第28話 お伽噺の主人公

 軽自動車派の斗真と異なり、大型のワンボックスカーを運転する門松によって連れていかれた先は、リンカート本社から東にある山裾の豪邸であった。

 航平が通う高校から数分歩いた所にある建物で、その豪邸っぷりから、どんな大金持ちが住んでいるのかと学校でも時折話題に出る物件。

 リンカート本社社長ともなればある意味納得の豪邸だが、そこのリビングに通された航平は、違和感に気付く。

 ……生活感がないことに。


「さて、まずは自己紹介からやな。

 わいは、北嶽の嬢ちゃんも航平君も知っとるが、2人はお互い初顔合わせやろ。

 そんなワイにしても、そちらの嬢ちゃん達は知らんしな」


 深々とソファーに座り込み、途中の自販機で買ったコーヒーを口に付けた門松が、仕切りを始める。


「……そうですね。

 まずは私から。

 私の名前は北嶽桃花と申します。

 一般には、足柄山の金時を祖とする一族と名乗っております。

 ふつつか者ではございますが、末長くご寵愛を賜りたく存じます」


 門松の言葉を受けて、ソファーを立った北嶽桃花は、正座に三つ指付いて深々と頭を下げる。

 駐車場での出来事が嘘のような楚々とした態度であった。


「ふ、ふつつか者って……。

 いや、足柄山の金時?」

「日本昔話の金太郎のことや」


 その態度に戸惑いながらも、聞いたことのあるようなないような微妙な名前に首を傾げる航平。

 そこへアシストを入れたのが門松である。


「ああ!

 坂田金時!」

「はい。

 ですが、そちらはあくまでも一般向けの名乗り。

 正しくは足柄山の鬼姫を祖としている一族でございます」

「足柄山の鬼姫?」

「坂田金時は山姥。

 所謂、女の鬼と竜神の間の子と言う話や」


 非常に有名なお伽噺の主人公に納得した航平であったが、続く桃花の言葉に改めて首を傾げる羽目になった。

 そこを更にフォローするのが門松社長。

 出来る男である。


「さすがは目端が利く狐と、八神様が重宝する方ですね。

 まあ、竜の力を顕した者はおりませんので、竜神の子と言うのは眉唾でございますが……」

「へ、へぇ……」


『金太郎の子孫にしろ、鬼とか竜の末裔って凄い! と思ったけど、母さんの家系もそれに負けないくらい意味不明な血筋だった……。

 ……コメントしづらいな』


 生返事になりつつ、やや混乱気味の航平。

 つい昨日まで一般人だった身には、情報過多も良いところである。

 だが、


「はい! はーい!

 狗神小梅です!

 小学生の頃から桃花お嬢様の付き人を勤めています!」

「同じく双子の妹で、狗神美桜です!

 よろしくお願いします! 旦那様!」

「あ、うん、よろしく……?」


 待ての苦手な仔犬達が、手を挙げて立ち上がり、名乗りを上げる。

 航平へ名乗る狗神姉妹の視線が、一瞬江手野少年へ向けられた所を見るに付き人同士でも思うところがあるらしかった。


「すみません……。

 猿橋優那様の代わりに、分家から来ました江手野勇太郎と申します。

 本当にこんなお嬢様達で、すみません!」


 その江手野少年が申し訳なさそうに謝罪をして、4人組の紹介が終わる。

 美少女3人と少年1人の組み合わせなのに、航平の好感度が最も高いのが少年の時点で、問題のあるメンツだ。


「ええっと……。

 一応よろしく……。

 けど、金太郎の子孫なのに、桃犬猿って桃太郎みたいだよね。

 雉の名字の人もいたりして……」

「残念やな。

 雉ヶ宮家きじがみやっちゅう家があるが、その家は北嶽派閥やない。

 むしろ、羽黒家の分家筋や。

 まあ、桃太郎っちゅうのは正解やで」

「……」


 和ませようとした軽口が正鵠を射っていて、沈黙するしかない航平。


「……順に説明するとな?

 足柄山の鬼姫の子供として産まれた坂田金時、正確には黄金の方やなくておおやけの方の字が正しいけどそれは置いとくとして……。

 その坂田金時は平安時代に上京して、源頼光の配下となり近畿一帯の鬼の棟梁である酒呑童子退治で活躍した。

 その際の褒美として、愛宕山方面に隠れ里を築く許可をもらった。

 その後も源氏を介して帝に従う鬼として、朝廷に従っとったらしい」


 同族が追い討ち掛けられるんは偲びなかったんやろな、と話す門松に、若干誇らしげな顔で頷く桃花。


「そんで室町時代頃の話になるんやけど、鬼が大連合を組んで朝廷を脅かした。

 それに対抗させるために、朝廷は最初室町幕府に討伐を命じたようやがな……。

 失敗したんか、要請そのものを無視したんかは分からんが、武士による鬼討伐戦は為されんかった。

 加えて、羽黒家のような直臣の霊能力者家系は、南北朝時代の影響で、朝廷と距離を取っとったもんやから、時の帝は大いに困り果てたと聞くで。

 そんな時に鬼討伐に名乗りを上げたのが、北嶽一族を中心に集まった民間霊能力者達。

 ……当時は陰陽師だの修験者だのと名乗っ取ったらしいがな」


 そこまで話して再び缶コーヒーに口を付ける門松。

 喉を潤して、


「特に同族連合への参加を蹴って、朝廷側に付いた北嶽には帝も大いに喜び、イザナギノミコトとオオカムツビノミコトの逸話にあやかり、"桃"の一字を授けたっちゅう話や」

「オオカムツビノミコト?」


 日本神話の父祖であるイザナギはともかく、オオカムツビと言うのには聞き覚えがない航平。

 普通の高校生なら普通だろうが、


「ああ。

 知らんか……。

 イザナギノミコトが亡くなったイザナミノミコトに会いに行く話は知っとるか?」

「聞いたことある。

 支度が整うまで見るなと言われたのに、見ちゃってイザナミが大激怒。

 イザナギは大慌てで現世に逃げ帰ったって話だよね?」


 自分達との知識差に頭を掻く門松。

 まあ、その系統の大学を出ているのに、同レベルの会長よりはマシだと思い直したが……。


「それや。

 逃げる途中にイザナギノミコトは、黄泉の軍団に3つの桃を投げ付けた。

 すると桃を投げ付けられた黄泉の者達は、一目散に逃げ出したっちゅう話や。

 つまり、桃が命の恩人なわけやな。

 それに感謝したイザナギノミコトは桃に、オオカムツビノミコトと言う名を与えて、神へと昇華させたんや」

「へぇ……」


 素直に感心する航平。

 斜に構える斗真との違いに、航平への好感度を上げる門松であった。


「まあ、そんなわけで、北嶽桃太郎の誕生や。

 以来、北嶽の直系は桃の一字を名に入れるんが、伝統や。

 ……そうやな?」


 そこで、北嶽の令嬢へ話を振る門松。

 その意図を……。


「はい。

 加えさせてもらいますと、帝は当時の先祖に3つの桃にちなんで、寄子となる家を3つ付けました。

 新参霊能力者家系だった狗神家に、大陸からの亡命移民のトップだった猿橋家。

 そして、羽黒家の分家筋に当たる雉ヶ宮家です。

 ……まあ、鬼退治の監視役だったようで、雉ヶ宮は鬼退治の後、直ぐに寄子を外れたと聞きました」


 理解して、部外者には言いづらい内容をあっさりと答える桃花。

 第三者が下手に直球で言えば、北嶽一族への侮辱になりかねないのに、実に平然としていた。


「……さて、次は航平君の番なわけやが」


 そこに触れるような真似はせずに、話題を変えていく門松。

 実に優秀な進行役であった……。

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