第26話 急な一人暮らし
「なんだよ。これ……」
夕陽に瞼を刺激された航平が起きると、そこは今日の昼間初めて入った父親の仕事場。
VR業界最大手グループの会長室と言うには質素すぎる部屋ではあるが……。
しかし、航平の疑問は自分が寝ていた部屋に対するものではない。
起き上がった拍子にヒラヒラと落ちた紙。
そこに書かれた内容への疑問である。
『航平へ
僕とママは急な出張で、これからしばらく家を空けます。
分からないことがあれば、門松さん達に相談してください。
家事については、お手伝いさんを手配するつもりですので、心配しないでください』
と、書かれた手形。
昏倒した息子への気遣いが一切ない辺りに、駄目親臭を漂わせたそれを見て、呆れ果てた声を上げるので精一杯であった。
「ああ……。
ひとまず、ここに書かれている門松とやらは顔見知りよね?
相談に行きましょ?」
航平の肩で、同じ手紙を覗き込んでいたスターも、憐れむような声で航平を促す辺りが、更に惨めさを深める。
「うん。
下の社長室へ……」
……コンコン。
と言おうとした所で、控えめなノックの音が響く。
「おはよう。航平君。
体調はどや?」
「門松さん?」
主なき会長室を訪ねる人間が? と首を傾げそうになった航平だが、気遣わしげに入室してきたのが、リンカート社長の門松と分かりホッとする。
同時に、自身が目覚めたタイミングで? との疑問も……。
「……ああ。
一応、この部屋には防護用の呪術が仕掛けられてる。
……っちゅう建前で、斗真っちを見張るための術が施されとる。
それに反応があったから来たんや。
夕飯がてら、送ったるさかいに一緒に行こうや」
疑問を浮かべた顔を悟られた航平だが、父親と門松社長との関係に口を出す気もないので、
「えっと……。
お願いします」
と、頼むに留めた。
このリンカート本社ビルから自宅までは、1駅程度の距離的。
十分、1人で帰れる範囲だが喋る鼠を連れて電車に乗る度胸がなかった。
「よし!
じゃあ、駐車場で待っててや。
荷物取ってくるわ」
そんな航平の葛藤も知らずに、エレベーターへ向かい歩き出す門松を慌てて追いかける航平。
「そや、航平君。
そのネズミやけどな。
多少、捩った渾名を付けとき。
いざっちゅう時に、誰かに操られんようにしといた方がええ」
「そうね。
ワタクシ様はステラと名乗りたいわ。
今後はステラって呼ぶのよ?」
エレベーターに乗り込むタイミングで、忠告する門松と、それを聞いて勝手に自分の呼び名を決めるスター。
主を敬う気のない使い魔である。
「ちょ!」
「うん。
ワイもそう呼ぶわ」
当然、抗議しようとした航平だが、門松にまで認められては反発もしにくい。
「……分かった。
けど、名前が大事とかラノベ染みた話だよね」
「……。
……別段、真名とかそう言うんやない。
ただ、このステラと航平君の間にある契約は、斗真っちのもんや。
変な不具合があっても不思議やない。
やから、第三者が不用意に干渉せんように渾名を被せるだけや」
「……」
まさかのラノベ的展開ではなく、父の信用問題に黙り込むしかない航平。
「いや、航平君の前であんま変なことは言いたかないけどな。
斗真っちは本当に何でも出来る。
冗談抜きで新世界創造とかしても、ワイは驚かん。
やからなんやけどな、ぶっちゃけ脇が甘い。
いざとなったら、どうにでも舞台をひっくり返せるから、他人の悪意や害意に頓着せん。
しかも、周囲にも同じように考えとる節がある。
ホンマに気を付けるんやで!」
気心の知れたはずの相手にも信用されていない辺りに、問題のある父親。
だが、父の駄目さを指摘されても答えようのないのが息子の辛いところである。
「じゃあ、準備してくるから」
散々、航平の不安を煽った門松が降りて行くと、駐車場へ向かうエレベーターには、航平とスター改めステラと名乗るネズミのみ。
「……」
「まああれは相当高位の神だから、しょうがないわ。
神と言うのは傲慢で自分勝手なものなのよ」
気まずさから慰めの言葉を掛けるステラ。
航平自身は、昨日から乱高下する父親の評価に戸惑っているだけなのだが……。
「いや、大丈夫……」
……チン。
だから、と言おうとした所で、エレベーターの扉が開き、白く細い腕が航平を掴む。
「え?」
突然の奇襲に困惑の……、
「ええ!! ……むぐ!」
次いで驚愕の声を上げようとした航平だが、口を塞がれる。
同い年くらいの少女の唇で……。
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