第13話 会社で命懸けでダイブゲームをする仕事
巨大な白亜の神殿は、健在無事であれば観る者を圧倒したことだろう。
しかし、巨大な蠍が暴れる度に壁に穴が開き、巨大な兎がヒップドロップをかます度に倒壊が進む様は、世紀末染みた光景である。
航平にはこの2体の化け物に見覚えがあった。
「ナイトスコーピオンとヴォーパルラビ。
何でアシハラのレイドボスが……」
「ああ。
航平くんはあのゲームのユーザーだったんだね?
彼女らは会長の造った使徒ってやつさ。
彼女らも研鑽を積むために、日常的にアシハラにログインしていると聞くから、何処かで戦ったことがあるのかな?」
『まさかのレイドボスが、企業側のプレイヤーだった件。
公表したら大炎上ものだな……』
雅文叔父の言葉に、リンカート社に来てから数度目となる現実逃避へ走る航平。
そんな航平の思考は、強い光と共に降り立つ女性により断ち切られる。
「お、義姉さんがインした。
弓浜くん、彼女にフォーカスして」
「はい」
航平と共に気付いた雅文が近くの女性に指示を出すと、航平には見慣れた母の顔が映る。
『見慣れた?
少し違和感が……』
「おや、真幸さん、アバターの肌年齢を弄ったのかな?
リアルコピーにしては時間が掛かったと思ったけど……」
『なるほど、言われてみれば……』
雅文叔父の言葉に、疑問が氷解した航平だが、代償として、
「部長!」
「女性の詮索とか酷い!」
「これだから中年親父は……」
室内の女性勢から雅文への好感度が下がった。
「……すみません」
直ぐ様、頭を下げる雅文。
女性が、多い職場故に、下手に1人でも敵に回すと大変だと知っているのだ。
そうこうしている内に、モニター内の真幸に向かって数人の重装備騎士が立ちはだかる。
うちの1人が何かを叫ぶと、
「……【新手か!
見たところただの女のようだが、容赦は!】」
ワンテンポ遅れて、スピーカーから声が届いた。
「手加減無用よ」
「……【グハッ!】」
「「……【ロベルト!】」」
対して、真幸の声はラグがない所から、異世界人は翻訳された音声となっているらしいと気付く航平。
それよりも、
『あれって、バトルアックスだよな?
アシハラ内だと、一番軽いのでも20キロ。
片手で振り落とせるもんなのか?』
自分の身長よりも長く、肩幅を超える分厚い刃を持つ巨斧を軽々振るって、騎士を鎧ごと打った切る母への驚愕の方が強い。
「すごい……。
装備情報によると、あれは武人の戦斧ですよね?
重さ60キロ超えの超重量級武器じゃないですか!」
「まあ、真幸義姉さんなら当然だと思うよ」
航平の隣では、オペレーターらしい女性社員の弓浜が航平以上に驚き、叔父雅文がその正体を明かす。
「真幸さん?
羽黒真幸さんですか!
あの伝説の……」
「そのご本人に間違いはないけど、さすがに伝説呼ばわりは止めてほしいかな……」
興奮気味の弓浜に、やんわりと注意する雅文。
「義姉さんは、自分の特殊技能に付いた名前が嫌いだから下手に刺激すると、後輩指導と言う名の扱きが待っている」
「え?!」
続く雅文の説明に、自分が虎の尾を踏み掛けていると悟った弓浜が凍り付く。
「さ、航平くん。
義姉さんの右手、戦斧を握っている辺りで何か気付かないかい?」
「えっと……。
右手、右手……。
光ってる?」
自身も被害を避けたい雅文は、弓浜女史との会話を中断して、航平へ水を向ける。
航平としても、母親の機嫌は損ねたくないので、画面越しの真幸の右手に集中し、彼女の特殊な点を述べる。
「うん。
あれが霊術の基本の1つ。
剛力招来って呼ばれる術だよ。
大体、実筋力を4割増しまで高められる。
まあ、義姉さんが使っているのは、それを発展させたオリジナルだけど……」
「え?
あの斧を振るえるのってアバターの能力なんじゃ……」
航平の想像では、アシハラの高レベルプレイヤー並みに育てたアバターを使っていると言う思い込みがあったが、
「いいや、僕らはあちらの世界に移住するわけじゃないからね。
能力を弄ったアバターは持ち込めない。
精々、外見くらいが限度だし、それだけでも渡界に結構な時間が掛かる」
「じゃあ、素の能力なんですね……。
……母さん」
「すみません!
お話振りから真幸さんの息子さんなんですよね?
真幸さんが使ってみえるのは、剛力招来の奥義"タヂカラオ"のはずです。
元の筋力の3倍を引き出せるわけで……」
母親の戦闘力におののく航平。
それを見て、真幸をフォローしようとした弓浜は、逆に真幸が隠したがっていたはずの名を言ってしまう。
しかも、
「いや、筋力が3倍になってもあんな大斧振り回せんでしょ……。
腕力20キロ処じゃないですよね?」
「そうだね。
せめて倍はほしいな。
それと弓浜くん。
今回は義姉さんがあちらに行ってるし、この場の人間が言わなければバレないが、大丈夫かい?
直ぐにここの部長職は真幸義姉さんに戻るはずだよ?」
母親が、下手をすると自分くらいは持ち上がりそうな腕力の持ち主と分かり、戦慄する航平の横で、雅文は本気で弓浜の様子を心配するのだった。
「……。
……ヒィィ!
ぶ、部長はどちらに!」
やや間を置いて、自分が何処に立っているかを自覚した弓浜は、雅文の行く末を訊ねる。
「僕?
僕は、元々調整部門の人間だからそちらに戻るだけだと思うけど……」
「連れていってください!
ヘッドハンティングを是非!」
「いや、調整部だよ?
一日中パソコンとにらめっこしているような部署は、弓浜くんは耐えられないと思うけど……」
真幸にしごかれる未来を予見した弓浜は、雅文にすがるが、自身の前職の地味さを知る雅文は弓浜では耐えられないと難色を示す。
「そんな……」
「……一応、掛け合っておくよ。
って! すまない航平くん。
いつの間にか、真幸義姉さんは敵を切り伏せていたようだ」
「え?
! 本当だ!
神殿内を走ってる!」
絶望の表情を浮かべる部下に、社交辞令張りの声を掛けた雅文が画面に目を向けると、真幸は神殿内を疾走し、時折現れる騎士を一撃で地面に沈めていく。
足も止めずに……。
「今、足に使っているのが、中級霊術の駿歩様。
恐らく、耳にも上級霊術である響鳴知覚を施していますね。
噂以上の天才振りです……」
気落ち気味のまま、モニターの向こうの真幸が何をやっているか見抜く弓浜。
やはり、此処が彼女の天職のようだった。
「響鳴知覚ってのは、足音や布ずれの音で周囲の人間の動きを察知するやつか……。
だから、出会い頭に斬り捨てが出来る。
加えて、高速移動術の駿歩様で、待ち伏せを回避。
相変わらずとんでもないな」
弓浜の言葉から、真幸が使っている術の種類を思い出した雅文には、呆れ混じりの驚嘆しか出てこない。
そして、航平は、
「……僕、あの状況に付いて行く予定だったんだよね?」
自分の状況が、どれ程危険だったかを理解して、冷や汗を流すのだった。
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