてくる。奴の気が逸れた内に!!
「よくもリュリー姉がくれた杖を……! いない…」
———
数時間後。
夕陽が沈み始めたのと同じくらいに目標地点のディナ王国・リトルディナ港に着いた。
「何だかんだ1番乗りかなー」
馬をウチの船の乗組員に託して最寄りの喫茶店を見やると、シェフとバクランは愚かドンケツであろう筈のモノ爺すらがアイスティーを飲んで寛いでいた。なんで???
「遅ーよホアンツァ」
「そろそろ置いていこうって話していたところだったんだよ」
「後30分は縮めて貰わんとな」
「いやいやいや!? 人間1人背負ってんのよ?????」
————
潮騒が耳を撫でてくる。砂漠にいた筈の私が何故? 今度こそは死んでしまったのでしょうか? しかし、焼き菓子の焼き上がる香ばしいのや、淹れたての紅茶の優しい香りが鼻を擽られる。地獄にもお茶会の時間くらいあるのかしら……ですが、そんな事より。
「んん…水…」
「やっと起きたのかよ…ほら」
私を背負ってらした殿方が椅子へと私をそっと下ろしあそばれた。
「水を…多めに」
「かしこまりました」
蜘蛛の様な奇抜な面を被られたお方(声を聞く限りでは初老くらい)が給仕の女性に頼んでいらっしゃる。このお方がシドー様の仰っていた殿方かしら……
「おい嬢ちゃん、俺へのお礼は?」
「嫌です」
「何でっさ!?」
「気分ではないので」
「はああああああああ!? 命の恩人なんだぞ!?」
「ハハハハハ、面白い姉ちゃんだな」
「こういう空気懐かしいな」
「お待たせ致しました、お水です」
「!!」
何故だか銀のバケツに汲まれてきておりますけれど、綺麗なお水が!!
「ッッッ…ぷはぁ〜!!」
「すっげぇ飲みっぷりだな」
「やはり丸2日砂漠を北上して来たようだな」
「にしても綺麗なドレスがグチャグチャだな、あーあー」
「ッッ!? ゲホッゲホッ」
「ホアンツァ以外急かさねーよ、ゆっくり飲みな」
「はぁあああ!? お、俺だって急かさねーし!!」
さっとしたスキンヘッドの殿方に背中を摩られながら飲む3日ぶりのお水は、生涯で1番美味しいと感じました。飢えこそが最高のスパイスって、本当なのですね。
バケツを仰ぎ終えると、パン2つとドロリとした白いスープが運ばれておいでになった。お腹がキュッとなる音と滝の様に湧き落ちる涎が止まらない。
「食べ終わったら話を…聞こえてないか」
「すっげぇ食いっぷりだな」
「ハッハッハ! いっぱい食える女は好きだぜ」
「シェフが作った料理じゃねーだろー?」
「そうだが、これからが楽しみだ」
ホアンツァとシェフ様が楽しそうに語らっているのを横目にスープとパンを頬張っていると、黒人の優しい目付きの方がそれとなく話し掛けて来られた。
「シェフは昔、色々な国を渡る料理人だったんだ。ここのお店もリトルディナ港じゃ1番美味いけど、シェフの料理はもっと凄いよ」
「まぁ!!まぁ、まあ!!」
「そんなに乱暴に食べたら…あぁ、ほっぺに着いちゃってるよ…よし」
頰に着いたスープを拭って頂いた。
「…ありがとうございます、ロサリアです!」
「僕はバクラン、よろしくね」
ホアンツァ以外は皆様とてもお優しい。
「何か俺にだけ当たりキツくない???」
「気のせいよ」
「ほら!! 敬語は!?!?」
海鮮と野菜の風味がぐっと濃縮されたスープ、大変美味でした。
「ご馳走様でした…お伺いしても?」
「勿論」
「シドー様の仰っていた仮面の方とは、貴方様の事で相違ありませんか?」
「そうとも、私はモノム。
傭兵部隊『
「N.H.…」
「シドーは?」
「務めを果たして亡くなりました」
「そうか」
モノム様がグラスを掲げ、皆様もそれに続く。
「シドーに」
「「「シドーに」」」
「シドー様に」
「故人にバケツって…おもしれー嬢ちゃんだな」
「仕方ないでしょう、これしかないのだから」
暫し沈黙が続き、やがてモノム様が口を開いた。
「ロサリア、
「はい、確実に」
「間違いないっすよ、俺を追って来た帝国の魔女も要人暗殺って言ってたし」
「そうか…これからどうする?」
「……どうしましょう」
冷静に考えてみますと、帰る場所もなく立場もなく財産もなく身分もない。メニューに刻まれている文字も読めませんし、この場所が何処の国の何という港なのかも分かりません。
「まずは人殺しでも身を置ける場所を探します」
「だろうな、歓迎しよう」
「…へ?」
「尤も、それを決めるのは私ではなくうちのボスだがね」
「…はい?」
「シドーが死に、優秀な狙撃手が必要になった。お前さんの狙撃の腕は間違いなくシドーと同等かそれ以上。なら、スカウトしない手はない」
「…はぁ」
騙されているのでは? というくらいに円滑に事が運んでしまうと、まだ目覚めていないのかと疑ってしまう。頬をつねってみる。
「イダダダダダ!? 何だよきゅーに!!」
「現実ですね」
「そーだろーがああ!!」
ホアンツァの反応を見る限り間違いなく現実らしかった。モノム様が右手を私に差し出される。
「ロサリア・ヴァルプスです…?」
「ようこそロサリア、N. H. へ」
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