第3話

目が覚めると、そこは草原だった。

見渡す限り草ばかりでそれはもう大自然のフレッシュな香りが……


「いやスポーン地点何もなさすぎるだろ!」


思わず叫んだ俺は悪くない。なんならこの叫び声が誰かに届いてほしい。そんな俺の願いも虚しく、声は雄大に広がる空へと吸い込まれていった。

なんとかして街に辿り着かなければいけない。ここは昔読んだweb小説の情報と数多あるであろうチート能力を駆使していけばいい。


「まずは、『地図』」


無意識に両手に地図を持つような手の形になっていた。ただの地図という単語なのに言葉が震える感覚もする。これが魔法の呪文なのか。

そして、手に地図が浮かぶ。ようやくこの世界の地理とのご対面だ。


「全部草原じゃねえかっっっ。」


思わず地図を投げそうになったがよく見ると隣に拡大縮小マークがついている。大人しく縮小を連打すると左側に一本の道が現れた。


「や、やった!道だ!ということは、その先には……あった、小さいけど確かに街だ。」


早速見つけた街へと向かう。

一面の草原を抜け、どこまでも続く一本道をひたすらに歩いていると、道の先が不自然に盛り上がっていて、一見黒い塊が置かれているように見える。


「道ってこんなに盛り上がってるっけ……いや違うあれは、」


舗装もされてない道を全速力で走る。絶対走ることに対するチート能力だってあるはずなのに今の俺はそれを考える余裕すらなかった。一刻も早くあの塊を、


人を、助けなければならない。


「大丈夫ですか!!!!」


俺はまだしも人がこんなに一面草原の場所に体一つで、無事なはずがない。


「『光よ』、『癒しよ』、神様どうかこの人を助けてくれ。」


手は自然と片手を胸に、もう片方の手をその人を指差すようにポーズを取っていた。強い力を感じる。


何分これを続けただろうか。


その人がやっと目を開く、そしてがばっと上半身を起こし上げた彼女は見るからに狼狽えはじめた。


「ええーっと、私、名前、ルチ…ルチウ、ルチク‥‥ううん違う。追放…馬車、乗っていて、途中……無理やり降ろさ…えっとえっと、歩いて街に行こうとして、それで……」


声をかけようとしたが、小さな声でぶつぶつと呟く彼女はまだ混乱しているようだ。俺は、異世界で発見した第一村人を少し離れて観察することにした。


年齢は18前後だろうか、ふわふわした金髪に血をそのまま映したかのような真っ赤な瞳。肌はきめ細やかで、触ってもいないのに手に滑らかな感触が伝わってくる。本物の女神は美しくも異質なものという印象が強かったけれど、人が普段考える女神と言えば彼女のような見た目を思い描くのではないだろうか。そう、なんなら彼女の姿をそのまま絵にして布教としてめぐる街に配布していくのはどうだろうか。……いや初対面の少女に何を考えているんだ。


そうこうしているうちに彼女の中で何かまとまったのかこちらをじっと見つめている。すると、突然彼女は距離を詰め俺の両手をガシッと掴んだ。


「お兄さんが助けてくれたんですよね!!本当にありがとう。」


元の世界にいたときは、もし異世界に行ったらチート能力で沢山の人を助けて感謝されまくって世界中の人からチヤホヤされるんだ!みたいなアホな事を考えていたけれどいざこうやって真っ直ぐ気持ちをぶつけられると凄く背中の辺りがむず痒くなる。顔にやけてキモくなってたらどうしよう。


「体が勝手に動いただけなんだ。気にしないで。」


「貴方は命の恩人です!はじめまして私の名前は……多分ルチと言います。貴方のお名前を聞いてもよろしいですか?」


「侑だよ。……多分?」


「たすく、さん。珍しいお名前ですね。私、馬車から投げられて長く意識を失っていたからかどうやら記憶が所々ないみたいなんです。名前もなんとなく浮かんだそれっぽい単語で。」


「馬車からこんなところに投げられるって、相手は君を殺すつもりだったのか?」


「おそらく。でもそんな事は今どうでも良くって、お兄さん!私を王都に連れて行っては貰えませんか。」


ええ……この子大丈夫か、殺されかけたって大事件だぞ。というか地図で全然王都らしきもの見えなかったんだけど俺が居なかったらどうするつもりだったんだろう。とにかくこの子が2度と行き倒れないようについていてあげないとだな。


「いいよ。俺が必ず送り届けよう。」


道中、俺は彼女がどうしても王都へ行きたい理由を尋ねることにした。


「どうやら異世界から魔王を倒す勇者様がやってくるらしくて、5大王国全ての聖女をこの中央の国に集めて勇者様のお供を選定するんです。」


へえ、勇者様……って俺じゃね。というかお供って何、全く聞いてないんだけど。


「それで、王都の聖女曰く今月の20日に勇者様が王城にいらっしゃると神が告げられたらしいのでそれまでに私はどうしても王都に着かなければいけないんです。」


20日に勇者が王都に到着ぅ!?全然聞いてないんですけど。ねぇ、今何日?その神様とやらお願いだから俺にもお告げをしてくれよ!!


「へ、へえ、じゃあルチも聖女で勇者のお供になるために王都に行きたいって訳なんだね。」


「あ、いえ。私はもう聖女じゃありません。ざっくり覚えているところだけ言うと、特に何かした覚えはないのですが、皆様の勘違いで断罪?されて国外追放になりました。でも、この中央の国で勇者のお供として功績をあげれば聖国の皆様も、友達も、婚約者も、両親も、ルチちゃんはやっぱ聖女だったよーおかえりーって迎えてくれるはずなんです!」


ルチは俺の方に親指をぎゅっと立ててウインクをする。いや、ぐっど!じゃないんだわ。冤罪をふっかけられて断罪からの追放……重すぎる。なんでこの子はこんなノリで話せるんだ。空元気か、それとも本当にちょっと抜けているのか?


「んん?お兄さんはぐっど返してくれない感じですか?我ながら完璧な計画だったんですが。」


本当に抜けてるほうだった。

というかぐっど返しってなに。

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チート勇者師匠は最弱訳あり聖女弟子を最強にしたい〜世界救済はちょっと待ってください!〜 田中丸 @konoil

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