第15話 俺と親父と

 千尋峡谷の果ての館で、ステンドグラスに見入る俺は、千尋峡谷で別れたミーシャの事を思い出す。

 あの時は気づかなかった。あの言葉の意味が、こうも気になるなんて。




「俺はここから出たかったんだけどさ、どの縄梯子を選ぶかで迷ってたら、ここを見つけたって訳。」

 俺はおっさんに、ここに来た経緯を説明する。


「選ぶって、なんで選ぶんだ?」

 おっさんは、いぶかしげに聞き返す。


「いや、だって、落とされた所に戻りたいじゃん。」

 と俺は普通に答える。


「も、戻るって、おまえ、あっはっはっは。」

 なぜかおっさんは笑いだす。


「俺、変な事言いました?」

 俺はカチンときたが、おそらく俺の知らない何かがあるのだろうと、聞き返す。


「ああ、あれな。どの梯子を登っても、行き着く所は一緒なんだよ。」

「え?じゃあ、俺の、おそらくだけど、家族の所へは戻れない?」

 だとしたら、俺は何を探してたんだ。


「ぷ、あは、か、家族っておまえ、何言ってんだよ。」

 おっさんは笑いだす。

「おかしいですか。家族の所へ帰るって。」

 俺も顔を真っ赤にして反論する。


「おまえなあ、千尋峡谷なんかに落とされて、家族の絆もなにも、ないだろ。そんな考え方で、よく今まで生きてこれたな。」

「そ、そう言うものなんですか?俺はパパに、じゃなくて、親父に落とされた時に、はいあがってこいって言われたから、パパんとこに、あ、親父んとこに戻りたいだけですよ。」


 俺の言葉を聞いて、おっさんの顔つきが変わる。

「なに?はいあがってこい、だと?」

「はい。」

「確かに、そう言ったのか。」

「はい、確かに。」


 それを聞いて、おっさんは首をかしげる。

「それはおかしいな。千尋峡谷に落とすのは、いわゆる縁切り。それに、落とした場所に戻る事も、ないのにな。」

「じゃあ、パパは嘘ついたんですか?」

「嘘?おまえ、そんな言葉を知ってんのか。嘘をつけるのは人間だけだ。人間に変化出来る俺たちドラゴンだって、故意に嘘つくのは難しいぞ。」

「じゃあ、パパはもう一度俺に会いたい、でいいんですよね!」


「いや、そこがそもそもおかしい。」

「何がおかしいんですか!」

「それは千尋峡谷からはいあがったらどこ行くか、みんな知ってる事だし。」

「どこ行くんです?それにパパは知らないかもしんないじゃん!」


「知らない、と言うより、信じたくない、のかもしれんな。なにせ以前は、落とした場所に戻れた事だし。」

「そんな。それじゃあ俺は、パパの勘違いに翻弄されてたんですか?」


 おっさんの言葉に、俺の心も折れる。

 もう一度会ったら何がしたいとか、そう言う事もなかったが、二度と会えないと思うと、ショックだった。

 前世が前世だっただけに、俺は家族と言うものに憧れがあった。


「うーん、おまえくらいの年頃の子供がいて、まだ千尋峡谷の伝承を信じてるヤツだとして、、」

 おっさんはぶつくさ言ってる。

 俺のパパに心当たりがあるのかな。


「なあ、おまえのパパの名前は?」

「はあ?パパの、じゃなく親父の名前?そんなの知らないよ。聞く前に落とされたんだし。」

「そうか。ならおまえの名前も聞かせれてないのか。」

「あ、俺の事はサムって呼んでたよ。」

「サムか。ありきたりの名前だな。」

 と言っておっさんは考えこむ。


「サム?サム、、サム!」

 おっさんは何か思い当たったみたいだ。

「まさかおまえ、ビービルサムか?」

「いや、そこまでは知らんよ。」


「いや、間違いない。おまえはビービルサム。」

 うーん、なんでこのおっさんは、そう言い切れるんだ?


「天啓を受けた子供が産まれるって、自慢してたヤツが居たからな。そいつの服装と、おまえの服装は似てるから、まず間違いない。」

「服装?」


 そういや俺が人間に変化する時、いつもこの服装だな。


「人間の服装は、ドラゴンにとっての鱗と同じだ。おまえももっと成長したら自分の好みも出てくるんだろうが、今なら親の服装に影響される。」


「そっか。これがパパの服。」

 そう思うと、なんか腹たってきた。

 俺をこんなとこに突き落としたヤツと、同じ服装!

 親なら、どんな子供であれ、きちんと面倒みろよ!


 俺の感情の高まりを受けてか、俺の服は股間を覆う布を残して、全て消え去った。

 それを見て、おっさんは首をふる。


「確かに、おまえは家族に会わない方がいい。おまえのパパは、ドラゴンとしては優柔不断な男。それにおまえのママは、冷酷な女。おまえが会いに行けば、きっと良からぬ事がおきるぞ。」

「ふーん、俺のママ、じゃなくておふくろか。」


 俺のママの話しも出てきたが、確かに、あの人に関してはいい感情を持っていない。


「あ、会いに行くにしても、縄梯子から出たら、どこに行く訳?」



「ああ、言い忘れてた。獅子の穴だよ。」

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