第8話 血井戸

 昔から私の実家には古井戸があって、どうやらお祖父ちゃんやそのまたお祖父ちゃんと、どれくらい遡れば分からないほど昔から管理していたらしい。

 年に一度の大晦日に集まって世間は年越しそばだのを啜るみたいだけど、家は違って井戸の水を皆んなで飲むという習わしがありました。

 普段は枯れ井戸なのにその日だけは何故か水が湧き出ているのです。

 それを飲むと不老長寿のご利益が得られるのだとかなんとか。

 赤くドロリと粘度のあるまるで血液を彷彿とさせる気持ち悪い水でした。

 それだけなら慣れたので良いのですが他にも決まってその日は爬虫類に縁があったり蛇に睨まれたる夢を見たりします。

 それを親に話すと「きっと蛇神様の血を分けて頂いているからどんな人間が飲むか観に来ているんだよ」と諭されていました。

 

 そんなある日の事大きな震災がお祖父ちゃんの家を襲いました。

 家屋すら潰れてしまう命すら危ういものだったのですが幸か不幸かお祖父ちゃんは畑仕事に出ていて被害を受ける事はありませんでした。

 ただそのせいで井戸は崩れ落ちて最早使えない有様になってしまいました。

 皆悲しみましたがいずれこういう日も来るだろうとせめて今迄の感謝を込めて神主を呼び大々的に井戸抜きを行ってそれで仕舞いにしようとなりました。

 そしていざ現れて始めようとなった時に神主さんは言いました。

 「あー、これ私では無理ですね。また改めてご連絡致しますのでまた別日に行いましょう」と。

 家族で見合わせてとても強い神様の恩恵に預かっていたんだねと笑い合いました。


 そして後日に連絡があり代わりの者を用意立てたのでと、その週の土曜の日に再度執り行う事となりました。

 その日はやって来て年配の女性の方が今回は仕切るという事になったそうです。

 顔を合わせるなり「こりゃ凄いね。私でも無理だわ」と言いました。

 続けて「あんたら此処の水飲んだろう」と言われ当てられたと驚きながら私達は頷きました。

 此処の水を飲むと不老長寿のご利益が得られるんですと説明すると「そりゃ長生きは出来るだろうさ。そういう契約になっているからね」と何か歯の詰まる物言いでした。

 「死んだ後あんたら全員地獄にも極楽浄土にも行けないよ。行くのは此処さ」と崩れ切った井戸を指差します。

 どういう事なんですかと尋ねたら「あんたらの先祖がこの井戸の底で笑っているよ気味の悪い。何の為の呪法なんだかね」と。

 私達は愕然として、これは蛇神様の加護で為されているものではないのですかと続けます。

 「違うよ、全く異質なものさ。でも蛇神様の加護は確かにあるよ。それは『この水を飲むな』という警告だけどね。まぁどっちみちこれだけ浸透しちゃもう戻れないけどね」

 そう締め括られ、特に何かをしてくれる訳でもなく帰ってしまいました。


 それからというもの色んな霊能力者と呼ばれる方を呼んでは見てもらっていますが、その誰もが無理だと匙を投げます。

 私は死ぬ事が恐ろしいと感じた事はありません。ですが、あの年配の女性が語った言葉を考える度に怖気立ちます。

 死後私や家族に何が待ち受けるのか。いつか来るその日に向けて刻一刻と過ぎて行くのに未だ解決の糸口さえ掴めていません。

 井戸の底で笑う先祖の中に私が加わる。それが何故か怖くて怖くて堪らないのです。

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