第10話 ダリルとエリーヌ

 午前中の魔道具制作を切り上げ、昼食後、ダリルは予定通りにエリーヌを連れて、近くの山へと来ていた。


 少し大きめの岩に腰を下ろしたエリーヌは、隣に座るダリルへと顔を向けた。


「大丈夫ですか? ダリル様」

「……はあ……はあ……大丈夫……」


 肩で息をしながら、エリーヌに返事をしたダリルは、項垂れながら口を開く。

 今現在、山の洞窟の中で魔石を採集しているのだが、思ったよりもずっと広い洞窟内で、奥へと足を運び過ぎて、帰るのに苦労していた。


「すまない。男の僕がこんなでは、情けないよね」

「いえ、私はずっと、砦にいましたから」


 そのエリーヌの言葉に、ダリルは眉根を寄せた。ダリルもまた、砦には何度も足を運んでいた。それはエリーヌのいた砦ではなく、六つある内の、他の二つの砦だった。

 だから、砦がどういうところで、どういうことがあったのか、容易に想像出来た。


「大変だったね」


 ありきたりな言葉しかかけられない自分に、打ちのめされながらも、ダリルはエリーヌの心に寄り添いたいと本気で考えていた。


「そうですね。ですが、自業自得の部分も多かったので」


 それはアンナのことを示してした。

 ダリルもエリーヌとアンナの関係は聞きかじっている。それ故に、いい加減なことは言えないと、エリーヌから視線を外し、俯いた。


「それでも、私がこれまで生きてこれたのは、アンナがいたからです。彼女を守らなければと、そんな使命に燃えて、結果、こうして私は生きています」


 つい最近死にかけたけど、とおどけてみせたエリーヌに、ダリルは複雑な表情を浮かべる。


「結局のところ、命を張る仕事からは抜け出せてはいないから、僕としては心苦しいのだけれど」

「いえ、砦よりも数倍マシですから」


 実際そうなのだから、ダリルも頷く他ない。

 砦に於いては、魔物の驚異もさることながら、ブラッドフォード家の者にも殺される危険性がある。

 それは本当に予期せぬ出来事で、気づけば命を落としていたというのが殆どだった。


「本来なら、専属の冒険者を雇うところなのだけど、なかなか馬の合う人材がいなくてね」


 こんな風に疲れて休もうものなら、嫌味や愚痴を言われてしまう。それだけならまだしも、金を払っているにも関わらず、どんどんと先に行ってしまい、護衛にすらなっていないこともあった。

 

 質の悪い冒険者に当たると大変なことになると、身を持って知っているだけに、どんなに優秀でも信用出来なくなってしまっていたダリルは、行き詰まっていた。

 そんな時だった。エリーヌの存在を知ったのは。


 次に訪れる砦に、姉の我儘で無理矢理砦に送られてしまった令嬢がいることを知り、興味を持った。

 そしてその人となりをルイスから聞いたアシュトン侯爵が是非にと専属に望んだのだ。

 エリーヌを専属に出来たことに、ダリルは本当に幸運だったと思っている。そしてエリーヌもまた、あの地獄から救ってくれたアシュトン侯爵家に感謝していた。


「こちらの砦での活動は、どれくらいを計画しているのですか?」

「そうだね。前の二つの砦を参考に出来るから、一年もかからないと思うよ」

「そうですか」


 アシュトン侯爵家が結界石を作るようになった切欠は、アシュトン侯爵家当主であるクラークの弟たちが、砦に送られたことだった。


 貴族は、どれだけ沢山の子を成し、砦に送ることが出来たのかで評価される。 

 アシュトン侯爵家の前当主夫人は、クラークを生んでからは、なかなか子宝に恵まれなかった。だが、クラークが八歳になった年に、懐妊する。その翌年と翌々年も子宝に恵まれ、クラークには年の離れた弟が三人出来た。


 年が離れてしまったせいか、クラークはとにかく弟たちが可愛くて仕方がなかった。だが例に漏れず、クラークの三人の内、二人の弟たちも、十ニ歳になると砦に送られた。


 可愛がっていた弟たちが砦に送られ、クラークはこの制度の在り方に疑問を抱くようになる。

 何故貴族の子息ばかりが砦に送られるのか。そもそも砦を設ける必要性があるのか。何故魔物狩りをするのが冒険者では駄目なのか。

 

 そして兼ねてから噂を聞いていた、ブラッドフォード家の血のことを詳しく調べ、戦慄する。

 『破壊を好む一族』それが世間一般に知られているブラッドフォード家の代名詞だった。

 だがそれだけではないことも、ダリルは知ってしまった。

 冒険者ではなく、貴族の子息が犠牲になる仕組みは、このブラッドフォード家のせいなのだろうと、ダリルは考える。


 壊したい衝動を抑えることの出来ない一族の者は、決して人を殺めるつもりはないのだ。それでも結果としてそうなってしまう以上、犠牲になるのは『国のために生きる』貴族でなければならない。 


 民は国が守護すべき存在であり、貴族にはその義務がある。だからこそ、砦という制度が出来たのかもしれない。

 それでも、生まれて来た順番で、ここまでの格差があるのには納得出来ないでいた。

 

 だからといって、破壊を好むブラッドフォード家の人間だけに頼るのは、余りにも危険だ。彼らの一族を増やしてしまえば、国が傾く可能性がある。

 その証拠に、この十年の間に国王が二回も変わった。これは、ブラッドフォード家の気まぐれで起こされたことで、そこに理由があるとするならば、ただ『壊したかった』だけなのだ。


 血に抗う術のないブラッドフォード家の者は、時にそうして理由などなく衝動的に『人間』も手にかけてしまう。それを止められる者は、同じブラッドフォード家の者以外には誰もいない。

 ダリルはそんなことを考えながら、今後のことを思案する。


「砦によって、出現する魔物が違うから、結界石もそれに対応させないといけないのだけれど、それがなかなか難しくてね。それでも、いつかはこの砦の制度を変えられるだけの、国全体を覆えるような大きな結界を、魔道具で作れればと思っているんだ」

「それはまた、壮大ですね」


 他国では結界を張って魔物に対応している。だがそれは、人柱によるものだった。人間の命を結界に変えて、国全体を覆っている。そのせいもあり、他国の殆どが小国だった。

 

 人の命を使わずに、国全体を覆う結界を作るため、アシュトン親子は日々奮闘している。

 実現は程遠いにしても、そこに希望を見出したダリルは、やる気に満ち溢れていた。


「さあ、そろそろ行こうか」


 息も整い、汗も引いたダリルが立ち上がる。それを心配そうに見遣りながら、エリーヌも出発の準備をした。

 

 収納魔道具のおかげで荷物は少ないものの、何かあった時のために持ち歩いているものもそれなりにある。

 今、エリーヌが手にしている剣は、ダリルが開発した魔道具で、砦で配備されていた剣とは質も能力も大きく違う。

 これを持たせてもらっているだけでも、エリーヌにとっては恩義を感じるには十分過ぎた。


「まだ時間は早いですから、ゆっくり帰りましょう」


 気遣いをみせるエリーヌに、ダリルは小さく頷き笑みを零す。いつもは嫌な思いをしてばかりいた魔石の採集が、今日はまるで苦に感じないと、ダリルは重い足取りながら楽しくさえもあった。


「そうだね。ゆっくり帰ろう」


 小さめの歩幅で歩き始めたダリルは、もう少し体力をつけようと、心に強く誓った。



 一方、その頃。修道院へと入れられたアンナは、漸く容態が安定していた。


「アンナ。体調の方はどうだね?」

「……最悪よ……」


 虚ろな目で寝台に横たわったままそういったアンナに、神官の制服を着た初老の男が胡散臭い笑みを浮かべた。


「まあ、そうだろうね。そこで君に提案があるんだ。君の失われたその腕を、神にお願いをして元に戻してもらおうと思う」

「……元に……戻す?」

「そう。そして君は聖女になるんだ」

「……は?」


 腕が元に戻るという突拍子もない話に次いで、聖女になれと言われ、アンナはただただ困惑した。

 意味が分からず、部屋の隅にいた、ここに来てからずっと世話をしてくれていたシスターたちに目を向けると、優しい笑みが返される。

 それにほんの少し安堵したアンナは、ここで初めて神官へと目を向けた。


「君は神に選ばれたんだよ。それはとても栄誉なことだ」

「選ばれた?」

「そう、君は聖女に選ばれたんだ」

「聖女……」

「聖女は主に、傷ついた人々を癒やし、神殿の象徴として神と同じように崇められる存在だ」

「……それって、偉くなれるってこと?」

「ああ、そうだよ。君に逆らえる者はいなくなる」

「誰も逆らえないの? それは、ブラッドフォード家の者でも?」

「……流石にそれは……。彼らは神よりも上の存在だからね。だが、それ以外なら君が一番偉いんだよ」

「……そう……」


 ブラッドフォード家を従えられればと、アンナが野心を剥き出しにすれば、青い顔をして、神官がそれを否定した。だがそれでも、底辺の人生を送ってきたアンナからすれば、夢のような話だった。


「では先ずは、その腕を神に治してもらおう。そして聖女の儀式を行って君は正式に聖女になる」

「ええ、ええ。あたし、聖女になるわ! そして見返してやるのよ! 砦の連中も、家族も、皆、あたしに平伏すのよ!」


 再び野心を抱いたアンナは、力強く返事をする。そんなアンナを見遣り、神官とシスターは嫌な笑みを浮かべた。

 

 それに気づかずアンナはその日の内に聖女となり、我儘の限りを尽くす。

 周りの蔑む目など気にせず、アンナはただ手に入れた権力に溺れていくのだった。



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