第32話 北嶽桃花と愉快な仲間達

「さて、江手野。

 あなたには色々と聞きたいことがあるの。

 正直に答えなさい」


 航平が色々とショックを受けて、自室に閉じ籠った夕食後の一時。

 家主に断ることもなくリビングを占拠した桃花は、妹分2人を江手野少年の両脇に配し、自身は正面を塞いで、勇太郎を壁際に追い詰める。

 最も、追い詰められているはずの少年は、涼しい顔で欠片程度の焦りもみせていないのだが。


「ええ。

 何から答えましょうか?」

「……まず、あの名前は何?

 いつからあなたは私の弟になったのよ!」


 怒りを身に纏った主筋の人間相手にも、平然とした勇太郎に最優先で聞くべきことを問い質す桃花。

 家柄を軽視すると言うのは、未だにお見合いやある種の政略結婚が続く、霊能力者業界では尋常の判断でないのだが、


「しょうがないでしょう?

 一般社会に溶け込む必要があるのに、従者連れのお嬢様で行く気ですか?

 双子の弟って立ち位置なら、多少顎で使っても不思議ではないと思いませんか?」

「……確かに。

 けど、一般人の中でもそれが普通なの?

 霊能力者達は母系を重視しているけど……」


 箱入り娘の中の箱入り娘である桃花よりも、一般社会へ馴染みがあるはずの少年の言い分。

 これに分の悪さを感じて、直ぐ様話題を逸らす桃花。


「まあ、霊能力のように母系を重視していると言うよりは、成長の早い女子が男子に対して優位と言うだけですね。

 けれど、受け入れられやすい土壌はあります」

「……そう。

 ならそれで納得してあげるわ。

 じゃあ次よ」

「次?」


 名前のこと以外に問い質される謂れがあっただろうか? と首を傾げる勇太郎。

 それ以外に主人の機嫌を損なう覚えはない。

 だが、


「航平様を我が家にご招待するのを邪魔した件よ」

「……敢えて言わせてもらいますが、阿呆ですか?

 リンカート社の駐車場で誘拐紛いの真似して、本気で他の家が黙っているとでも?」


 斜め上を行く桃花の言い分に、心底勘弁してほしいと思う勇太郎である。

 複数の他家と全面戦争とか誰得だと呆れ返ったが、


「何言ってるの?

 航平様を御両親から託されて、唇を交わしたのよ?

 そのまま、結納してしまえば問題なかったわ」

「問題大有りや!

 仮にも羽黒のお膝元やで!

 北嶽本家に辿り着くまでに妨害されて終わるわ!」


 居直り強盗染みた言い分で一蹴される。

 勇太郎の脳裏では、高速道路でカーチェイスをする自分達と羽黒一派の映像がありありと浮かぶ。

 しかし、


「所詮は鴉でしょ?

 うちは多くの鬼を従える北嶽よ?」


 と傲慢さをみせて嗤う桃花。

 神鳥八咫烏と一目置かれる家を嘲笑う様は、鬼の頭領に相応しい自信に満ちていたが、


「大した自信ですね!

 八神真幸様が怒って、飛んできても同じこと言えるんですか?」

「バカね!

 真幸様は羽黒家を出て八神家に入ったのよ?

 出てくるとは……。

 ……出てこないわよね?」

「「?」」


 江手野少年の返しに不安を覚えた桃花は、狗神家の双子に同意を求めて、首を傾げられた。


「双子の歳を考えれば、大新年会にも未参加でしょうし、八神真幸様に会う機会もなかったのでは?」

「そ、そうね。

 良い? 真幸様には手を出したらダメよ?

 航平様のお母様であることもそうだけど……」


 幸い、まだ初対面を交わしていないと思われた双子へ、真剣な表情で忠告をする桃花。

 しかし、


「出さないと思いますよ?

 下手に対峙したら、腰が抜けるだけですって。

 まあ、息子を誘拐したなんて聞いたら、血相を変えて飛んでくるとは思いますけど……」

「あ……」


 真幸を知るもう一人の人物は、呑気なままに桃花へのダイレクトアタックを放つ。

 それを聞いて、すっかり血の気が引いた桃花。


「あの、そんなに真幸様と言うのは恐ろしい方なのですか?」

「怖いよ。

 いつぞやの新年会で酔った長老連中を全員叩き出した。

 幾ら、素面でないと言っても、各家で長老格まで生き延びた実力者達をね。

 その中には北嶽先代の桃子様も含まれる。

 未だに桃花お嬢様が手も足も出ないあの御先代がね」

「「……」」


 小梅の問いに、未だ絶句中の桃花に代わって、真幸の実力を答えた勇太郎。

 その実情に、桃花の絶句が移ったように固まる双子。


「まあ、今回は不問にしてあげるわ!

 その替わり、誰かに何か訊かれても、私達は航平様のご意志を尊重したと言うのよ!

 良いわね?!」

「ええ。

 了解です」


 再起動した桃花の命令に素直に頷く勇太郎。

 その反応に気を良くした桃花であったが、一瞬表情を曇らせて、直ぐに戻す。


「ふん。

 …………航平様はまだお休み中よね?

 先にお風呂を頂きますから、小梅と美桜は供をしなさい!」

「……えらく急ですね。

 航平様に一言断ってからの方が良いのでは?」


 加えて、急に風呂へ行くと言い出す。

 初めて来た家で家主を放置は不味いと苦言を伝える勇太郎だが、


「良いからお風呂へ行くわ!

 勇太郎はもし航平様がみえたらその事を説明しておきなさい!」

「そんな無茶苦茶な……」

「!

 良いから言う通りにしなさい!

 これ以上、お嬢様に恥を掻かせる気!」


 無茶振りに嘆く勇太郎に対して、何かに気付いた顔の小梅が怒鳴る。


「恥?」

「!

 お姉ちゃん!

 ……そうだね!」


 未だに要領を得ない勇太郎と違い、その鋭い嗅覚で姉に続いて、主の危機を察した妹が頷き、


「江手野も桃花お嬢様が、航平様にお漏らししたなんて思われたら困るでしょうが!」


 と、桃花と小梅の隠し事を白日に晒してしまう。


「え? え?」

「ちょっとだけよ!

 ビクッとして直ぐに安堵してそれだけだから!

 本当にそれだけだから!」

「「待ってください! お嬢様!」」


 主君筋の姫君の思わぬ失態に、思考停止気味の江手野少年を残して、桃花とその取り巻きはお風呂へ向かって逃げていくのだった……。

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