第19話 輪廻の光(短編賞応募作品1)
足を踏み外した……いや、これは誰かに押されたのだろうか。
背中に残る人の手の温もりと体が宙に浮く感覚。
そして目前には眩い電光が視界を覆う。
不思議と意識だけは加速している。これが俗に言う走馬灯という物なのか。
一番に席へ座りたいからと電車待ちの先頭を取るべきじゃなかった。
そう思うのだが不思議と後悔はなかった。
ただ“そうだろうな”という納得感。
初めからそうなる事が決められていて、そして心の何処かで理解していた。
上から流せば地面に落ちる流水の如く当然だという意識。
これはきっと私の過去が起因するのだろう。
私の父と母は要領の良い人だ。
自分の行動スケジュールを休みの日まで含めて事細やかに決め、まるでルーティンのみを遵守するロボットの様にそれを遂行する。
二人の血のせいか私もその様に決められて、若しくは自分で決めた日々を過ごしていた。
人に話すと微妙な顔付きをされるのだが特段私にとってストレスという訳ではない。
寧ろ計画通りに事が進むのに快楽を感じるタイプだった。
小学生、中学生……順調。問題は高校生になり最初の期末テストの後くらいからだ。
クラスの中で見ればトップを張っていた私は目を付けられてしまった。
散々に聞き飽いた例の三文字で表せる現象に見舞われたのだ。
机上の空論という諺をこの時程実感出来た事はない。
解決する為の色々な考えを纏め、実行しても何ら状況は好転しなかった。
母は言った。「相手の考えを推察して糸口を見つけなさい」
父は言った。「物事はトライアンドエラーの繰り返し。考え続けろ」と。
今でこそ分かるのだが人と人の関係性において規則正しく想像通りに向かう等あり得ないのだ。
特に相手が感情を主とする行動原理で動いているなら尚更。
結局の所解決してくれたのは時間だ。平等に過ぎ去るそれこそが癒した。
だがその時に感じた周囲に対する強い恨みの念だけは心の中で蝕み続けた。
両親の期待という名のスケジュールから外れた私は大学に進まず逃げる様に家を出た。
それから連絡が無い所を見るに向こうも居ないものと扱っているのだろう。
死に目にすら会いたくないのでそこに関しては助かるのだが。
就職した会社ではがむしゃらに働いたおかげで周囲の信頼も得られ、上曰く最年少で管理職を任された。
就任して次の年だったか……一人の新入社員が入社した。
控えめに言っても要領が良くなく仕事もミスが目立つ。
悪目立ちすれば印象も良くはない。私は彼の仕事ぶりに対してあらゆる指摘をしたがやはり改善されない。
……今にして思えば両親にされた事をそのまま彼にぶつけた。「出来る筈の事が何故出来ないのか」と。
どうやっても出来ない事はあるのだ。私が学生時代のそれを解決出来なかった様に。
喉元過ぎた私の苦い経験は消化され、恨みという一要素でしか残ってなかった。
彼は精神を病み、休職を経て退職届の記入欄に名前を書いた。
罪悪感に付け込んだ自主退職勧告だ。
その紙は投げ飛ばされる私の鞄の中に仕舞われている。
今日この日にそれを受け取ったのだ。
ならば、私を突き落とした者は……。
電光の薄い視界の端に映る見知った表情。
顎を引き瞳孔で天を破りそうに吊り上げた無機質な目線を私に向け、突き出た両の手がそれを物語る。
そうか、あれは……。
「あれは、私だ————」
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