第24話 失恋の裏側を探る

「僕のことは良いじゃないですか。

 指定の大学を卒業することが、この会社を興すための条件だっただけで、特段、妖怪に興味があったわけじゃないんですから。

 そもそも……。

 ……あれ?」

「どないしたんや?」


 部下兼友人への反論中に、急に考え込む斗真。

 その様子に不審を覚えた門松が訊ねるが、


「……」

「本当にどうしたんです?」


 それに応えることもなく、沈黙を続ける。

 雅文も気になったように聞き出そうとするが、


「……雅文。

 あの"ババア"は、急に家族を召集したと言ったな?

 慌てた様子は?

 或いは事前に予兆のような態度は?」

「いえ、特には……」


 冷徹とも取れる冷たい声が返ってきて、しどろもどろとなる。


「……考えすぎか?

 いや、あれは海千山千の羽黒家当主。

 その程度の服芸もお手の物だろうが……」

「な、なんや、羽黒当主に思うところでもあるんかい?」


 物騒な言葉を呟く斗真にやや及び腰となる門松。

 異世界の神の力を持つ後輩上司と、日本最高位の霊能力者な出資者の暗闘など関わりたくもない。

 余所でやってほしいと思いつつも、どちらとも近しい関係なだけに難しいかと巻き込まれる可能性を考えての物。


「少し昨日のことに疑問が出ました。

 リンカートは一般人の公募をしていない会社です。

 そんな会社に勤める予定の人間が、我が家と要扇の間に割り込もうとします?」

「「……」」


 考えがまとまったらしい斗真の問い掛けに互いに顔を見合わせる社長と部長。


「……ないな。

 うちの会社に入る以上は、霊能力者かそれに準ずる奴っちゃ。

 要扇が和装品店の大手と言う看板だけしか知らんとかあり得んわ」

「加えて、業界人で八神家の存在を知らずにっと言うのも微妙ですね……」


 斗真の指摘する矛盾を理解した2人は、


「つまり、八神家と要扇がくっつくのを阻止したい人間によるハニートラップっちゅうわけやな」

「航平君と恋仲になろうとすれば、少なからず横やりが入るでしょうけど、要扇の娘の方にくっつくなら、誰も邪魔しないでしょうね……」


 と同じ見解を示す。

 同時に、


「そんで、1番ハニトラ要員を準備しそうなんが、羽黒本家っちゅうわけやな。

 正直、今の要扇と縁を結ぶ価値はないし、あの御当主様ならやりそうや!」

「今の要扇?」


 手を叩いて理解を示す門松に、疑問符を投げる斗真。

 霊能力業界と距離を置く斗真には、この十数年の間にそんな劇的な変化があったとは思えないのだ。


「そうや。

 要扇はな、簡単に言うなら武器商人や。

 霊能力者が妖魔と戦うための武器や防具を提供する家柄の名家やった」

「やった?」


 繰り返される過去形の言葉。


「そや、先代までは自分等が命を預けるに足る武具を用意してくれたもんやで。

 ……この桃源狐月とうげんこげつも先代要扇の作や」


 そう言いつつ、胸ポケットから取り出した扇には黒塗りの生地に、3つの月と桃の木が描かれ、中央では3匹の狐が遊んでいる。

 それが大学時代から門松が持ち歩いてる愛用の扇だと知る斗真に、


「凄いやろ?

 妖鉄仕込みの骨組みに、我が家の象徴となる狐を筆頭とした破邪と幻惑の要素を持つ、3つのメタファーを描き込む。

 しかも、絵の裏には九字まで仕込んでもらった逸品や」


 と大いに自慢する門松。

 実際、


「確かに、結構な力を感じますね……。

 今そこで寝ている鉄鼠と同等レベルと言う具合ですか?」

「やろやろ!

 無論、それに見合う値はしたけどな!」


 と素直な感想を述べる斗真。


「……でしょうね。

 それで、そんな良い品を造る先代に対して、現当主は無能と言うことですか?」

「生憎、それ以下や。

 オーダーメイドした奴に表の商品を流しよった。

 まず間違いなく、あいつは要扇の本業を継承しとらんで……」


 苦い顔の門松を見ながら、思い浮かべるのは嫌な笑い顔が目につく息子の幼馴染みの父親。

 誠実な職人ではなく、強欲な商人にしか見えない。


「確かにそんな感じですね」

「実際、要扇の秘技は妾腹の娘が継承しとったんやと思うが、先代の葬儀から行方不明や。

 ワイは先代の夫人が色々動いたんやないかと睨んどる」

「御家騒動ですか?

 今時、そんなことあるんですね……」


 当主と本来の継承者を排除して、どら息子に跡を継がせる老婆を想像する斗真に、


「結局、要扇は商人やっちゅうことやな。

 そんでワイらも要扇の御家騒動を気にも掛けとらんかった」

「霊能力者ではないですし、御家騒動と言っても本来の跡取りが家を継ぐわけですからね。

 ……先代がヒ素中毒で死んだと聞いた時に疑うべきでした」

「おい!」


 門松に続いて、雅文から語られる先代当主の死。

 それは前半はともかく、後半は斗真から見ても納得できないものであった。


「いやいや、要扇の家じゃ良くあることやねん。

 妖魔の残骸と砂鉄を鋳造して、素材を用意するんやで?

 優秀な職人ほど早死にするし、やから内々に複数の伴侶を用意して、頭数を増やすちゅう噂や」

「…………いつか破綻する状況だったのが、たまたま今回だったと言うことですか。

 他の家が後押しした疑いもありますが……」


 門外不出の職人技に支えられた家。

 しかし、それは命を削るものでもあった。

 ならば、その職人が尊敬を失えば、すぐに瓦解するのも必然。

 近年の家長権威の失落もあるし……。

 後は誰かの手引きがあったかどうかくらいだが……。


「……よし!

 要扇とは関わらない!

 念のため、うちに入る予定の社員について、身元の洗い直しだけお願いします!」

「やな!」

「ですね!」


 ぶっちゃけ、これから関わる必要のない余所様の家を、あれこれ検索するのもリソースの無駄だと割り切る斗真。

 下手に藪をつつくのも嫌だった門松と、雅文も素直に同意する。

 これによりリンカート社から、要扇家への攻撃の芽は消える。

 当然、手助けする可能性も……。

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