第13話 果てへ

 千尋峡谷からの脱出場所を探してたら、千尋峡谷の果てを見つけてしまった。

 あそこには、何があるのだろう。



 千尋峡谷の果てを目指すにあたって、俺は考える。

 この先数百キロ、魔素の吸収は出来ない。

 ならば、代謝の少ない人間体で行くべきか。

 補給用として、餌の子羊を連れてくのはどうだろう。

 途中でドラゴンに戻って食えば、行けるかも。


 という事で、早速餌の子羊を調達してくる。


 俺は大気中の魔素の流れを読み、次の餌の子羊の出現場所を特定する。

 俺は少し離れた場所の、廃墟の上から辺りに気を配る。

 この周囲には、ライバルとなる他のドラゴンは居ないみたいだ。

 俺より遠くに、三匹ほどいるが、俺の方が早い。


 そして餌の子羊が出現する。


 俺は素早く飛びかかる。

 そのまま連れ去るつもりだが、出現した餌は二匹!


 俺は一匹目の餌の首をおり、動けなくする。

 そして二匹目の餌に襲いかかる。

 俺が二匹目の餌にがっついてたら、他のドラゴン達が駆けつける。


 やばい!

 俺は一匹目の餌を抱きかかえ、その場から飛び去る。

 ぶっちゃけ俺は弱いので、餌の取り合いになったら、死を覚悟しなければならない。


 ドラゴン達は、上空へは注意を向けない。

 いざとなったら俺は、その上空に逃げればいい。

 ほんと、馬鹿なドラゴンどもだぜ。


 俺は廃墟の影に降りると、そのまま餌を完食する。


 あ。


 この餌、果てを目指すのに連れてくんだっけ。

 つか、首折ってる時点で、連れてけないよね。


 やばい。

 ドラゴンの本能として、有る分は全部食い尽くす。

 どうも保存しとくって言う概念が、無いらしい。


 仕方ないので、このまま千尋峡谷の果てを目指す事にした。

 まあ、たらふく食ったし、なんとかなるだろう。

 ならば出発は、今しかない。


 俺は廃墟の街並みのはずれで、人間に変化する。

 そして歩きだす。千尋峡谷の果てを目指して。


 そして数時間。

 果てへの距離は、一向に縮まらない。

 廃墟の街並みは、すでに見えない。

 不思議と疲れはない。

 このままずっと、歩けそう。


 前言撤回。

 さらに数時間経ったが、なんか疲れてきた。

 出発からおそらく20時間は経ってると思う。

 半日あればたどり着くと思ってたけど、あまかった。

 今戻れば、何とかなる。

 よし、戻ろう。


 戻ろうと思うが、俺の身体が言う事をきかない。

 なぜか振り向きもせず、真っ直ぐ歩き続ける。


 どうしちまったんだ、俺の身体。

 ドラゴンの俺に、人間の心は不要だったんじゃないか。

 前世の記憶など、無かった方がよかったのか。


 なんて思ってたら、左右の絶壁が交わる場所に、僅かな隙間がある事に気づく。

 そしてその隙間の前に、ひとつの建物が建っている。


 目指すゴールが見えてきた!


 俺は疲れてた事も忘れ、歩き続ける。

 そして数時間、やっとたどり着く。


 目の前には、大きな建物があった。

 今まで見てきた廃墟の建物とは違い、立派で荘厳な建物だった。

 何かの神殿だろうか。


 俺は建物の扉を開ける。

 陽の届かない室内は、少し薄暗い。

 人の気配はない。だけど荒れた形跡もない。

 生活感を感じないが、ここだけ数百年、時間が止まってるかの様だった。


 少し進むと、また扉があった。

 俺はその扉を開け、また驚く。


 そこは礼拝堂を思わす広い室内だった。

 俺の正面には、大きなステンドグラスがあった。


 ステンドグラスの真ん中より上方に、大きな青い竜が描かれていた。

 どこか恐怖を感じるも、悲しげな竜。

 その青い竜の右上に、小さく赤い竜が描かれている。

 青い竜の左下には、小さく緑の竜が描かれている。

 そして真ん中より下方には、青い竜と対峙するように、剣を持った人間の後ろ姿が描かれていた。

 人間は上半身だけだったが、左肩の上に、水色の丸い物体を乗せていた。


 このステンドグラスに魅入られ、俺はゆっくりと近づく。


「ほう、ここまで来るヤツが、居たとはな。」

 突然声をかけられ、俺は声のした方を振り向く。


 この部屋の右方の扉が開かれ、ひとりの男が立っていた。

 いかついおっさん。

 素手で熊をも倒しそうな男。


 そんな男を見て、ドラゴンの本能が俺に告げる。


 餌だ!


 俺はドラゴンの姿に戻ろうとするが、思いとどまる。

 今はドラゴンとしての本能より、この男は何者なのか、ここは何なのか、人間としての好奇心の方が、勝っていた。

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