千尋峡谷編

第4話 さらに堕とされる理由

 誰もが憧れる、異世界転生。

 だけど畜生道に堕とされた俺は、ドラゴンとしての異世界転生だった。



 俺が今生での意識を持ったのは、卵の中だった。

 俺の希望通り、ドラゴンとしての身体を感じる。

 指先の鋭い爪。太い尻尾。折りたたんだ翼。

 まだ眼を開ける事は出来ないが、確かに俺の身体はドラゴンだ。


 俺は卵の中で、この身を丸める。

 卵内に充満した栄養素が、この身体に染み込んでくるのを感じる。

 そして暖かいぬくもりを感じながら、俺はまどろむ。

 うん、悪くない人生のスタートだ。



 そんなまどろみに包まれた数日後、この卵の中の居心地が悪くなる。

 卵内の栄養素を、全て俺の身体に吸収し尽くしたみたいだ。

 そんな俺の身体も成長して、卵の中も窮屈になってきた。

 いつまでも、この中には居られないって事か。


 俺は丸めた身体を伸ばす。

 が、ちょっと待て。

 この卵、硬くないか?

 普通に身体を伸ばせば、割れるもんじゃないの?

 なのに、びくともしねーぞ。

 このまま成長したら、どうなる?

 つ、潰れちゃうんじゃね?


 いや、待て。焦るな。

 こういうのは、ちゃんと割れるように出来てるはず。

 俺の身体の鋭い部位、爪や牙で、殻の薄い部分を叩くんだ。

 だが、牙をたてるにも、どうすりゃいいんだ。

 爪にしたって、指先は身体の内側に向いている。このまま身動きとれないんだぞ。


 いや、そう言えば俺は、大気中の魔素を取り込んで、空腹は免れるんじゃなかったっけ。

 でも、どうやってその魔素とやらを取り込むんだ?

 あのくそ女神、こんな大事な事も教えてくれなかったぞ!

 ああ、思い出しただけでも、腹たってきた!


「くっそぉ!」

 俺は思わず叫ぶ。

 次の瞬間、意識が軽く遠のく。


 そうか、ここは卵の中の密閉空間。

 酸素も限られてるんだ。

 飢え死にはしない俺でも、酸欠はどうなんだ?

 やばいんじゃないか、これ。

 産まれる前に、死ぬんじゃないか。


 俺は思いっきり身体を伸ばす!

 反動をつけて、何度も!

 今全力を尽くさないと、俺に待ってるのは酸欠死だ。

 失敗したら、死ぬのが早まるだけだが。


 コツコツ。


 俺が何度か体当たりを繰り返していると、外から誰かが叩いてる音がする。

 そこは、丁度俺の頭の上。


 ここか!


 俺は重点的にそこを攻める!


 ガツ。ガツ。ガツ。


 俺の頭には、小さな角が生えていた。

 俺の視野には入らないので、今までその存在に気がつかなかった。

 顎を引いて、頭の角を突き立てる。

 今までは顎を上げて、身体を海老ぞらせていたので、頭の角の使い方には気づかなかった。


 ガツ。ガツ。ガツ。

 ピシん。パリん。パリパリ。


 やっと卵の殻の一部が割れる。

「ぷはぁ。」


 俺は割れ目から頭を出し、外の空気を吸い込む。

 これで俺は、窒息死を免れる。


 そして一部でも割れた卵はもろい。

 俺が頭を外に出した状態で身体を伸ばすと、卵はパリパリと崩れていった。


「はあ、死ぬかと思ったぜ!」


 やっと今生のスタートをきれた俺は、とりあえず辺りを見渡してみる。


 なんか、鳥の巣みたいな所で、割れた卵の殻が、三つ分ある。

 つまり俺には、三匹の兄だか姉がいるのか?

 そしてこの鳥の巣が設置してある場所は、大きな室内って感じだった。


 山の上とか、そういう所じゃないんだな。

 なんか人間が造った様な感じだが、誰かに飼われてるって事か?


 ぞく。


 そんな事を考えてたら、何かおぞましい悪寒を感じる。

 そして斜め後方を見上げる。


 ぞく。


 思わず身の毛がよだつ。


 そこに居たのは、大きなドラゴンだ。

 俺の五倍くらいの大きさのドラゴンが、俺を見下している。

 その表情は逆光の暗がりで、よく分からない。

 だけどその眼差しは、冷酷そのものなのは、直感する。


 そして俺は思い出す。

 ここが畜生道である事を。


「おお、やっと産まれたか。最後の一匹が。」

 俺が怯えていると、扉を開けてひとりの人間が入ってきた。


 ドラゴンの俺の身長より少し高い、人間の男。

 なんか俺の誕生を、喜んでいるみたいだ。


 だけど、なぜここに人間がいる?


 色々考えられるが、俺の誕生直後の食料って事か。

 俺は口を半開きにし、その人間の男に歩みよる。

 牙の隙間からは、よだれがしたたる。


 そんな俺の行動に、男の表情が影る。

 そりゃあ、これから食われるんだから、恐怖に引きつるよな!


「はあ。」

 俺の突進を前に、男は大きくため息をつく。

 なぜか俺はビクつき、動きがとまる。


「残念だよ、サム。」

 男は無表情で、そう告げる。

 その言葉に、俺は身体が固まる。

 身体の芯から、湧きあがる恐怖。

 ただの人間のくせに、ドラゴンの俺が恐怖する。


「だから言ったのよ。早く食べちゃいましょ、って。」

 俺の背後から声がする。


 俺はおそるおそる振り返ると、そこには人間の女がいた。

 確か俺の背後には、巨大なドラゴンがいたはず。

 そのドラゴンが、人間に化けたのか?


 この女からも、恐怖を感じる。

 そう、あのドラゴンから感じた恐怖だ。


「最後の一匹には、期待してたんだけどな。」

 人間の男の発する言葉。

 俺は恐怖する。

 この男からは、女以上の恐怖を感じる。


「じゃあ、決まりね。」

 女はおもむろに、右手を振り上げる。


「ひ、」

 俺は身体をびくつかせる。

 今の俺は、親に殴られかかる、子供の心境だ。


「待てって。」

 そんな女を、男がとめる。


「今年産まれた子を、全員殺すのは気が引ける。だろ?」

 男の言葉に、俺はゾッとする。

 俺の周りにあった卵の殻。

 俺の兄弟は、全員殺されたのか。


「あら、遅かれ早かれ殺されるのには、変わりはないわ。」

 だから今殺しましょう。

 と言わんばかりに、女は俺に近づいてくる。


「待てって言ってんだろ。」

 男は落ち着いた声で発言するが、そこにはもの凄い怒気がこめられている。


 女も一瞬たじろぐ。

 が、すぐに反論する。

「待てって、何を待つの?こいつらにはとっとと見切りをつけて、次の子供達を産むべきじゃない?」


「おまえ、俺たちの立場、分かってるだろ?」

「う、それは。」

 男に言われ、女は返事につまる。


「それにこいつは、喋れはしないが、俺たちの言葉は分かるようだ。そうだろ、サム。」

 男は、鋭い眼光を俺に向ける。


 俺は思わずビクつき、身体が硬直する。

 だが、ここで応じないと殺されるのは明らか。


 俺は何とか硬直する身体を動かし、こくこくと何度もうなずく。

 俺の発する言葉は、ドラゴンの声帯ゆえか、人語にはなっていないらしい。


 そんな俺の態度を見て、男は一瞬ニヤける。

 その禍々しさに、俺の身体は再び硬直する。


「ならば今からおまえを、千尋峡谷に落とす。」


 せんじんきょうこく?

 初めて聞くその言葉に、俺は恐怖する。


「あなたも人が悪いわね。この子のためを思うなら、ここで殺してあげるべきなのに。」

 女がそうつぶやくのを尻目に男の身体が巨大化する。

 そして男は、巨大なドラゴンに変化する。


「じゃあな、サム。千尋峡谷から、しっかりはいあがってこい。」

 ドラゴンと化した男は、俺の足元に右手を振り下ろす。

 男の一撃で、床はぶち抜かれる。


 俺は底の見えぬ奈落の底に、たたき落とされた。



後書き編集

ども(・ω・)ノ

この千尋峡谷行きですが、転生理由に三話も使ったため、ここは一話に詰め込みました。かっこ笑い

あー、ここでパパとママについて、色々考えてたんですが、今この予約投稿するまで、忘れてました。

一応元上流貴族で、今は没落貴族。

子供達に復興を託す。

とかだったと思いますが、今後の流れで、全く触れてません。

うーん、どーしよ。

(・∀・)

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