第2話 灰よ
「魔法は使えるか?…ゲホッ…プッ……」
「簡単なものでしたら一通り」
「…よし」
シドー様から渡された銃という名の筒は、珍妙な形状の杖の様にも見える代物でして、整えられた棍棒が下へ向かうほど先細り、中程からは金属の丸い筒で構成されている。金属の筒の手前側には動作する部品が何点か施されており、これらを操作する事によって真価を発揮する事が容易に想像出来る。
「暗器…とは違うのですね」
王子暗殺の実行犯を決める折に似た代物を幾つか見せて頂いた事が御座いますが、それは日常品に偽造されていたり小型・軽量化されていたりと持ち運びが容易か過度に注意を惹かないデザインのモノだけで、この銃は最初から特定の用途の為だけに作られた代物のように思われます。
「あぁ、最初から…殺人の道具として作られ…たからな……」
「ん、急にどうしましたの?」
「使い方を…教えてやる…フゥー…」
「よろしくお願い致しますわ」
背後から不意にシドー様に抱きつかれましたので何事かと思いましたのですが、どうやら持ち方から何まで誤っていたようで。そんな私に痺れを切らしたご様子。
「此処がグリップ、右手で握り人差し指だけトリガーを引ける様に空けておけ。トリガーを引くまでは絶対に指は掛けるな……お前、呑み込みが早いな」
「あら、どうも」
「左手はボディの持っていて姿勢が安定する箇所を支えろ、間違ってもバレルだけは握るなよ? 手の皮が爛れるぞ」
「…こうかしら?」
本当に見えていないのか不思議な程に、シドー様は触覚だけで私の胸・背中・腰・左右の足・重心の位置を的確に把握して最適化していって下さる。けれど、けれども…
(もの少し際どい体位と申しますか、情熱の入り過ぎたペアダンスと申しますか!)
「気にすんな、こっちに集中しろ」
「は、はい!」
手は口ほどにものを語ると云われますけれど、こんなにも正確に見透かされてしまっては面目次第もなく、逆にシドー様の身体から伝わる感触に集中して彼が何を望んでいるのかを汲み取ろうと努める。
「銃のケツの部分を肩に当ててそのまま頬を横に付けろ。先端に見える出っ張てるのと手前の凹んでる部分が合わさるように視線を銃と合わせろ」
仰られた通りに構えると、今銃が何方を向いているのかがグッと体感出来て、まるで自身の身体の一部にでも成ってしまった様な錯覚をも覚えてしまう。
「…よし、そしたら右手側にあるボルトハンドルを上げて手前に引け」
「…っ! 固いですわ!」
「慣れろ」
ハンドルを引くと金属の筒の中に私の人差し指程度の小物ならすっと収まってしまいそうな空間が現れた。シドー様は懐から黒く輝く金属製の工具の様な物を取り出して、私の右手に託された。
「中に何も無いか確認したか?」
「…はい、何もございません」
「今渡した弾を先が細い方を前にして1発込めろ、終わったらハンドルを戻せ」
小気味良い音を立てながら弾は筒の奥へと消えてしまう。
「これで装弾が終わった、引き金を引けば弾が発射される」
「発射される…? 先程の小さな金属の部品の様な物が、弓矢の如く風を切るという事ですか?」
「そうだ、空に何か…鳥がいるだろう」
上を向くシドー様に倣って曇った空を見上げると、大きな翼に鋭い眼を備えた猛禽類が風を受けて空を漂っていらっしゃるのが見えた。
「はい、大きな鳥が」
「大きい音が出るぞ」
「?」
一瞬で私から銃を取り上げたシドー様は、遥か大空の鳥へと構えて呼吸を止められた。その数秒後。
「…!」
「何が起きましたの!?」
段々と曇天を駆け登って行き、豆粒程の大きさまで小さくなられた鳥は、シドー様が引き金を引き爆音と蒼黒い焔が銃から放たれた瞬間に地面へと真っ逆様に落ちていった。シドー様は私の声で命中を確信されて、ボルトハンドルを引き銃の中から弾を取り捨てて新しい弾を込めた。
「これが銃だ」
「凄い……。シドー様?」
「……ここまでか」
シドー様は跪いてうんと濃厚な血反吐を吐かれて、小さな池ほどの血溜まりを誂えた。
「受け…取れ」
「はい、確かに」
「よし…」
シドー様から再び受け取った銃には何だかシドー様の何か大切なモノでも染み付いたのか先程よりも僅かに重くなられた様に思える。それに追従してかシドー様の身体はふわりと城壁にもたれた。
「案外、気楽なもんだな」
「それは何よりで」
「…」
シドー様は懐からクシャクシャのシガレットを取り出して咥えたまま暫し呆然とされていた。
「シドー様、火はお付けにならないのですか?」
「あ」
「お付け致しますわね」
「わりぃ…ふー」
シドー様のだらしなく垂れた右手からライターをお預かりして着火して差し上げると、銃から漂う煙に混ざって甘ったるい香りが風に嬲られながら辺りを揺蕩い始めた。紫煙が身体の中に入ってくる感覚は存外に不快という程でもないのですね。
「練習には付き合ってやれねぇ…自分で何とかしろ」
「銃の事ですの? ええ」
「生憎弾も撃ちまくってから来たもんでな、魔法使いの若造どもが偉く固まってやがって…」
「魔法使い?」
「…その内分かるさ、嫌でもな…おい」
「…ゲホゲホッ!」
「ハハハ、初めて吸ったのか? …ハハ」
折角プライム家や社交界なんて七面倒な世界から解放されたのですから、と存分に自由を謳歌しようとしましたのに、私の中に入ってきた紫煙はそうはさせてはくれなかった。咽せる、という言葉の的確さに思わずシドー様から奪ったシガレットを投げ捨ててしまった。
「はぁ、笑わせてくれるぜ…」
シドー様は床に吸い付く様に横になられた。大小の瓦礫があるにも関わらず。
「…ん、これは」
「お膝です、私の」
「…せめてあと1日早けりゃ、面くらい拝めたのにな」
「〜♪」
殿方の頭は、もう少しは重いのかしら? なんて想像とは違う軽さに驚きもしました。でも、これ以上シドー様に乙女の心を好き勝手させて差し上げたくなかったものですから、呑気に鼻唄などを口ずさんで彼の左手を握る事に終始させて頂いた。指が絡みついて来て、力なく抱きしめて来る健気さが何故だか愛おしいと感じた。
「ここから南南東の方角に赤い天幕のテントが見える、ナザレ帝国の魔法使いが屯してる陣地だ」
「はい」
「そこに顔を隠した背丈の低い人物が現れる、お前よりも頭1つくらい小さい」
「はい」
彼の手が私の頭をそっと撫でる、その後にまた私の手元に帰ってゆく。
視界の隅に映るシガレットの火が大きく揺らぐ。
「『戦争の種子』…あらゆる紛争地帯でその子どもは目撃されている、それも戦勝国側の支配地で」
「はい」
「
「はい」
欠けた十字架のネックレスは、煤と血糊で汚れて尚も特徴的であると見た者の脳裏に頷かせる、そのような代物だった。
「この狙撃銃を作った…ジジイ曰く、魔力によって補助的に弾道も修正されるらしい。まあ気持ち程度だが」
「はい」
「当たると思って撃て」
「はい」
「結婚してくれ」
「」
「はいって言えよ、そこは」
「」
「ロサリア?」
嗚咽を抑える事で精一杯で、溢れる涙を掬えずにポタポタとシドー様の頬を伝わってゆく。
「何だよ」
「いえ、別に」
「言えよ」
「…恋愛結婚に、憧れていたのですよ。私」
恋が分からないから憎んだ、なのに。
出会って間もない、それももういなくなるお方に。
「何故涙が溢れるのでしょう、お母様の亡くなった時ですらうんとも言わないでいられましたのに」
「俺がイイ男だからだろ」
「どうでしょう」
「認めろよ」
「嫌です」
「ったく、強情だな」
「はい、愛しております。シドー様」
「…お前な〜」
「フフ、ハハハ」
「ロサリア」
「はい」
「…」
「はい」
「」
「はい」
火が消え果て、シガレットは灰となって風に巻き上げられてしまった。
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