第15話 受肉天使

 航平が雅文と話している間にも、神殿内をどんどん進む真幸。

 その周囲の様子が変わったことを確認した雅文は、


「さて、義姉さんの仕事も大詰めだよ。

 弓浜くん。

 カメラアングルを義姉さんの正面に向けてくれるかい?」

「はい!」


 そう言って、部下に指示を出す。

 それによって切り替わったモニターの先には幾何学模様の描かれた床の上に、巨大なマッチョが立ちはだかっていた。


「……」


 咆哮を上げたような仕草に反して無言の巨人。


「どうにも無理矢理、安定させている最中と言う感じだね」


 真幸との対比から5メートル近い巨体であると、思わせる体躯。

 その全身を覆う筋肉の鎧を惜しげもなく、外気に晒す姿は、まさに巨人そのものだが……。


「本来、神が手を貸しているならあんな巨体にする必要がない。

 受肉状態を維持するのに必要な質量があのサイズと言うところだね。

 そんな状態で……」


 雅文が説明している最中、真幸が振り抜く大斧に併せて、その身を上下に両断される巨人。


「義姉さんの相手になるはずがない」


 その切り離された下半身は、至るところから血が吹き出して萎んで行く。

 対して、上半身は切り口の肉が盛り上がり、その出血を塞ぐと、鋭い眼光で真幸を睨み付ける。

 しかし、それに怯む様子もない真幸は、戦斧を地面に突き刺して、目を閉じる。


「どうやら、上半身の方に魂が宿っているらしいね。

 ……航平くん。良く見ておくと良い。

 これから真幸義姉さんがやるのは、大半の人間が出来ない霊術の奥義だ」


 その雰囲気を察した雅文の言葉に、これまで以上にモニターを見つめる航平の目先。

 両手を使って近付いてきた巨人の腕が届く間際に、地下空間の天井間際まで舞い上がる母親だった巨鳥。


「はぁぁ?!」

「始祖顕現。

 膨大な霊力を全身に纏うことで、始祖そのものへ転じる霊術の奥義さ」


 度肝を抜かれた航平の横で、解説を入れる雅文。

 真幸が転じた大鴉は、モニターの向こうを気にするはずもなく、鋭い猛禽の脚で巨人を切り裂き、光る玉2つを両足に挟んで再び羽ばたく。


「……どうやら、2人分の魂を1つの器に受肉させていたようだね。

 無茶をするな……」


 巨鳥が巨人を切り裂くと言う常識離れしたモニター向こうの様子に、特別な感想を浮かべることもなく、異世界人達の行動に呆れ気味の雅文。

 雅文の言葉を真に受けるなら、あれは人の魂その物と言うことになる。

 ゆっくりと舞い降りた大鴉は、2つの魂? を手放し、直ぐ様、青い炎に包まれる。

 その内から現れたのはもちろん、航平には見慣れた母親。

 彼女はポケットから小さな瓶を取り出して、2つの魂をそれぞれに籠める。


「無事に回収出来て良かった。

 後は損傷具合を治して戻すだけだね……」

「……」


 安堵を浮かべる叔父に対して、未知の現象ばかりだった航平は無言。


 足元の魔法陣は?

 何故、巨人は何も喋らない?

 あの瓶は?

 等々、疑問が渋滞を起こしていたのだ。


「さて、義姉さんの仕事はここまでだろうし、航平くんも色々聞きたいだろ?」

「あ、はい……」


 1つ伸びをした雅文が、放心気味の航平へ話題を振る。

 ありがたいと思った航平へ、


「まず、義姉さんが八咫烏になったのは、あの肉塊の中から、正確に魂の位置を見抜くためだろうね。

 八咫烏には迷える者を導く先導者の特性がある。

 それを利用したんだ。

 あの受肉天使は、無理矢理人間の形に成型された肉塊だったからね、必ずしも心臓や脳のような重要な器官と同じ場所に魂があるとは限らなかっただろうしね」

「あ、……なるほど」


 しかし、彼が考えていなかった疑問点を解説する。

 だが、


『じゃあ、声帯とかもなかったってことかな。

 それにただの肉塊だから、生命維持が必要だろうし……。

 ゲームにあるみたいな魔法陣が重要な働きだった?』


 雅文の答えから自身の疑問を、それとなく解消する航平。

 この辺りは、サブカルチャーに溢れる現代っ子の特性かもしれない。


「後は、瓶の形をした特殊な力場で保護したわけだね。

 あれは、アバターに必要数+アルファで支給される形になるけど、1つ1つが会長がかなりの量の神力を込めたアイテムでもあるらしい。

 本来、不安定な魂を保護することが出来るのだから当然かもしれないけどね」

「へえ。

 やっぱりそういうアイテムが必要なんですね」


『と言うか父さん、一応仕事してるんだ』


 叔父に相槌を打ちながら、父親への失礼な本音を隠す航平。

 こんな大掛かりな設備を見てなお、父親への疑心が消えきらない辺り、日頃の行いが大事だと言う話。


「ああ、さすがは神殺しの超越者と言えるだろうね。

 たまに僕と同じ一般人出身者とは思えないと感じるよ……」

「あの父さんが……」


 航平の目からは、異様に見える尊敬を浮かべる叔父になんとも言えない感情を持つ航平。


「そう凄いのよ!

 何せ、斗真さんが為したことは、私達のような防人名家が、どれだけ頑張ってもどうにも出来なかったことですもの!」

「母さん!」


 いつの間にか帰ってきていた母親が、航平の複雑な感情ににこやかに応える。

 しかし、


「ただいま! 航ちゃん。

 やっぱり久しぶりだったから、少し鈍っていたわ。

 恥ずかしい所を見せちゃったわね?」

「え?」


 やや、顔を赤らめながら、航平には信じられないことを言う真幸。

 それに信じられないものを見た気がした航平は、傍らの叔父に視線を向けるが、


「いやいや、完璧な仕事でしたよ!

 何処に不手際が?」

「え? 最初に3人の騎士が現れた時に、少し手首が固くなっていて、一瞬止まったでしょ?

 正直、もっと手練れが相手だと少なからず怪我をしたわ。

 ……今回は相手の未熟さに助けられた形ね」

「「……」」


 返ってきたのは、予想以上の修羅発言であった。

 おっとりした母親から、そんな発言が出るとは想像もしていなかった航平は、


『僕、これからどうなるんだろう?』


 と更に不安を募らせることとなった……。

 加えて、


「それでね?

 雅文さんには申し訳ないけど、私ももう少し勘を取り戻したいし、航ちゃんに霊術の基本を教えたいから、トレーニングルームを貸してもらえるかしら?」


 と追い討ちを掛ける真幸。

 どう考えても嫌な予感しかしない航平は、必死に雅文叔父へ視線で助けを求めるが、


「……そうですね。

 空いているルームがあれば、使ってもらって良いですよ」


 叔父に通じることもなく、母親にドナドナされる運命が決まったのだった。

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