第27話 鬼神の姫君
「何しとんねん!」
リンカート本社にある地下駐車場。
そのエレベーターエントランスに響き渡るツッコミの声。
女にしては低めだが、男にしては高い中性的な声の主は、
「すんません。
うちのお嬢が……」
唐突な出来事の連続で目を白黒させている航平へと、ペコペコと頭を下げる。
そこにいたのは航平よりも背の低い身体に、スーツを纏った少年? だった。
「江手野、にわか従者の分際で
そんな少年に吹き飛ばされた少女が、ムスッとした表情で戻ってきて文句を言うが、
「うっさいわ!
こっちは北嶽の御当主様から、直々に命じられとるんや!
お嬢が暴走したら実力行使で止めて良いってな!
大体、夫婦って何や?!」
少年は口汚く反論する。
相当に怒り心頭と言う具合だ。
「江手野はお馬鹿?
八神の御当主様から、自身不在の間の家事手伝いをお願いされたのよ?
つまり、御子息を託された。
婚約者に選ばれたのだから夫婦でしょ?」
「発想がブッ飛んどるわ!
何処の世界に、家事手伝いを頼まれただけで、婚約したと考える奴がおんねん!
しかも婚約者と夫婦にも大分隔たりがあるで!」
「江手野……」
冷静そのものと言う顔で、とんでも理論を展開する主と、大激怒で常識を説く従者。
その従者の言葉が届いたかのように、神妙な表情を浮かべる少女だったが、
「そこは発想が八艘跳びしていると言うのが面白い」
「じゃかぁしい!!」
などと火に油を注ぐのだった。
『僕は何を見せられているんだろ……。
と言うか、この2人誰だよ。
せめて自己紹介くらいはしてほしいんだけど……』
突然現れた同世代の男女に、漫才を見せられている航平。
あまりの状況に現実逃避気味の航平だったが、その答えは思わぬ方向から返された。
「これはお前の仕業か!
エントランスの横側、階段から荒い息で現れた門松が、少女へ強い口調で問い質したのだ。
彼の両手には、小柄な少女が1人づつ。
どうやら、双子と思わしき少女2人を捕まえたまま階段を降ってきたらしい。
「コウメ、ミオ。
狗神家の人間が2人がかりで狐に負けたの?
……情けない」
「「桃花様、申し訳ありません……」」
門松の問い掛けに答えることもなく、その両手に捕まった少女達へ、呆れを含んだ文句を述べる北嶽桃花と呼ばれた少女。
それに謝罪する少女達を見れば、騒動の主犯は確定的だろう。
「何でこないなことをした?」
「妻が夫を迎えに来るのに理由?」
「はぁ?!」
犯人を断定した門松が問い質すが、その犯人の自供に首を傾げる羽目になる。
そんな2人の状況をみかねた少年は、
「すみません、うちのお嬢は八神の御当主様からお願いされた家事手伝いを婚約だと、思い込んだようでして……」
「君は?」
「失礼しました。
自分は
本家のお嬢様に代わって、宗家のお嬢様のお手伝いに……」
と説明と自己紹介を行う。
「色々と言いたいことはあるが……。
まず、何で分家の分家からなんや?
仮にも北嶽宗家のお嬢様の付き人やろ?」
「家事手伝いに呼ばれたのに、家事手伝いが出来る人間が1人もいないんじゃ、話にならない。
……と言うのは多分建前ですね。
うちのお嬢様が来るのは、色々と不都合だったんだと思いますよ。
……桃花様にとって」
門松の質問にそう答えて、自身が仕えるお嬢様の胸元に視線を送る江手野少年。
女性らしい膨らみの見当たらないと、言外に伝えていた。
「いつ、私が
次に変なこと言ったら殺すわよ!」
その意図を正確に理解した北嶽のお嬢様は、これまでの物静かな態度をかなぐり捨てて、従者の少年へ反発する。
「……ああ。
つまりはうちの会長が原因なわけやな。
変な煽り方をしおってからに……」
その態度に、状況理解した門松は、上司の相変わらずの問題児っぷりに額を抑える。
だが、
「まあしゃあない。
ひとまず、いっぺん状況を整理するために移動するで。
こないな所で、これ以上騒ぐんは北嶽としても不都合やろ?」
唯一の大人として、責任感を発揮する。
リンカート本社には、羽黒家の関係者が多く在籍する。
彼らの目につけば、この変な出会いが家同士の抗争になりかねないのだから、仕切り直しは必定だったが、
「嫌よ。
何で夫以外の男の言うことを聞かないといけないわけ」
そんな些細なことは気にも掛けないのが、脳筋一族のお嬢様であった。
「アホか!
そないな下らん意地を張って騒ぎを大きくするなや!」
「意地じゃないわ。
貞淑を疑われる真似はしないと言う常識よ」
当然、臨時の現場責任者となった門松が怒る。
しかし、斜め上の理論で拒絶を繰り返す北嶽桃花。
「誰が疑うねん!
良いから車に乗れや!
そんな意味不明な理論で羽黒家と戦争する気か?」
「矜持を貫いて死ぬのなら本望……ムギュ!」
武人のような台詞と共に薄い胸を張る桃花であったが、
「はいはい。
良いから乗りますよ。
本当にすみません。
うちのお嬢が……」
「「すみません! すみません!」」
いつの間にか背後に回り込んでいた江手野少年が口を塞ぎ、双子がそれぞれ左右を持ち上げて担ぎ上げた。
口々に謝罪をしている辺り、彼らの間にある主従の絆は意外と脆そうである。
「……まあええ。
こっちや、付いてきい」
そんな状況にため息を吐いた門松は自身の車に向けて案内を開始するのであった。
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