第38話 幕間 桃と仔犬
航平が斗真の愉快なおもちゃになっている頃。
八神邸の客間の1つでは胸を抑える桃花と、その背中を必死に擦る小梅の姿があった。
バタンッ!
その部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた美桜は、扉の方を気にすることもなく、小梅に向かって湯呑みに入った液体を差し出す。
「お待たせ! お姉ちゃん!
早くこれを!」
「ええ。
……桃花様」
手馴れた感じで受け取った、それを同じく手馴れたように桃花の身体を傾けて、口へと含ませる小梅。
そして、苦しみながらも懸命に嚥下する桃花。
すると劇的に苦悶の表情は和らぎ、穏やかな呼吸へと変わって行く。
「美桜、タオルを濡らしてきてくれる?」
「はい」
そんな桃花を支える小梅は、桃花の全身に夏の暑さとは異なる汗を感じて、妹へ更なる用事を頼む。
パタン。
「「……」」
入ってきた時とは真逆に静かに部屋を出ていく美桜。
それを見送る小梅と未だ調子の戻りきらない桃花。
しばらくの沈黙の末。
「……ありがとう、小梅。
そろそろ大丈夫よ」
と、従者に声を掛けて、その身を起こす桃花。
「……」
心配そうな表情を浮かべつつも、主の言葉に従う少女はそれを言葉に出せない。
「……大丈夫。
将来の旦那様に会って、少し調子に乗りすぎただけよ」
「……そういうことにしておきます」
下手な誤魔化しであった。
鬼と桃の反する属性を継ぐ家柄に、運悪く女として産まれてしまった少女。
それだけであれば、まだ救いもあった。
他の家に養子に出されれば、桃の名を継ぐ必要がなかったから……。
だが、運が悪いことに桃花の母親は、桃花の妹を産んだ後、肥立ちが悪く更なる子供を求められなくなった。
桃花の運命を変えようと無理に子供を作った弊害だと医者は言ったとか……。
その時から、産まれてから2年共に過ごしてきた
「……満月まではまだ時間があるもの」
「……はい」
特に夜は……。
月の月齢が上がるに連れ、鬼の力が弱まり桃の力が増す。
それに抗うように、鬼の力が少女の身体を駆け回る。
そのあやふやな時期が一番辛い。
それを抑えるために、特別な桃を用意し鬼の力を一気に弱体化させる。
鬼の舌では強烈な不快感を催す桃を、絞って作ったジュースを満月が近付くにつれて摂取する。
普通の人であれば、甘く優しいと感じる桃も北嶽一族には、ヘドロのような風味に感じるそれを。
やむなく飲み干す苦行であり、それは毒で毒を制する苦痛。
そんな現実が、鬼としても桃太郎の後継としても、強い力を持つ女の性を持ちながら、北嶽一族の本家を継ぐ運命を背負う羽目となった少女に付いて回る。
しかも、彼女の命懸けの本家継承は、ただの時間稼ぎと言う不幸。
相反属性を強く持つ桃花が、普通の男性いや仮にそこそこのレベルの霊能力者の男性を夫に持っても、子供を孕むのは、奇跡の上に奇跡を重ねることだとその手の専門家達が声を揃える。
その例外となりえる八神斗真は、カラスのお姫様が手放さない。
外面を整えた斗真しか見たことのない桃花としては父親の1つ上の男性とは言え、深い関係になるも吝かではなかったが、当の本人から、
『僕の力じゃ強すぎて、桃花ちゃんが耐えられないだろうねぇ』
と否定され。
北嶽一族の本家が絶えるのは、定められた宿命かと思われた。
中学校になる頃、北嶽家を訪れた斗真に、
『桃花ちゃんの力も大分増してきたねぇ?
これなら丁度航平となら力の釣り合いが取れるかも……』
と、言われるまでは……。
「……本当に航平様と結ばれれば、覆る運命なのかしら?」
「あの八神斗真様の見立てですから、そちらは間違いないと思います。
斗真様自身も、桃花様を気に掛けて下さっていたんですよね?」
弱気になる桃花に、小梅が慰めの言葉を掛ける。
事実、親しい後輩の娘と言う間柄故だが、斗真本人も少なからず桃花を気に掛けている。
でなければ、航平を任せる相手に航平本人と殆ど面識がない北嶽家を呼んだりしないだろう。
「……そうよね。
うん。頑張りましょ!」
「はい!」
明日からの日々に希望を見出だして、決意を固める桃花に、力強い返事を返す小梅。
自分の命を賭けた篭絡作戦へ気合いを入れる主と、それを懸命に応援したい従者は、互いに笑顔で笑うのだった……。
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