第33話 旅館風の……
クラス委員長からの冷たい視線に、いつの間にか出来ていた自室で、頭を抱えていた航平であったが、散々な目に遭った日中の疲れが出たのか、いつの間にか、寝ていたらしい。
慌てて飛び起きてみれば、時計の針が22時を差し、かれこれ3時間以上寝ていたと告げている。
「目は覚めたかしら?」
そんな航平の頭に机の上から声が届く。
リンカート会長室を出てから、無言で懐に忍び込んでいたステラである。
「あ、うん。
此処は……」
「あなたの部屋じゃないの?
ワタクシ様はずっと寝ていたから知らないわ」
何処かと問い掛けようとして、先手を打たれる。
使い魔の癖に、今の今まで呑気に寝ていたらしかった。
「……ああ。
確かに……」
引き籠るために2階へ上がった航平の目に留まった"航くんの部屋"。
母の字で書かれたそれを見て、此処を使うのかと特に考えることもなく、中へ入ったと思い出す。
「思い出したのなら、お風呂へ行くわよ?
ワタクシ様は毛皮が埃っぽくて気持ち悪いの。
あなたも少し汗臭いわ」
「……そうだね」
今の鼠姿はともかく、夢の中で会った自分好みの少女の姿を思い出し、そんな娘に汗臭いとダイレクトアタックを食らった訳で……。
やや、消沈気味の航平は部屋を抜け出して、1階の風呂場を目指す。
途中にある客間の1つに明かりが灯り、前を通った時には女性達の声が漏れ聞こえた。
盗み聞きにならぬように、早足で通り過ぎると目的地には2つの出入り口があり、それぞれに男女の暖簾が垂れ下がる。
「何で旅館みたいになってんだよ……」
個人宅のはずの八神邸。
その浴場入り口は、銭湯或いは旅館の大浴場を思わせる造りになっていた。
十中八九、父親の趣味だろうと呆れる航平は、そのまま男湯の暖簾を潜り抜け、脱衣場へ。
案の定、その脱衣所も銭湯の物に類似した造り、金があるからとやりたい放題である。
「誰か入ってるわよ?」
父親の所業に呆れる航平へ、ステラが声を掛けてくる。
近くの藤製の籠に丁寧に畳まれた服が入っていたのだ。
その服に見覚えがあった航平は、
「……ああ。
江手野君だな」
と持ち主を言い当てる。
消去法からいっても間違いようがないので、自信満々で。
「江手野?」
「うん。
北嶽桃花って子の付き人の人?
今時、付き人連れたお嬢様とかいるんだなって思った……」
そこまで言って、顔を真っ赤にさせた航平。
その桃花に唇を奪われた事実を思い出したのだ。
立て続けに起こった奇想天外な出来事に考える余裕がなかった航平も、1度寝たことで情報整理が進んだと言うべきだろうか?
しかし、
「何かあったのね?!
もしかして、あなた男の方が好きとか!」
「違うよ!」
顔を赤らめたタイミングが悪すぎた。
そりゃ、脱衣場にある勇太郎の服を見て、彼の少年を思い出しつつ、顔を赤くしたのだから夕方のやり取りを知らないステラが、そっち方面に勘違いしても不思議ではないかもしれないが、その割には声が弾んでいる。
「良いのよ?
性別を超えた情愛って素敵でしょ!
世界を敵に回しても、ワタクシ様は応援するわ!」
航平の強い否定さえ、照れ隠しと受け取る様は、腐の気配を滲ませていたが、
「だから違うっての!
その桃花さんにいきなりキスをされて……」
「あっそう……。
まあ、人生色々あるわよ。
こう言う時は、犬にでも噛まれたと思いなさいなって言うのかしら……」
「何でそうなるんだよ……」
航平が改めて、弁解をすると途端にテンションを下げて、投げやりに返す。
まさかの好きな(外見)の少女が腐の人であると言う事実に、神を呪いたい航平であった。
「兎に角、さっさと服を脱いで混浴しましょう!
裸の付き合いをしている内にそっちへ目覚めるかもしれないし!」
「男同士で混浴言うな!
つうか、そっちへ目覚めるって何だよ!」
主をそっち方面に追いやろうとする、困った鼠に文句を言う航平。
北嶽4人組の中では、1番好感度が高いだけに洒落にならない発言だった。
質の悪い使い魔のせいで、勇太郎を変に意識してしまった航平は、
「……少し時間をズラそう」
と言って後退する。
風呂場から逃げ出そうとしたのだが、
「良いから突撃!
はい! ドドーン!」
鼠から人に化けた腐女子使い魔に服を奪われ、風呂場へ追いやられた。
つくづく女難の相に愛された少年であるが、風呂場には最悪の更に下が待っていた……。
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