第23話 十二支
「さて、先の斗真っちの質問やな。
これは妖魔が何かにも関わるんやけど、そっちは後日っちゅうことで、ネズミと鉄のメタファーについて話すで?」
「メタファー。
比喩や暗喩ですね?」
門松の前置きに確認を取る斗真。
妖魔と対する時に、非常に重要な要素ではあるが、一般人上がりで妖魔退治に関わるでもない斗真には、いまいち馴染みがない言葉なのだ。
「特に概念的メタファーっちゅうやっちゃ。
先の雅やんの言葉を覚えとるか?」
「ネズミが、戦争と疫病の象徴って奴ですね?」
「そうや。
厳密にはちょっとちゃうんやが、それがネズミと言う動物の持つメタファー。
同じく鉄にも戦争のメタファーとしての性質がある」
「まあ、戦争で最も必要とされる資源が鉄ですしね」
門松の説明に納得で返す斗真。
「うむ、でやな。
同じようなメタファーは親和性が強い。
故にいくつかの要素がくっついて1つんなるのはようあるこっちゃ。
特に鉄とネズミはな。
古代においてネズミは穀物庫を荒らして、飢餓を起こし、疫病をもたらす人の集落には恐ろしい敵やった。
……十二支筆頭になるくらいにな」
「十二支って……」
いきなり仏教的な言葉が出てきたと呆れ気味の斗真だが、
「いやいや、十二支っちゅうんは元はインド周辺で最も恐れられていた物や有り難い物をまとめたメタファーの集合体やで?。
まず、先から話題のネズミ。
これは飢餓や疫病をもたらして戦争を巻き起こす最悪の脅威や」
「飢餓はともかく、疫病で戦争が起こるんですか?
そんな時に争ってる余裕はないでしょ?」
食料不足なら戦争で奪うと言うのは、古今東西良くある話だが、疫病が流行った時に争うだろうか? と疑問を持つ斗真。
「争うで。
特に熾烈にな。
疫病が流行っとる時っちゅうんは、人が減ってる時や。
つまり、集落の生産力が落ちとる時」
「奴隷ですか……」
門松の説明は、斗真にとってはある意味で馴染み深い。
人権と言う言葉もない異世界では、戦争で落ちた生産性を確保するために、更に戦争をすることさえあった。
勇者として利用された斗真も当事者の1人として、そういう戦場を経験したことがある。
「そうやな。
古代では、特に男を確保するために戦争することが多かったようやで」
「狩猟時代の男は、大事な消耗品扱いでしょうしね……。
異世界でも同じような感じでした……」
これは男女の役割の差だろう。
農業のウエイトが低い集団においては、狩りの能力に優れた男の方が価値が高い。
例えば、兎1羽に匹敵する食料を木の実集めで得ようとすれば半日以上の時間が掛かる。
だが、同時に狩りなどでの死傷率の高さもあって、実は男不足の時代の方が歴史的には長い。
「漫画にあるような男を殺して、女子供を拐うってのは、無茶苦茶余裕がある集団じゃないと成立しないんですよね……。
そんでそんな余裕があるなら、リスクを犯して他の集落なんか襲わない」
異世界体験を思い出して、思わず遠い目になる斗真。
「……やわな。
実際、十二支の次が牛なんもそれやろうな。
基本的に十二支の奇数は危ない相手、偶数は有益な相手になっとる。
つまり、最重要な対象が牛やったんや」
「飼い慣らしやすい労働力ですね」
「そうや。
無論、死んだら食料にもしたやろうが、基本的には従順な労働力として重視しとった節がある」
「ヒンドゥー教だと神聖な動物として弔いますもんね」
十二支の大本が、インド周辺と言う言葉から連想する斗真。
同時に、
「あれ?
奇数は危険って、おかしくないですか?
子丑寅卯辰巳馬未……だと、兎はともかく蛇が益獣で、馬が害獣ですよ?」
と疑問を投げる。
馬が害獣と言うのは聞いたことがないので……。
「斗真っち、これはメタファーやと言うたやろ?
ネズミを食らう蛇は集落の守護者、対して馬は騎馬で略奪に来る遊牧民のメタファーや」
「なるほど……」
「ついでに言うとな。
虎は集落を襲う猛獣であると、同時に自分勝手に動く自己中。
兎は狩りで取る獲物であり、献身的に集落を支える社会性の高い人間のメタファーでもある。
基本的に奇数偶数は対や。
牛には病気を治す力があると言う信仰もあるやろ?」
「……そういえば、牛の置物を触って病気を治すと言うご利益を謳う寺とかありましたっけ」
記憶の片隅から、情報を引っ張ってくる斗真。
「そんな具合やな。
対で言うとな。
竜は天災で、蛇は門番。
馬は略奪者で、羊は行商人のメタファーとしての側面もある」
「じゃあ残りも?」
「猿は詐欺師や半端に真似る者のメタファー、鳥は吉凶を報せる導き手。
犬は盲目に従う者で、猪は先陣を切る者の性質を持っとる」
「面白いですね。
巫女と偽巫女もそうですけど、犬が臆病な下僕で猪が勇敢に立ち向かう者ですか……」
今とは真逆な印象が面白いと笑う斗真だが、
「勘違いしいなや?
メタファーなんて凝った言い方やけど、所詮は比喩表現やからな。
見方は幾らでもあるもんや」
念のためにと、門松が注意を入れる。
下手な伝わり方をした挙げ句に航平が怪我でもしようものなら、羽黒家に粛清されかねない。
「そうですね。
例えば、ネズミは年に何度も子供を産み、その子供もすぐに成熟して子供を産むようになるでしょ?
つまり……」
「子孫繁栄のメタファーを持っていると言うわけか……」
更にそれを引き継ぐ雅文の言葉に、なるほどと頷く斗真だが、
「……一応、同じ大学出ているはずですよね。
この手の民俗学の知識は必須科目だったはずですけど……」
「まあ聞いちゃいなかったんやろ。
無理矢理押し込まれた大学っちゅう話やったし……」
先輩、同級生として、同じ大学を出た2人の部下には呆れた顔をされるのだった。
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