第34話 女難の相持ち?の八神くん
「おわぁぁ!」
何処かの腐女子使い魔によって、風呂場へ追いやられた航平は、そのままバランスを崩しながら浴室の床へ走り出していた。
濡れたタイルの感触に風呂場の床へと倒れ込む未来を悟った航平は、訪れるであろう痛みへ覚悟を決めたのだが……。
フニョン。
と、予想に反して柔らかい何かに受け止められる。
「え、え?」
想定外も良いところの感触に、半分パニックになりながらも、顔を上げた先には浅黒い肌の少女の顔。
分かりにくい色合いの肌色ではあるが、その頬が赤く染まっているのは分かる……。
男子高校生が、年頃の女性の胸に飛び込んでいる非常に問題になる絵面だと気付いた航平は慌てて飛び退こうとして、
『あれ? 此処は男湯じゃ?』
と疑問を浮かべる。
まあ場所がどこであれ、裸の男女が抱き合っていれば責められるのは男の役割だろうが、
「航平様、よろしければお背中お流しいたしましょうか?」
責める配役の少女は、航平にニッコリと微笑んでくるのみであった。
「え? あれ?
君?」
「……申し遅れました。
私、猿橋優那と申します。
以後お見知りおきを」
想定外のリアクションに、更なる混乱を起こす航平に対して航平を立たせて、静かに正座をした少女が深々と頭を下げる。
先ほどの桃花のように……。
「……猿橋?」
そんな姿にドギマギしつつも、最近聞いたばかりの名字に首を傾げ、
「はい。
江手野勇太郎の身内ですわ」
「!
桃花さんに邪魔されたお嬢様!」
相手の解説によって、誰かを理解した航平。
それは更に面倒となりそうな名前であった。
「はい。
あれは、自分を称賛しているようで恥ずかしい紹介でありましたが、航平様に覚えていただいていたのでしたら、あれも無駄ではありませんでしたね」
照れ臭そうに、笑う少女に急速に好感を持ち、彼女がどういうわけか昼間の勇太郎少年と同一人物であると悟る航平。
あまりの情報量に、
「ごめん!
直ぐに出ていく!」
と言って、出口へ向かおうとする。
これは逃げじゃない戦略的撤退だと心中で、言い聞かせながら……。
しかし、
「お待ちください。
今、入ってこられた航平様に、直ぐに出て行かれますと私が疑われます。
助けると思って弁明のお時間をいただけませんでしょうか?」
と、右手を掴まれて逃亡を阻止される。
『手、スベスベ。
……違うって、恋人でもない裸の男女が風呂場で話すのなんて!
けど、女の子が助けてほしいと引き留めていて!
そうだよね!
此処で、立ち止まって話を聞くことが、人助けだって。
これは緊急事態の人命救助!
心臓マッサージとか、……おっぱい大きいよね?
違う! 人工呼吸はキスじゃ……。
可愛い顔……』
逃亡を阻止された挙げ句、人助けと言う免罪符まで与えられた航平。
混乱しつつも、初対面なはずの少女に釣られつつあるのは、男子高生の
そんな2人へ近くのシャワーから勢い良く冷水が降り注ぐ!
「キャァ!」
「ノアァァ!」
ザブッ!
ザブンッ!
強烈な文字通りの冷や水を浴びせられた2人。
幾ら夏場とは言え、急に冷水を浴びては冷静では居られずに、慌てて湯船に飛び込んだ。
「まったく!
これで少しはまともに話せるかしら!」
湯船で人心地付いた2人が、シャワーの出所を見れば、黒い長髪の少女が呆れた表情で立っていた。
「え? え?
妹様? いえ、羽黒姉妹?
違う! え?」
「ステラ!
お前の仕業か!」
混乱しつつも、その少女の航平に良く似た面影と見掛けの年齢から、最初航平の妹を連想し、八神家の家族構成から否定。
ついで、航平の従妹に当たる少女達を思い浮かべたが、そちらとは記憶にある顔と異なる。
そんな感じで混乱中の優那への回答は、航平によってもたらされた。
「まったく!
マザコンのくせに、少し美女に優しくされただけで、デレデレするなんてワタクシ様のモノとして失格なのだわ!
少し頭を冷やしなさい!」
「いきなり酷いだろ!」
遠回しに冷水シャワーを肯定しつつ、マウントを取っているステラに、それに気付かないで普通の抗議をする航平。
「……航平様の使い魔と言った所でしょうか。
使い魔が主をモノ扱いするのは問題では?」
「あらぁぁ? そう聞こえた?
ごめんなさいねぇぇ!
ワタクシ様は航平の所有物で、航平はワタクシ様の所有物って意味だけど、処女の小娘には難しい言い回しだったかしらぁぁ?!」
航平とのやり取りを見て、相手の正体を察した優那が静かに抗議をすれば、ステラは空中を滑るように優那の前までやってきて、まるでチンピラのように絡み出すが、
「品がないと言っているだけです。
それとも、初対面の相手に必死にマウントを取らないといけないくらい脆弱な結び付きなのかしら?」
「そんなわけないでしょうが!
航平! ワタクシ様は用事があるから、離れるけど、少し胸があるからって、そんな女にデレデレするんじゃないわよ!」
顔色を変えることもなく、冷静に返す優那の指摘に捨て台詞を残して去る。
実際、今日契約したばかりの弱々しい絆である。
下手に弄られて、今の優位性を失うわけにいかないので、若い男女を裸で放置する状況も見過ごしたくないが、苦肉の策であった。
「困りましたね……」
「……はい」
しかし、勢いを削ぐ効果はあったらしく、風呂の中で互いに距離を取りつつ、背中を向けることとなった航平と優那は、互いにぼそぼそと話すことになりそうであった。
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