第3話 それ行け! 脳漿!!
肩掛けのポーチ? には弾丸と欠けた十字架のネックレスと周辺の地図、半分程中身の入った水筒をどうにか詰め込ませて頂いた。銃はストラップのおかげで利口に負ぶさられたまま沈黙を保っていて下さる(強化の魔法を掛けていないと私には重すぎて背負ったまま走るような芸当は到底出来そうにないのですが)。
「髪飾りを差し上げるのは悪手だったかもしれませんわね」
初恋のお方は死して尚も私の手を焼かせる。
腰まである長髪の感触がこしょばいのです。
本当に困ったお方ですこと…
「彼方の陣地…赤い天幕…」
遠く離れた眼下の陣地には3頭の蛇が巻き付いた杖が印象的な黄色の旗が随所に掲げられていた。シドー様の仰っていたナザレ帝国の旗に相違ない。強化された視界をあちらこちらと泳がせていると、中央付近の目立たない一角で目当ての赤い天幕が息を潜めているのが確認出来た。
「自惚と一笑に伏して頂いて結構なのですが、私どうやら上手な様ですの」
シドー様と別れてから直ぐに銃の練習をしたのですが、9割方狙った目標に当たるようになりましてよ?
銃身と一体化する錯覚に集中しながら孤独に言葉を紡いでゆく。強張った肢体を解きほぐす意味合いでもありますが、やはり孤独を噛み締めていられる程殊勝な性分でない事に起因していると常思う。
「脳天を貫くつもりで…」
視界の先で捉えてある天幕の入り口、出入りする人影があれば確実に把握出来る体勢、後は。
「一撃で仕留める、ですわね」
弾丸は50発を練習に用い、後12発程だけを残しておいた。此方のニブ砂漠辺境は現在、少数精鋭の魔法使いが主たるナザレ帝国軍と、大陸随一の数を誇るディナ王国軍が絶賛戦争中の紛争地帯。それが故に、活発でない地域を通るとはいえ帰路での戦闘も想定しておくようにとシドー様が仰っていた。どうやら私の今の立場としてはナザレ帝国、及びディナ王国双方にとって敵対的であるらしい。
「要人の暗殺犯になるわけですから当然ナザレ帝国ではお尋ね者、『魔法使い狩り』が横行しているディナ王国にとっては魔法が多少行使出来るだけで重罪人として扱われる……自分で申し上げるのも如何な物かと思いますけれど、本当に私は何処にいようと嫌われてしまう運命にあるのね」
『人とは、人間とは感性の器。どんな聖人君主にですら共感しえず反発するのが人間の性』と御祖母様は絶えず私に教え遊ばされていましたけれど、私が例え聖人君主だったとしても必ず私を嫌う人間はいるのだから、私が日々どう振る舞っていたとしても辿り着く場所は必ず1つになってしまうのでは?
「御祖母様、私の居場所は地獄だけのようです」
赤い天幕に高官らしき殿方が衛兵を4名伴って現れた。衛兵を残して高官だけが天幕の中へと消えてしまわれた。
「中にいらっしゃるのかしら」
ボルトを引いて銃の中に未だ役割を終えていない弾丸が佇んでいるのを確認し、
再びボルトを戻す。狙撃する好機が訪れると同時に、自らの息遣いや心臓の細やかな鼓動ですらが舞踏会の喧しい管楽器の騒音の様に五月蝿く響いてくる。緊張というのがこんなにも壮絶な体験だなんて夢にも思いませんでしたわ。
10秒、20秒、30秒……高官が天幕に入ってから1分すら経過していない筈ですのに、まるで何年もこの場所に張り付けられていたような時間感覚の狂いが全身を襲う。不快な汗が額や胸元を伝う痒い感触が不必要に鮮明になり、手足の感覚が左右で入れ替わった様な不快感が絶えず脳裏で暴れている。
(これが集中する…という事ですのね)
人並み以上に物覚えが良くとも、それに慢心せずに真摯に物事に取り組んで来たつもりでした。ですが、まるでそれらが退屈な児戯に感じられる程に、今私の全身を包むプレッシャーは強大でございます。本当に身体の全てが透明な巨岩にみちっと潰されていく感覚、そう評するのが妥当かもしれません。
(それらを無視させて頂き、ただ天幕の入り口にだけ意識を…)
風や砂塵が冷たく私の身体に打ち付け、沈みゆく太陽と夜が入れ替わり星々が顔を出し始める。陣地の中は適度に賑わっている様子で、
(おいでなさりました…)
複雑な表情を浮かべた高官は、天幕入り口の布を持ち上げて中にいらっしゃる人物が外へ出てくるのを促している。大した効果は無いと思われますが、息を止めてその人物が現れる瞬間の為に引き金に指を掛ける。強化された聴力が微かに高官の言葉を拾い上げる。
「どうぞ……様、しかし………の停戦………夢…………。王国は…………応じない……、周辺国家…………敗戦国の民……………します」
天幕からは少年の声が出て来た。
「貴方の………、でも……………。必ず」
高官は驚いた様な俄かに嬉しそうな顔を少年の声がする人物に向けていた。顔を隠した、いや全身を隠した少年からは自信に満ちた人間の風格が感じられた。
「きっと好青年に、良き人間になったのでしょう」
銃口が少年の頭の僅かに上の空間を捉える。
世界から少年と銃と風以外の情報が消える。
「明日はきっと———」
その言葉の続きが少年の口から出て来る事は無かった。
「シドー様」
轟音と蒼黒い焔を噴いて、弾丸が少年の頭を的確に破壊し尽くした。天幕の赤がより黒く染まり桃色や赤色の肉片や脳漿が少年の骸を彩った。物好きな蒐集家なら額に入れて飾りたいとでも言い出す様が瞳に浮かぶ。
「………何が」
敵襲だと明後日の方向を各々が警戒する衛兵達を余所に、青ざめた高官は膝を着いて唯々少年の骸を眺めてお口をパクパクとさせておいでだった。陣地内はまだ事態に気付いていないのか、先ほどの踊っている若者達は未だドンチャカ騒ぎ遊ばされている。
「終幕ですわ」
ボルトを引き、淡く蒼い煙を纏った弾丸の殻を排出。すかさず新しい弾丸を込めボルトを戻す。ここ1時間程はこの動きだけを繰り返していましたので、もうすっかり馴染みある滑らかな所作になりましてよ。
「一箇所に長居するべからず…ですね、シドー様」
北を目指して荷物を確認する。地図良し、弾丸良し、水筒良し、銃良し、ネックレス……
「細やかな成功報酬の1つとして頂きますね」
血濡れたオペラグローブの乾いた箇所で煤や血糊を軽く落とすと、欠けた十字架は星々の光を映して輝いた。
「
駄洒落だなんて小恥ずかしいのですけれど、何だかそんな気分なのです。地図と夕陽、星座の位置を確認しながら冷たい砂漠へとロサリアは歩み始めた。
————
「ブンヤ連中にリークしておいてー。そうね…『帝国の最重要な賓客、暗殺か』って感じの見出しにさせて。号外で世界中に知らせて貰えると好都合かな?アルz…皇帝陛下のお考えだから、これ」
「はっ、御意に」
伝令を受けた彼は光の粒を纏って掻き消えてしまう。空間転移系の原理って未だに勉強してないから良く分かんないけど、便利よね。
「今からアカデミーのババアに頭下げんのもダルいし、その辺は皆に任せっぱなしでイイか〜」
「あら、リュリーも漸く学問を齧る決意をしたのね」
「…プニカ」
いましがた死んじゃった賓客様の脳味噌を踏みつけて、プニカは上がりっぱなしの口角を緩めながら現れた。いっつもプニカを見る度に思う。
「何喰ったらそんなおっぱいになるわけ??」
「お肉とかお魚とかお豆とか…何でもバランス良く食べれば誰だって健やかに育つものよ」
「そーゆう領域の話じゃないから」
だってアタシの顔くらいあるのよ? 好き嫌いしないだけでああはならんて。
偉く脱線したが、今は駄弁ってる場合では無かった。
「で、踏んじゃっても大丈夫なわけ?」
「んー? あぁ、炭や灰にでもなってしまわない限り問題無いわ」
「どれどれ…これかしら」
賓客様の脳漿の中に混じってる金属片を取り出してみる。マジマジと観察していると真横にプニカの頭がひょっこりして来て気が散りそうになる、けど無視。構ってちゃんには無視が無難。
「これはー?」
「多分この子を殺した凶器、大きく変形してるけどドングリみたいな金属の玉ね」
タコみたいに広がって潰れているが、どうやったらこんな風になるのか検討もつかない。
「そもそも、こんな金属見た事ないんだけど…王国軍じゃまず作れないだろうし」
「んー、底の方から魔翔石を燃焼させた時の香りがするみたいだし、高速で飛ばしたんじゃないかしら?」
「こんな小さい玉をアタシが気付かない距離から正確に子供の頭に命中させたって事? プニカ…アンタ劇作家の方が向いてるわよ? 今の仕事よりもね」
「あら、ありがとう。前向きに検討してみるわ」
いずれにせよ、小賢しい事は
「んじゃ、抜かりなーくね?」
「抜かりな〜く仕遂げるとするわ。次はいつ会えるかしら?」
「まぁアタシは王国の負け犬達を
「貴女なら武装した人間の群れくらい、ちょちょいのちょいでしょう? ナザレ帝国軍第零魔法師団長——『霹靂の魔女』たるアマリュリス・ニトゥルーなら」
「その師団長1人しかいないんだから時間くらい掛かるわよ」
「あらあら、世界は意外な事に満ち満ちているわね〜」
「ハイハイ」
あまり喋らせると永劫止まらないので適当に区切って踵を返す。振り返ったら確実に手を振っているだろうプニカが目に浮かぶわ。
「リュリー、今度はゆっくりお茶でもしましょ〜」
「気が向いたらねー」
実行犯がそもそも何処の手の者かも分からないけど、アタシが前線の只中でやる事は結局1つしかない。
「ワンマンアーミーって奴よね、確か」
多分意味合いとして全然違うと思うけど、実際1人だし軍属でもあるし……いや、軍人なんだっけ?まーイイわ。
「ディナ王国軍の主力が1日で壊滅したら、それこそ大ニュースになっちゃうしね。予定通り、日数掛けてディナ王国軍の掃討作戦を始めますか」
————
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