第21話 魔王?

 真っ暗な空間。

 その中心で不満そうな顔をした少女が腕を組んで立っていた。


「まったく! あの邪神ってば正気かしら?!」


 航平が見ていることに気付いた少女は、航平に詰め寄って文句を述べる。


「え?」

「ボケッとしないでよ! ただでさえ冴えない顔が情けなさ3割増しだわ!

 不本意この上ないけれど! 仮にもワタクシ様の主になったんだから、もっとしっかりするべきでしょ!」


 戸惑う航平へ、更に不満をぶちまけてくる少女。

 その口振りから、少女が先ほどのハムスターもどきだと思われたので、


「えっと、スター? だよね?

 ここは……」

「あんたの心理世界、いわゆる夢の中よ!

 ワタクシ様と契約した程度で気絶するなんて、惰弱過ぎ!」


 ……身の上を訊ねただけで、文句が返ってきた。

 だが、航平もその暴言を受け入れられるほど大人ではない。


「なんだよ!

 僕は昨日までただの一般人だったんだぞ!

 それがいきなりあんな目に遭ったら……」

「それでも惰弱過ぎなのよ!

 あんたの身体にはあの化け物の血が流れてるのよ!

 いくら三千魔族の王である、この黒金星姫くろがねぼしひめ様の妖力を受けたからって気絶するなんて!」


 しかし、当然の反論が返ってくる。

 あんたの父親は神様だろと言われると困るしかない航平。


「いや、父さんは父さんだから……。

 って言うか、さんぜんまぞく? くろがねぼしひめ?」

「黒金星姫!

 3000種族、30万人からなる魔族を率いる魔王の一人にして、金属と星の力を操る女王!

 ……だったのよ。

 あの邪神の手先が襲い掛かってくる迄は……」


 自身の出自を誇ったものの、最後は尻すぼみになるハムスターもどきの少女。

 気絶する前の父親からの話と統合すると、この少女は斗真が送り込んだ勇者に滅ぼされた種族の支配階級出身、と言う事だろうと予想が付く。

 勇者を得た勢力の敵対者達から視れば、勇者が邪神の手下と言うのも納得の話だ。


「そんで殺されたかと思ったら、あんたみたいな子供のお守りをさせられるし、貧乏くじも良いところよ!」

「お守りって」


 確かに魔王と呼ばれる存在が、一般人に従属させられたのだから、お守りと言うのも妥当だろうが、男子高校生としては頷けない言葉である。


「事実でしょ!

 まだ、邪神の眷属として仕える方がマシなのに!」

「そこまで言う?

 父さんはお前を殺した敵だろ?」

「ふん!

 そりゃ仇ではあるわよ!

 けど、勇者を要請したのはワタクシ様達の世界の神で、あの邪神に悪意はないでしょ!

 だったら、強い相手に従いたいのが道理じゃない!」


 斗真のことを邪神と罵る割には、現状に理解のある魔王。

 野性的とも言えるだろうか。


「……本当にやってくれたわ。

 邪神の奴、明らかに誘っていたのに普通はそれに乗る?」

「誘う?」

「ワタクシ様に、この力の象徴足る"星"に関わる名前を付けたことよ。

 "ネズミ"に関わる名前なら逃れられたのに!」

「やっぱり父さんの誘導だったんだ。

 分かってはいたんだけどね……」


 普段、おふざけの塊のような斗真だが、本気で誘導してくれば回避するのは至難だと知っている航平。

 しかし、その普段を知らない少女は、さっさと白旗を上げたことを批難する。


「分かってて乗らないでよ!

 お陰で完全に従属させられたじゃない!

 これが六分くらいなら、寝首を掻くことも出来たのに!」

「それこそ嫌だよ!」


 魔物に堂々と反逆してやると宣言されて喜ぶ奴はいない。

 まして、幾ら可愛い少女姿でも魔王を名乗る化け物相手に。


「寝首を掻くって言い方は、少し語弊があったわ。

 ある程度の自由が効く状態が良いって言ってるだけなの。

 今の状況だと夜伽を拒むことすら難しいもの。

 さすがのワタクシ様でも無理矢理手篭めにされるのは嫌なのよ!

 ……それともそういうのが好みなの?!」


 怯えた声で、そう言うと身体を守るように身を屈める少女姿の魔王。

 不躾な視線に気付いたとでも言うような態度に慌てる航平は、


「いやいや!

 そんな酷いことはしないよ!

 無理矢理従えるようなことはしたくない!」


 と、懸命に首を振る。

 勢い余って、支配権が緩むほどの言質を与えてしまったのだが、霊能力初心者の航平は気付かない。

 ……敢えて言うなら、タイミングの悪さもあった。

 昨日は、楽しみなの夏休み寸前で幼馴染みから絶縁され、今日は今日で朝から死の恐怖を味わい続けたために、人からの拒絶にかなりのストレスを感じていたのだ。

 故に視界の端でニヤリと笑う魔王に気付かない。


「良かった!

 あなたはあの邪神達のような酷い人達とは違うのね!」


 一瞬前の悪女顔を隠して、魔王は儚げな少女の表情を浮かべて航平に抱き付く。

 胸の膨らみを航平に押し付けるように……。


「いや! そんな!

 けど!」


 好みの少女に抱き付かれて、混乱した思考が会話にならない言葉となって出てくる。


「最初は冷たい態度をとってごめんなさい。

 "パートナー"として仲良くやっていきましょ?

 仮にワタクシ様が人の姿を手に入れたら、それ以上も……。

 …………ね」


 どぎまぎの航平に、追い討ちを掛けるように少しばかりスカートの裾を上げつつ、頬へキスをする魔王。


「ああ!

 よろしく!」


 男子高校生には刺激の強い攻勢、主従の契約を盟友レベルまで弱められたことに航平が気付くことはついぞなかった……。

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