披露パーティー当日②



 新郎は四十代、新婦は三十代後半に見えなくもない。

 お二人は近場にある教会で式だけ挙げてきたらしく、カーキカットから乾杯に至るまで間隔が短いと、エマは言葉少なく言う。

 実際に、校長先生並みのお話しをされる親族も居らず、スムーズに進行していたと思うわ。ただ、あたしは親戚以外の、例えば友人等の結婚式や披露宴に呼ばれたこともないので実感はあまりない。


「いつ見てもおもしろい」


 そう零すエマの世界には、ケーキ入刀という儀式は存在しないらしい。

 青紫色の髪の毛と角を持つエマも、披露パーティー参加者には絶賛注目の的なのだが、それは言わぬが花かな、と。

 そして乾杯の音頭が執られたということは、あたしたちの出番が訪れるのだ。


 最初の乾杯はシャンパンの指定があったと店長が愚痴る。

 スプマンテやどこ産かも不明なスパーリングなら高くても五、六百円で手に入るんだが……シャンパンは無理なんだよ。意味も理解しないで注文してくるから恐れ入る。その癖、あとで高いだの文句を言うんだ。


 調理場からバーカウンターへと入った店長がなぜ出てきているかと言えば、乾杯用の長細いフルートグラスにシャンパンを注ぎ回っていたからよ。マグナムボトル片手に。

 『妙な洒落っ気など出さずにビールで乾杯すれば安上がりなものを』と、言い残して店長はビュッフェ台を後にしたわ。


 ここからは本当に、あたしとエマの出番がやって来たのだと思い知る。


 新郎新婦などそっちのけで、ビュッフェ台に群がる招待客たち。

 酒のつまみになりそうなものに群がる男性陣、甘味に群がる女性陣。

 問題は後者。食事ではなくウェディングケーキとコーヒー・紅茶に群がるおば様方。まず、ご飯を食べてから甘味に向かいなさいよ!


「皆さん! 今日は不特定大多数の敵がいるケーキバイキングじゃないのよ? ここは私たちしか居ません。ゆっくりお食事を楽しみましょうね」


 リエルさんの援護射撃によって、ウェディングケーキに群がっていたおば様方が散っていく。ウェディングケーキのカットに勤しんでいたエマから、主に男性客を相手にしていたあたしの方へと!

 相手と言っても、お皿に綺麗な形で盛り付けて渡すだけのお仕事だけどね。それでも次から次へとやってっくるものだから、全く終わりが見えないの。


 普段はフランス料理風なのに、今日は料理の種類も多国籍よ。

 パエリヤがパエリヤ鍋ごと什器に鎮座していたり、パラッパラなチャーハンやあんかけ焼きそばもある。ピンク色のローストビーフもあれば、八角の利いた豚の角煮まであるの。スープジャーにはミネストローネがたんまりと泳いでいたりもするわ。


 あたしたちだけ、こんなに忙しくして! と思って店長を見れば、店長は店長で忙しそうにしていたのよ。

 ウェディングケーキから散り散りになったおば様方の一行が、店長の下にも群がっていたの!


 金属製のシェイカーを空中で回転させながら、ガラス製のボストンシェイカーで縦長のゾンビグラスにカクテルを注いでいる。空中に放り投げられているシェイカーの滞空時間がおかしいことに誰も気付いていない!

 それ以前に! オーナーさんの横に丁髷のお侍様が座っていることにも、誰もが気付いていない様子もおかしい。


 どうなっているのかしら、このお店。

 まあ、今更なんだけどね!


「イオリ、よそ見してないで」


「ごめん、エマ」


 うん。エマが普通にウエイトレス出来ている時点で、お察しなのよね。

 魔法って何でもアリよねぇ。


「伊織ちゃん。手伝ってあげるから、今は踏ん張りなさい」


「ありがとうございます」


 あたしは店内の在り様を見て、呆れていただけなのだけど……一体何を勘違いしたのか、リエルさんがこちら側へやって来てくれた。

 ビュッフェ台の裏側にはリエルさんも含めると三人もいる。これなら余裕もあるわ。


 マジシャンも真っ青なシェイカー捌きを見せる店長に群がるおば様方も、その数を順調に減らしているわ。きっと口当たりは良くても、アルコール度数がシャレにならないカクテルを提供しているのよ! 悪酔いまっしぐらだわ。

 お手洗いへの案内もしなくちゃ。もう店長ったら仕事を増やしてんじゃないわよ!


 およ? 店長が調理場に引っ込んだわ?


「お肉を出すのよ」


「あのお肉、ですね」


 お肉とは、魔獣肉ではない。龍肉の方よ。

 リエルさんの異世界婚を可能にした夢のようなお肉。龍肉。ドラゴンさんの尻尾のお肉。

 あれが登場するのよ。この為に獲って来たわけだし。


「あれね。例のお肉にも負けない美味しさよ。少しだけ超えるもかもしれないわね」


「なんと」


 でも、龍肉は媚薬っぽい作用のあるヤバいお肉なのよ。店長もあたしには食べさせられないと言っていたのに、何と抗いがたい誘惑か。

 おいしいは可愛いに匹敵するレベルの正義なのよ! ぐぬう。


「伊織ちゃん、今日はお泊りになるわよ」


「えっ?」


「マスターも期せずして、関係者が揃ってしまったことを憂慮していた。この機会を逃すマスターではないわ」


「なんで?」


「伊織ちゃんが不思議に思っていることを説明する良い機会だのもの。……ほら、お客さんよ」


 女性陣のほとんどが店長の手によって酔い潰されていたわ。テーブル席に着き、幸せそうな笑顔を浮かべているか、テーブルに突っ伏しているの。

 男性陣はビール瓶を片手に持ち、新郎やその親族のグラスに注いでいるだけの元気があるのよ。今もビュッフェ台に料理を取りに来ているのも、男性だけね。


 店長が良い具合に焼き上がったお肉のお皿を二枚持って来ても、意識を向けるのは男性だけで女性陣は見向きもないわ。

 男性陣もお肉のお皿へ向けられる視線は冷ややかなものだわ。皆、もうお腹いっぱいで脂ものを見たくない、そんな視線しか注がれていないの。

 これは店長の采配勝ちね。龍肉は在庫が限られている上、危険な成分もあって他者に提供できるものではないものね。


 それよりも問題は、あたしのお泊りの件だわ。

 落ち着いたら家に連絡を入れておかないといけないわね。今日お泊りしますっていうと、変な勘繰りを入れられそうだけど。



 宴もたけなわ云々という挨拶の後、披露パーティーも無事終了。新婦が父親へ向けて手紙を読んだりもしなかったわ。

 本当に無事なのは新郎新婦の両名のみで、それ以外の招待客はオーナーさんとリエルさんを除くと皆が泥のように酔っ払っているの。面白いくらいに、ぐてんぐてんよ。


「本格的な披露宴じゃないから引き出物もなくて、すこぶる楽だね」


「そこは全面的に同意するが、お前は残留だぞ」


「なんで!?」


「儂と後輩の計画を台無しにしおってからに、逃がす訳がなかろう」


「それならトラくんも同罪でしょ!」


「幹事で忙しい虎太郎への罰はリエルに一任した」


「ふぐぅ」


 泥酔したお客様方のお見送りの際に交わされた、店長とオーナーさん+お侍様の会話がこんな感じだったわ。

 リエルさんは旦那さんと一緒に一時帰宅するそうで席を外したの。両家の親族でお店に一番近いのがレオの家であるらしく、両家の招待客が集合場所となっているらしいの。リエルさんはそちらが落ち着いてから、再度お店に顔を出すとのこと。


「さて、とりあえずは飯にしよう。こいつ以外は全員昼飯抜きだったからな」


「おとうさん、好きなの食べていいのよね?」


「好きなものを、好きなだけ食え。これはビュッフェ後の醍醐味でもある。先輩もさあどうぞ」


「普段から結構な飯と酒は供えてもらっているが、好みで選べるのは別格だの。碌な供物も無かった陽太とは大違いよ」


「ぐぅぅ」


 滅多なことでは閉めないお店の出入り口に店長は鍵を掛けた。

 お客様にお出しする料理を従業員が食している、という事実は隠したいものらしいわね。そのために忘れ物がないか、再三に亘って確認していたのよ。


「パエリヤが残ってません」


「あれはひと鍋しか作ってない。諦めろ」


「えすかるご、もほとんどない」


「エスカルゴは缶詰を開ければすぐ作れるが、また今度な」


「むぅ」


「余っているものを消費しろ。どうせ捨てることになるんだ」


 お侍様とエマがエスカルゴのバターソース掛けを奪い合いしているわ。

 それを横目にあたしは什器の熱でウェルダンになりつつあるローストビーフに、乾燥して硬くなりつつあるチャーハンをゲット。

 あんかけ焼きそばは麵がもう品切れで、餡しか残っていないの。角煮は男性客にとろみのある煮汁まで食べ尽くされているわよ。


 今日の料理は初めて見る品が多いにも拘わらず、あたしが味見していない料理が多数を占める。それもこんな熱を通し過ぎた状態での味見ではなく、出来立てがよかったのに!

 それでも空腹は最高の調味料と言うだけあって、おいしく食べられてしまう。それがまた悔しいのよ。



「ああああああぁぁ! もう残ってないじゃない!」


 住宅側の玄関から入って来たらしいリエルさんがビュッフェ台に至るも、そこにはあたしたちに食べ尽くされた残骸(付け合わせ)しか残っていないわ。


「エスカルゴは?」


「お前ら、エスカルゴ好きだよなぁ。エスカルゴは殻が高いだけで、中身は二束三文だぞ? スーパーでも品揃えのいい店なら普通に売ってるだろ」


「マスターの味付けが良いのよ!」


「バター落としてパン粉とパセリ塗して焼いただけだよね?」


「まあな」


 オーナーさんは訳知り顔で話し、店長も特に否定はしない。

 あたしもエスカルゴのバターソースは嫌いではないのだけど、店長に作り方を教わっている手前、それほど興味の惹かれる食材でもなければ料理でもないの。

 ほぼ出来あいに近いエスカルゴよりも、ローストビーフやチャーハンにあたしは心が動かされてしまうのよ。

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