第22話 出歯亀親父ども

「あのネズミちゃんは思った以上に賢いねぇ」


 会長室の仮眠用ベッドにて、昏倒している航平とその使い魔の頭には、電気マッサージ機の電極のような物が取り付けられ、そこから伸びたコードがパソコンに繋がる。

 そのパソコンのディスプレイ内では、航平とその使い魔のやり取りが写し出され、彼らの言動を俯瞰的に眺めることが出来た。

 その様子を観ていた斗真が、愉快そうに笑いながら呟く。


「笑い事かいな。

 航平君との間にある契約が、9対1から6対4くらいにまで歪められたんやで?

 しかも相手は異世界産とは言え"鉄鼠"や」

「……確かに。

 鉄鼠は、ネズミと言う動物のイメージとは異なり、戦争と疫病の象徴ですし、危険性が高いのでは……」


 そんな斗真を掣肘する門松社長と羽黒部長。

 リンカート社の最中枢の3人組ではあるが、かと言って助けようとする素振りはない。


「あくまでも、主従の契約が前提ですよ。

 対等に近い態度をとって良いと許されているだけですね。

 大元の契約術式は僕が用意したんですよ?

 高々、中級妖魔クラスに書き換えれるわけないじゃないですか」

「……それもそか」

「まあ、斗真さんが言うことですしね……」


 同じ大学時代を過ごした10年来の友人である斗真の能力への信頼は厚い。

 しかし、


「ただ、寝首を掻くってのは不可能じゃないですけどね」

「「おい!!」」


 斗真の人を食った性格に、逆の意味での信頼も厚い。

 慌てて突っ込みを入れる2人へ、


「大丈夫ですって。

 寝首を掻くって言っても、航平を傷付けるとかそういう話じゃないんですよ。

 あのネズミちゃんの目的は、精々航平の恋人にでも収まるって処でしょう。

 そうなれば、航平を介して神格を得るのも難しくないでしょうし……」

「……そうか。

 ならまあ……」

「もっと困ります!」


 斗真の説明で安堵を浮かべる門松に対して、更に慌てる雅文。

 既に家柄等を気にする必要のない門松家と違い、名門羽黒一族に婿養子で入った雅文にとっては、直系男子である航平を引き込むのは、重要な仕事なのだ。

 妖魔と結ばれると言うのは、他の霊能力者家系に婿入りするほどではないが、許すわけにいかない状況である。


「雅やんは、やっぱりあの婆ちゃんから言い含められているの?」

「あの大婆様を婆ちゃん呼ばわり出来るのは、斗真さんくらいですよね。

 ……斗真さんから要扇が離れたって連絡が来た直後、家族一同呼び出されて、『落ち込んでる航平を慰めてやりなさいな』と申し付けられました」

「大変だねぇ。

 それで、航平の性癖を覗きに来たと……」


 霊能力者界隈の元締めのような相手も、斗真からみれば気の良い婆さんでしかないので、お気楽そのもので義弟をからかう。


「嫌な言い方はやめてください。

 あくまでも、私は航平君の様子が気になっただけです」

「またまたぁ。

 最初は仕事で忙しいって言っていたのに、あのネズミちゃんが人の姿に化けるなら、航平のイメージを利用するって聞いて気が変わったんだろ?

 それは印象に強く残る。或いは好みの女性になりやすいって推測のはずだ。

 違うかねぇ?」


 毅然とした態度でかわそうとする雅文だが、駄目神様が逃がさない。

 だが、


「そんくらいにしとき。

 甥っ子の心配をしとったでええんや」

「……。

 まあこのくらいにしとくかねぇ。

 けど、航平は思った以上にマザコンだったねぇ。

 雅やんとしては有り難い情報?」


 大学時代の先輩に窘められて、追及を止めたと見せ掛けつつ、再び突っつく質の悪いリンカート社の会長。

 実際、ディスプレイに映る鉄鼠の魔王は、パッと見で若い頃の真幸に瓜二つであった。

 しかし、


「本当にそうですね。

 うちの娘達も母親似ですから、有利かも知れませんよ?」


 雅文は自分の娘達が、航平を意識していると知っているだけにあっさりと流す。

 世間の父親達のように別段、慌てる内容ではないのだ。


「ふーん。

 そいえば、鉄鼠って何処にでもいるよな。

 何でだろ?」

「やっぱ斗真っちの飛ばされた世界にもいたんやな」


 斗真の独り言を拾った門松の問い。

 先輩の質問に、


「ええ。

 鉄鼠以外にも有名処の妖怪に良く似た連中は軒並み。

 僕の行っていた異世界にいたのは鉄の毛並みを持つグレイラットとその系統ですね」


 口調を正した斗真が返事をする。

 それを聞いて、思案顔を浮かべた門松ではあったが、


「ちゅーことは、やっぱり妖魔ちゅうのは……。

 なかなか面ろいことになりそうやな!

 ちょっと考えがまとまったら、新しいプロジェクトええか?」


 と訊ねる。

 そんな言葉を聞いて、拒否するような人間がこんなぶっ飛んだ会社で会長をやっているはずもなく……。


「一枚噛ませてくださいよ?」


 等と満面の笑顔で快諾をする。

 その様子に、どちらかと言えば一般人サイドの自認がある雅文だけがこっそりため息を付くのだった。

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