第4話 出逢い1

 森へと戻って来たアドルフは、その惨状に項垂れた。

 至る所に撒き散らされた魔物の残骸に、うんざりとした表情を浮かべる。

 叔父であるルイスは未だ魔物狩りに同行している筈なので、間違いなく叔父の仕業だろうと思い、そこに『人間』が含まれていないかと、注意深く観察した。


「アドルフ、大丈夫だよ。人間は混じってないから。アドルフだって知っているだろう? 最近は、兵たちは私と一緒に戦いたがらないんだ。寂しいなあ」


 そんな折、転移魔法で現れたルイスが、アドルフへと声をかけた。


「それは、仕方のないことかと」


 特に表情は変えず、抑揚のない声音でアドルフが言った。

 そのことに少し肩を落としたルイスは、「つれないなあ」と口を尖らせる。そんな軽い口調の後に、先程のアドルフの行動にルイスは疑問を呈した。


「ところで、何であの二人を助けたのか、聞きたいんだけど」


 特に怒るでもなく、淡々と疑問を投げかけたルイスに、アドルフは『まあそうだろうな』と心の中で思う。

 あの『命令』はブラッドフォード家に対しての不敬からくるものであったが、特段ルイスはそういうことを気にしないタイプだとアドルフは認識していた。ただ建前上、そうするべきだとルイスが判断し、取った行動であることは、容易に想像できていた。


 ルイスにとっては誰が死のうがどうでもいいことなのだろうと改めて思う。それは妻であるダイアナでも、息子として迎えた自分でも同じことだ。

 それがブラッドフォード家の人間の性質なのだから。

 そう考えてからアドルフは、『自分は違う』と強く思った。


「あの魔道具のことが、聞きたかったので」

「ああ、やっぱりか。あれが欲しいのかい?」


 欲しかったわけではないが、そう思ってくれた方が都合が良いと、アドルフは話を合わせる。


「はい。面白そうな代物だったので」

「それで、誰が造った物だった?」

「アシュトン侯爵だと、聞きました」

「ああ、確かそんな名だったな。今度来たら紹介するよ」

「はい、是非お願いします。明日の午後に、来るそうなので」

「早速、父親らしいことが出来るな〜」


 呑気にそんなことを言うルイスに対し、アドルフは酷く緊張していた。それもその筈、もしかしたら、同じ前世の記憶を持つ者と対面出来るかもしれないのだ。

 はやる心を抑え込み、明日のことに想いを馳せる。


「とりあえず、仕事は終わったから帰ろうか」

「はい」


 魔物狩りが始まったのは午後からだったせいか、薄暗い森の中は、日が傾くにつれ一層暗くなっていく。

 帰る前に魔物の残骸を片付けようと、アドルフが消滅魔法を展開しようとした時、ルイスがやんわりとそれを止めた。


「ああ、それはそのままでいいよ。明日、侯爵が来るんなら、その魔物たちから魔石を取り出す筈だから」

「魔石を?」

「魔道具は魔石ありきだからね」

「そうでしたか」


 魔道具は持ち主自身の魔力を流すことで発動する。それは知っていたが、構造までは理解していなかったアドルフは、魔石の性質を思い出し、触媒として使用していることに納得した。


 魔物の体内には、魔石があり、それが核となって魔物の肉体を形成する。魔石が大きければ大きい程、魔物の躰も大きくなる。


 その魔石には色々な活用法があった。

 魔石元来の魔術を放出したり、魔力を貯めたり、付与したりと様々だ。それを考えれば魔石を使って魔道具を造ることは、至極当然なことだと思えた。

 だとしたら、今まで消滅魔法で消してしまった魔物たちは、随分と勿体ないことをしたな、とアドルフは思い始める。


「今日の夕餉はなにかな〜」


 間延びした声で楽しそうに笑うルイスに、小考していたアドルフは苦笑する。

明日のことを考えると、緊張するものの、期待で胸が踊る感覚もあり、少し落ち着こうと、アドルフは自分自身に言い聞かせた。




◇ ◇ ◇




 その日の夜、アドルフは夢を見た。

 それは、久しく見ていなかった前世の夢だった。

 前世の記憶を持ったまま転生してしまった大きな要因の一つのその夢は、アドルフの心に重くのしかかる。


 病院のベッドに横になり、意識は朦朧としていて、ただ、もうすぐ死ぬのだという感覚だけが残っていた。

 その感覚は恐らく当時のものではないだろうと、アドルフは夢の中でそう思う。

 きっと当時の自分はこれが最期の記憶になるなどと、思いもしなかった筈だ。それどころか、そんな考えが浮かばない程に、意識は闇を彷徨っていたように思う。


 小さな手が自分の手を握った。

 小さな声が耳殻を刺激する。

 この時、ほんの少しだけ、意識が覚醒した。もしここでそれに気づかなければ、前世の記憶を持たずに転生していたのかもしれない。果たしてどちらが良かったのだろうか。


 アドルフは答えの出ない思考から抜け出すように、その手の温もりに集中する。


そして紡がれる言葉は、アドルフの心に酷く暗い翳を落とした。


「……おいて……逝かないで……一人にしないでよ……」


 握った手の上に雫が落ちる。


「……私を……おいて逝かないでよ……」


 その声はとても小さく、聞き取りにくい。それでも心の奥底へと訴えかけるその声は、アドルフの楔となってしまっていた。


 置いていく方にも、後悔の念はある。置いていかれる方はそれ以上の苦痛を伴うのかもしれない。さっさとこの世を去ってしまった自分にはそれがどれ程のものかは分からない。

 だから今世では、遺してきた妻の想いに添えるよう、長生きをしようとも思う。だが今は、ただその哀しみに濡れた声を忘れないようにと、アドルフは必死に記憶を手繰り寄せた。


「……美智子……」


 呟きながら、アドルフはゆっくりと瞼を上げた。

 名残惜しそうにもう一度目を閉じるも、もう夢の中には戻れはしない。

 諦めて目を開けても、中々起き上がることが、アドルフには出来なかった。


「往生際が悪いな」


 そうボヤいてしまう自分に苦笑し、久しぶりに見た夢に想いを馳せる。

 昨日目にした魔道具のせいだろうと思い当たるも、懐かしい夢に胸が締め付けられた。

 そして思う。

 もし同郷の者に会ったとして、自分はどうしたいのかと。

 会ってただ懐かしむのか、この後悔の念を話して楽になりたいのか……。話したところで楽になどなれないし、同情もされたくはない。だとしたら、会う意味はあるのだろうか。


 そんな疑問の果てに、アドルフが出した答えは、それでも同郷の者に会いたいという想いだった。ただ会いたい。それだけだった。


 前世の記憶のせいか今世では『家族』というものが嫌に希薄に感じてしまい、孤独になっていた。それを少しでも和らげたいとアドルフは願ってしまう。


「自業自得なんだよな」


 自分から歩み寄れば、また違った生き方も出来たはずだと思いながらも、心がそれについていかない。

 ブラッドフォード家という特殊な家系に生まれついてしまったことも、家族と想うことが出来なかった大きな要因だった。

 アドルフは歩み寄らなかったことを後悔はしていないが、寂しくは想っていた。


「さあ、起きるか」


 それでも、今日会うアシュトン侯爵が同郷だとしたら、という期待が膨れ上がると、アドルフはいても立ってもいられなくなった。

 今日会う人物が、願わくはそうでありますようにと、アドルフは心の中だけで祈る。




 結論から云うと、アシュトン侯爵は、同郷ではなかった。


 それでも、出会えたことは僥倖だったと、アドルフは思う。それは彼の人柄と、深い知識、そして何より、人を思いやれる優しい心根が、アドルフに強くそう思わせた。


 今世において、自分の周りには優しい人物など皆無だった。父親はブラッドフォード家特有の残酷さを持ち、母親は保身にしか興味がない。兄はマザコンでそれこそ自分を邪魔者扱いをしていたし、戦場に出れば道具扱いだった。

 アドルフにとってアシュトン侯爵はまさに神が如く、慈愛に満ちた存在だった。


「魔道具の中でもこの魔弾銃は、本当に扱い難い代物で、中々実戦で成果をあげることが出来ません」

「そうなのですね。ですが、攻撃力さえ上げられれば、一気に普及する気もしますが」

「はい、確かにそうなのですが、如何せん相性がありまして」

「魔石と魔法の属性の相性さえ解決出来れば、それなりに良いものが出来そうですね」

「それが最難関でして……」

「まあ、やりようはあると思いますよ」

「と、言うと?」

「魔弾を後から挿入するのではなく、魔弾自体を銃の方へ他の魔石と一緒に組み込んでしまうという方法もあるかと。相性の良い魔石同士で再構築すれば出来ないこともない気がします」

「はい、確かに。実はそれは最初に試しましたが、どうにも上手くいきませんでした。ただ、その方法でまだ試していないことが多いので、研究は継続中なのです」

「なるほど、それは今後が楽しみですね」


 アドルフはアシュトン侯爵と、それはそれは楽しいひと時を過ごしていた。

 最初にルイスからアシュトン侯爵の紹介を受け、魔道具の作製についてや構造についての話を聞き、一番関心のあった魔弾銃の話では自分の見解まで述べ、とても有意義な時間を過ごしていた。


 ただ、銃の話になった時に、『火薬』という単語を出してみたが通じず、同郷ではないことが分かる。  

 色々な話をしていて、段々と前世の記憶だったり、違う世界の記憶があるわけではないのだということが分かって来て、少しばかり気落ちした。

 だがすぐに気持ちを切り替えることで、概ね良い関係が作れたことにアドルフは満足していた。


「少しいいかな?」


 二人で話に夢中になっていると、ノックの音と共にルイスが扉を開け、顔を覗かせた。

 すぐにアシュトン侯爵が立ち上がるも、ルイスはそれを手で制した。


「いいよ、そのままで。例の件、今日このまま決行しようと思うのだけれど、お嬢さんの方は大丈夫なのかな?」

「はい、問題ありません。無理なお願いをしてしまい、申し訳ございません」

「気にしなくていいよ。ただまあ、命の保証はないから、そのつもりで」

「はい、それは重々承知しております」


 座ったまま頭を下げたアシュトン侯爵に、アドルフは訝しげな顔を向けた。


「例の件とは、何ですか?」


 ルイスではなく、アシュトン侯爵に向けてアドルフがそう聞けば、軽い感じで返事が返される。


「結界石の検証のために、魔物狩りに私と娘を参加させて頂けないかと、ルイス様にお願いしておりまして」

「それで今日の魔物狩りに、アシュトン卿とお嬢さんの参加を許可したって訳だ」


 後を引き継いだルイスもまた、軽くそう言った。

 そのことを疑問に思いながらも、アドルフは『結界石』という魔道具に、興味が湧く。


「結界石というと、確か数年前にアシュトン卿が開発した魔道具で、魔物から身を守る道具でしたか?」


 ブラッドフォード家には無用の長物だが、魔物に対峙する兵や冒険者には必需品になっている。


「はい。日々改良をし、より強い結界石を作ろうと頑張っていますが、如何せんその成果を確認する方法が魔物と直接対峙する以外にありませんもので」

「だからといって、ご自分のご息女を魔物狩りに参加させるのは、流石に無謀ではありませんか?」

「ええ、まあ、そうなのですが……。今回の結界石には子供用と認識阻害を追加したものがありまして、冒険者に依頼は出来ませんし、こちらの砦にいる子供たちには断られてしまったので致し方ありません」

「断られた?」


 少し声が低くなったアドルフを宥めるように、二人の会話にルイスが割って入る。


「まあ、仕方のないことさ。自分たちを実験の道具に使われるのは嫌だって、随分と反発されてたしな」

「子供用ということは、元々その実験を断った者たちが最終的にはそれを使うことになるのでしょう? それなのにそんなことを言うとは」

「禄な教育を受けていないからね。それが自分たちのためになると理解出来ないのだろう。その癖、自分たちの不利になることや厄介事には敏感に反応する。面倒なことこの上ないよ」


 肩を竦めるルイスに、アドルフとアシュトン侯爵が同情の目を向ける。

 だがいずれ自分もその当事者になるのだろうと、アドルフは思わず溜め息を吐きたくなった。


「それで、アシュトン卿。お嬢さんは今どこに?」


 一度ぐるりと部屋を見渡しながら、ルイスが問いかけた。


「ルシアなら、昨日の魔物狩りで倒した魔物から、魔石を取り出す作業をしていると思います」

「え? ご令嬢お一人でですか?」


 話を聞く限り、肝の据わった令嬢だということが分かったが、その言葉に堪らずアドルフが聞き返した。


「大丈夫ですよ。魔石を集める魔道具がありますので。それに砦の子供たちも一緒にいると思いますから」


 そう言うアシュトン侯爵に、アドルフは驚く。魔物の死骸を娘に見せるということに何も感じないのかと。だが、砦の子供たちもまた、元は貴族の子息令嬢だと思い至り、そんなものかと納得した。


「では、私も魔物狩りに参加させて頂きますので、アドルフ様、私はこれにて失礼させて頂きます」


 腰を上げたアシュトン侯爵に、アドルフもすかさず声をあげる。


「叔父上、俺も行きます」

「ん? そうかい。じゃあ一緒に行こうか」


 三人で連れ立って部屋を後にし、広場へと向かうことになる。その道中でもアドルフとアシュトン侯爵の会話が続いた。

 だが、広場に着き、アシュトン侯爵の娘を紹介された瞬間に、アドルフの魔道具への興味は一気に消え失せてしまう。


 その出逢いは、アドルフの今世の人生を大きく変えてしまう程の転機だった。


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