第36話 北嶽と猿橋
チャポン!
褐色美少女のうなじを視てしまい思わず、鼻の深さまで潜る航平。
その音が静けさに包まれた浴場内に響くが、
「正直に申しまして、我が家と北嶽家はその始まりから、裏で敵愾心を持っている家柄です。
北嶽家が我が家を警戒して、あれこれと地味な嫌がらせをしてくると言う感じでしょうか……」
そこを突くこともなく、桃太郎とそのお供に確執があったと語り出す優那。
「例えばですが我が家の現当主である母は、八神斗真様と個人での面識がほぼございません。
母が北嶽桃滋郎様と同級生にも関わらずです」
「……そうなんだ」
「桃滋郎様は、自身が斗真様と会う時は決まって母に所用を申し付けていたとのことです。
ご丁寧に狗神の者に監視させながら」
「……」
まるでドラマのような内容に絶句する航平。
しかし、優那の話はそこでは終わらない。
「更に今回の私を省こうとする動きは、既にご存じの通りかと。
……多くの霊能力者家系は、北嶽一族を脳筋の鬼達と侮っています。
確かにそういう行動も多いのが事実ですが、それは普段、頭を使って考える必要もないくらい北嶽の特性が強いだけ。
必要なら計略を巡らせる能力があるのが、あの一族だと気を付けて頂けると……」
と、警告を続ける。
だが、
「……そういえば出会い頭にキスを」
「あ、あれは違うと思います。
桃花様は、小さな頃から航平様と結ばれるようにと、半ば洗脳状態で育てられていました。
ですが、要扇との兼ね合いで近付くことも出来ずの状況でしたので、不安からの突発的なものだと思います」
航平の疑念に、桃花のフォローを入れる辺りに、桃花自身を心底嫌っているわけではない複雑さを滲ませる。
「……」
「家同士の影響と言うのは複雑怪奇ですので、気にやむことではありませんよ!」
同時に航平が抱いたであろう妙な罪悪感に、フォローを入れる辺り優那と言う少女の優しさが滲む。
「我が家等は酷いものです!
……改めて北嶽の桃太郎誕生の話をさせていただいても?」
「あ、う、うん」
話題を替えたいと言う少女の気遣いに気付いて、同時に微妙な返事になったことが悔やまれる航平。
「確執の起こりは、室町時代。
鬼と言ばれる者の特性にその端を発します。
鬼には、その死の際に相手を呪う力があります。
その力はとても強力な上、相手に縁がある者へ感染する性質。
仮に、朝廷が室町幕府に鬼の討伐を行わせれば、武将達から将軍、果ては帝から人民まで多大な被害となったことでしょう」
「あ、下手に討伐出来なかったんだ」
「はい。
当時、直臣家でそれに対抗出来る特性があったのは、八咫烏の羽黒家と大口真神の真上の2家。
守りに付かせるの精一杯だったために、招聘された陪臣家や民間戦力なのですが、そこで1番高い立場であった北嶽は、鬼の呪詛に対抗出来るのは自分達同族のみと主張し、総大将の地位を確立したのです」
恐らくは、各名家の面子や立場もあって、表には出せず当事者達しか知り得ない事情なのだろう。
「確かに鬼の呪詛は鬼同士の場合は、発現しないと言うのは有名ですが、太祖にインド神話のハヌマーンを持つ我が家も破邪を持ちます。
むしろ、朝廷の思惑が絡む以上、鬼同士の抗争となるかは賭けの部分も強かった。
順当であれば我が家を上に据えるべきだったはずです」
「……」
「我が家と縁の深い猿田彦神社の宮司を介して、朝廷へ話を持っていった時には後の祭りだったようです。
朝廷にも面子がありますので、コロコロと総大将を変更出来るはずもないと……。
オオカムツビの逸話を利用することで、保険を掛ける話が通ったのみだったようです」
裏話も裏話であった。
同時に、実話桃太郎の中身が思ったよりも、殺伐としていてやるせない航平だが、
「まあ、鬼の血筋が破邪の力を持つ桃の字を、名前に継承していく負荷は相当なようで、北嶽一族はそれ以来短命となり、猿橋家から数世代置きに血を入れて、桃の呪力を中和する宿痾を帯びているのですけど……」
更に、きつい情報提供が為される。
主と言っても、自分達の子孫を人質に取られているに等しい北嶽一族。
自分達を出し抜いた恨みもあるが、近しい血縁から相手を憎みきれない猿橋一族。
つくづく、奇々怪々な霊能力者家系の妙、と言うべきものがそこにはあった。
「……そんな北嶽一族にとっては、混沌とした力を平然と同居させている斗真様は、ある種の希望のような存在なのかもしれません」
「父さんが?」
急に話題が自身の身内へ向かい、首を傾げる航平。
「ご本人の仰られるような神の力について、真偽は定かではありませんが、大妖魔に触れても平然としていられる瘴気耐性と羽黒家の破邪にも影響されない浄化耐性。
その両特性を考えれば、北嶽一族としては是非とも取り込みたい能力で間違いないかと」
「……」
「そういう意味では、八神家の利権目当ての他家に比べれば、航平様自身を望んでいる分、不純ではないかもしれません」
漫画に良くあるような、家じゃなくて私を見てくれる人が的な奴だが、結局、航平の中に流れる八神斗真の力な点は一緒である。
「まあ航平様が桃花様を選ばれると、猿橋家としては困るわけですけど……」
「ああ……。
主従逆転が本来の姿に戻るのか……」
苦い口調の優那に、納得する航平。
しかし、
「ただ、幼馴染みの従妹としては桃花様を応援したいのも本音なんですけどね……」
「……」
一転柔らかい口調が浴室内に響く。
優那の立場の苦しさに、同情し、沈黙する航平。
しばらく、八神家の浴場は静かな沈黙に支配されたのだった。
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