第16話 縄梯子の先

 千尋峡谷を抜け出して、俺を突き落としたパパの所へ戻ろうと思ってたが、ここを脱出した者が行く場所は、獅子の穴だった。




「獅子の穴?」

 俺は前回出た単語を聞き返す。

「ああ、特殊工作員育成機関、通称獅子の穴だ。」

 とおっさんは答える。


「と、特殊工作員って、何するんだよ。」

「それは、って、今の世の中がどうなってるのか、それを説明するのが先かな。」

 おっさんは、特殊工作員の説明を中断する。


「要は、今の世の中ってヤツを、混乱させようって事だろ?」

 特殊工作員って、いわゆるスパイってヤツだよな。

 ならば、これで合ってるはず。


「おお、よく分かったな。流石は天啓を受けた子供、ビービルサム。」

 おっさんは俺を茶化す。

「いや知らんて、そんなの。」

 天啓がどうとか、やはりもう一度、会うべきだな。俺のパパに。

 おっさんは会うなと言ってるが。


「それより、今の世の中って、混乱させたいヤツがいるほど、酷いのか?」

「どうだろな。竜王の一件で、ギースンドラゴンの一族は没落。他の2種族のドラゴンは、人間と迎合。さらに人間の中で君臨してるのが、」

「って、ちょっと待て!」


 俺はおっさんの情報過多な内容に、理解がこんがらがる。

「えと、ドラゴンの三種族の他に、ただの人間も存在すんの?」

 おっさんの話しからは、そう読み取れる。

 まあ、竜王を倒したのが人間の勇者って事だし、これは間違いないかと。


「なんだ、そんな事も知らんのか。」

「いや、知らんて。俺は産まれてすぐ、千尋峡谷に落とされたんだぞ。」

「その割には、言葉が流ちょうなんだよな。峡谷だと、話す機会ないだろ。」

「そ、それは、やっぱ天啓の子供、ってヤツ?」


 確かに話す機会と言えば、ミーシャとしか会話してないな。

 そして流石に、前世の記憶があるからとは、言えんだろ。かと言って、天啓云々を持ち出すのも、いやなのだが。


 おっさんの話しも気になるし、千尋峡谷の外の様子も気になってくる。

「なあ、俺もここから出たいんだけど、ここからなら出られるんだろ、獅子の穴以外の場所に。」

「ここから?この千尋峡谷の出口は、絶壁の縄梯子だぞ。」

「いやいや、あんた俺の家族がどうとか言ってたじゃん。それって、この建物からも千尋峡谷の外に出られるって事だろ。」

「そ、それはぁ。」


 おっさんは言葉につまる。

 俺たちドラゴンは、嘘はつけない。

 やはり有るんだな。この建物から峡谷の外に出る出口が。


「だが、千尋峡谷に落とされた者は、獅子の穴を経由しないと、世間に居場所はないぞ。」

 おっさんはこの建物からの出口の話題から、獅子の穴に話題をそらす。

「はあ?俺に、えと、なんとか工作員になれっての?」

「親の庇護がない子供が生きていけるほど、世間は甘くないんだよ。」

 おっさんはキリッと言うが、ちょっと待て。


 ここって畜生道だよな?

 普通に餌を食らうだけの世界だろ?

 基本、ひとりで生きてく世界だろ。

 それがなんで、社会性生じさせてんだよ。


「じゃあ、俺が外で生きてくには、獅子の穴で特殊工作員になるしかないんだな?」

 俺はもう一度聞いてみる。

「そうなるな。天啓を受けた子供が、獅子の穴の工作員になるなんて。神は何をお考えなんだ。」

 神って、あのくそ女神の事か?おそらくなんも考えてないぞ。

 つか、思い出したら腹立ってきた。いつかあんな事やこんな事をしてやりたい!


「まあ、工作員になるかなんて、獅子の穴を出た後の俺の意思次第だろ。」

 そうだよ、俺が特殊工作員なんて言うテロリストに、なる訳ないよな。

「いや、獅子の穴を甘く見るな。あそこの洗脳は半端ない。一度入ったら、ん?洗脳?」

 おっさんは自分の吐いた言葉に、つっかかる。

 一瞬、悪そうな笑みを浮かべたのを、俺は見逃さない。


「あるぞ。獅子の穴の洗脳を回避する手段が、ひとつだけ。」

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