第14話 善悪は脇に置いておく

「……まあ、さすがに義姉さんも自分と突撃はさせないんじゃないかな?

 そんな事より、航平くんは義姉さんが、何故異世界で破壊工作をしているか知っているかい?」

「……いいえ、教えてください」


 露骨に話題を反らす雅文。

 航平としては、追及したいところではあるが、部長と言う重役の肩書きには、不釣り合いに弱そうな立場の雅文を糾弾するよりも、情報を得るべきと頭を回す。


「父さん達の会話から、相手が悪者だろうとは思いましたが……」

「悪者か……。

 確かに、僕らの主観では相手は悪者だろうけど、彼らの主観では僕らが悪者だろう。

 自分達の国が滅びそうなのに、手を貸すことを拒んだ連中だ」

「え?」


 相手を悪者と決め付けていた航平は、それをやんわりと否定する叔父の言葉に驚く。


「と言えば驚くかな?

 今、義姉さん達が暴れているのは、ミルト王国にあるアンダンタム大聖堂。

 この国は、周辺国に異端審問を繰り返し、それを口実に戦争を仕掛け回っていたんだ。

 だが、さすがにやり過ぎたのか、周辺国が団結して逆攻勢に出た。

 その危機を脱するために、アンダンタム大聖堂に納められた神器に宿る、正義の神イセドの分体に祈り、イセドを介して、うちの会長に支援を求めた」

「……どう聞いても悪者じゃないですか」


 要点をまとめると、侵略国家が反撃されて、異世界に助けを求めました。

 ……である。

 むしろ、本物の神がそんな国に協力していることが信じられない。

 しかし、


「いや、僕らはその世界の善悪について干渉する気はない。

 根底となる常識が違うんだから、僕らなりの正論を押し付けるのは、それこそただの独善だ」


 航平の考えは根本から否定される。


「これは異世界と関わる時に、一番最初に教わらないといけないんだけどね……。

 相手に関心は持っちゃダメ。

 関心を持てば、あれこれと手を出したり、口を出したりしたくなるだろ。

 大抵、その結果は深い遺恨として残る。

 ビジネスの相手として付き合うに留めた方が良い」

「……」


 押し黙る航平に、そのうち分かると言って頭を軽く叩く雅文は続けて、


「さて、それじゃあ、何故、今あんな事態になっているかと言うとね。

 向こうは、1つの戦線を1人でカバー出来るレベルの実力者を要求してきた。

 そうなると、それなりに大きな代償を支払ってもらう必要があるのだけど、それを拒否した挙げ句、こちらとのチャンネル接続を悪用して、2名の地球人を誘拐したんだ」

「代償?」


 異世界転移系の物語とは、不釣り合いな言葉が出てくる。

 漫画やアニメでは、そういうやり取りはあまり馴染みがない。


「うん。

 ウチもビジネスで人を育てているんだから、代金を請求するのは当然だよね?

 昔はこの星に異世界と交渉する神が不在だったけど、今はいるんだし勝手に連れていけないのも分かるだろ?」

「ビジネスで人を育てているって……」

「アシハラと言うゲームに加工した修行霊域を提供して、人が成長するのを促している。

 ……まあ、修行を受けている側からも入場料を取っているのも事実だけどね」


 酷い話である。

 場所だけを準備して、利用者双方から金を取っているのだから……。


「ある意味、プラットフォーム型のビジネスとも言えるかな……。

 とにかく、代償と言う名の仲介料の踏み倒しをした挙げ句、リンカート社の縄張りから人を拐ったわけだ。

 当然、会長からイセド神経由で、踏み倒した仲介料+謝罪料を請求してもらった。

 そこで素直に応じれば良かったんだけど、それを断った以上は戦争になる」

「これ、戦争かな?」


 航平が見つめるモニターの先では、巨大な蠍と兎が暴れまわり、怪獣による蹂躙劇が続く。


「うん?

 ……ああ、今回はイセド神側がまともだったからね。

 酷い神だと開き直って、自分の使徒を繰り出して来ることも少なくない。

 そうなると本当に怪獣大戦争にしか見えないね……」


 遠い目で呟く叔父の様子に、更に不安を募らせる航平であったが、


「そういえば、叔父さん。

 さっきからお金の話が出てるけど、異世界のお金が日本で使えるわけじゃないよね?」

「うん。

 そうだよ。

 基本的には、あちら側に有るものの物納がメイン。

 地球では手に入らない特殊な物質や、神の力が宿るアイテムとかはかなり高査定だけど、地球にもある宝石や貴金属は安く扱われるね」

「へぇ……」


『当然と言えば当然か。

 特許とかで儲けられるって言うし……。

 あれ?』


「叔父さん。

 相手は大きな宗教国家だったんだよね?

 それなのに支払い拒否したの?

 神様の怖さを一番分かっていそうなのに?」


 日本のような無神論者ばかりの国なら、ともかく宗教国家で神々の恐ろしさを知らないと言うのも不思議だと考える航平。

 しかし、


「良くある話だよ。

 だって、自分達が信じている神が一番強いから、その庇護下の自分達に神罰が下るとは思っていないもの」

「……」


 虎の威を借る狐ではないが、非常に良くあるパターンだと肩を竦める。


「加えて、自分達の神から通告されても、不都合なことは聞かないと言うのもいつものパターンだね。

 大抵、偽物が言ったとか言い出す。

 そして、最終段階になって慌てて、神にすがる……」


 ある種のルーチンワークだと呆れる雅文に、嫌な職場だと悟る航平であった。

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