第37話 波乱に満ちた1日の終わりに……

 ポフンッ!


 風呂上がりの身体を、そのまま自分のベッドに投げ出した航平。

 先に風呂を出る優那が脱衣場へ向かうまで、湯船の中で必死に逆方向を向いて、別のことを考えようとしていたので、結構な長湯となって逆上せたのもある。

 彼女が出ていくまでの間、お湯が揺れる度に褐色美女が湯船の中を歩く妄想が。

 脱衣場の扉を開ければ、美女が身体を拭く妄想が進み、そちらの意味でも逆上せ気味。


「…………疲れた」


 万感の思いを込めて、呟くのが精一杯の航平であった。

 このまま目を閉じて、夢の世界に……。


 ブゥゥ! ブゥゥ!


 旅立とうとした航平だが、スマホのバイブにより妨害される。


「……」


 無言で相手を確認すると、本日の元凶となった父親の斗真の名前が示されている。


「……」


 応える気力もなく、再び突っ伏して寝てしまおうとする航平。

 しばらく、放って置けば諦めてメールを送ってくるだろうと放置していたのだが、


「さすがに居留守は酷いと思わない?」


 等と言って、唐突に部屋に現れた。


「一体どこから……」

「そこの鏡を介してのただの虚像転写だから、実際の僕が航平の部屋にいるわけじゃないよ。

 ゲームにあるような立体映像みたいなもんさ」


 謎過ぎる出現をする斗真に、呆れた声で呟いた航平。

 それを拾った斗真が、実情を説明する。


「……確かに微妙に透けてる。

 それで何の用?」

「いやぁ……。

 ストレス溜めてるねぇぇ。

 折角の美少女達との生活よ?

 高校生らしく楽しんでみたら?」


 トゲを隠してもいない航平に、苦笑混じりでお節介に煽る斗真。


「美少女達?

 複数形で言うってことは……」

「桃滋郎の娘さんが来れば、その分家筋も出し抜こうと娘を出してくるからね。

 3人かそこらの美少女に、押し掛けられてるんじゃないかな?」


 斗真の言葉から受けた違和感を訊ねれば、あっさりと答えを口にする。

 つまり、最初からこうなると想定した上で、北嶽家に連絡を入れたと言う自白である。


「……」

「図星っぽいね。

 いや、本当に行動が早いなぁ。

 ……さて、航平。

 今から言うことはとても大事なことだから、しっかり聞いてくれるかい?」


 顔を赤くして沈黙する航平に、ひとしきり笑った斗真。

 だが、直ぐに表情を引き締める。


「……何さ?」

「多分、この夏休みは航平にとって、非常に濃いものとなるだろうと思う。

 けど、それを理由に夏休みの宿題をサボるのは許さないってのが、真幸さんからの伝言」


 夜に変な術まで使って現れた理由が、まさかの宿題の話。

 拍子抜けを感じる航平だが同時に、聞き捨てならない言葉に思い至る。


「ちょっと待て!

 その言い方だとまるで夏休みが終わる頃まで帰らないみたいな感じだけど!」

「会社にはそう遠くない時期に戻るさ。

 だけど、そっちの家を使う気はないので、航平達の私生活には干渉しないつもりってだけ。

 ……僕はともかく、真幸さんがそっちへ行くと少なからず、羽黒家の影響が出ちゃうだろうしね」


 しかし、そんな航平を気にするでもなく、肩を竦めてみせる斗真の立体映像。

 どうにもこの家を使えないのは、斗真本人も不本意な様子である。


「羽黒家の影響って……」

「だって、近いうちに透子ちゃん達もそこに行くとなれば、どうしても真幸さんの影響は出てくるだろう?

 真幸さんも姪っ子に頼まれたら断りきれないだろうし……」

「透子姉ちゃん達もくるの?」

「間違いなくね。

 幾分か、羽黒の婆さんに牽制を入れてるけど、それで諦める婆様じゃないし、航平の独り暮らしを助けるって名目で強引に押し込むだろうね」


 呆れ口調の斗真の様子に、今以上の騒々しさを連想してうんざりする航平。


「どうにかしてほしいんだけど……」

「じゃあ、今すぐ透子ちゃんか芽衣子ちゃんと婚約する?

 今日そっちへ行ってる桃滋郎の娘さんか、そのお付きの娘でも良いよ?」

「何それ……」


 父親へ救いを求めた航平だが、斗真の答えは予想の斜め上を爆走するものであった。


「結局さ。

 今は、航平と縁を持ちたい人間が大挙して取り囲んでいる状況なんだよ。

 それを僕が無理やり黙らせてる。

 まあ、落ち目だけど、何処の家とも少なからず関わりがあった要扇も多少影響していたけど……。

 そんで僕が周囲を黙らせた方法が、本人の意思を尊重するって言う便利な言葉。

 だけど、その言葉には有効期限があった。

 航平が自ら誰かに好意を伝える、と言う行動に出るまでのね」

「え?!」

「当然だろ?

 殴って良いのは殴られる覚悟のある奴だけってことだよ。

 人に特別な好意を寄せるだけの分別が付くようになったのなら、その好意の先を自分に向けることが出来れば、周囲の人間も沈黙するしかないわけだねぇ」


 何処ぞのアニメの台詞を引用しつつ、肩を竦める斗真。

 その様子から、息子を助ける気が欠片もないことを悟る航平だが、


「まあ、取って喰われるわけじゃな……。

 ……くもないか?

 心身の危険があるわけじゃないから、青春を謳歌すると良いよ?

 ……油断するとパックリ行かれるかもだけど」

「ちょ!」


 父親から出てくる下世話な言葉に顔を赤くする。

 その脳裏に浮かぶのは、桃花に唇を奪われたことか或いは優那の胸に顔を沈めたことなのか。

 はたまた、両方か……。


「既に面白いことになってそうだねぇ。

 まあ頑張れ!」


 航平の様子から何かあったとな?

 と当たりを付けた斗真は、ニヤニヤと笑いながら他人事のように応援して……。


「父さん?!

 ちょっと!」


 呼び止める航平の声が聞こえなかったように、空気に溶けて消えて行く。

 後には、高2の夏休みと言う人生でもかなり自由な時間を自分の将来のために、煩悩と戦う運命へ追い込まれた少年が頭を抱える姿だけが残されたのだった。

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