店長のひみつ



 パーティーの残飯と言うなかれ。今もビュッフェ台を堂々と占拠するウェディングケーキを筆頭に、店長とあたしが作り上げた数々の料理の残滓がその場を彩っている。ほぼ付け合わせの野菜くらいしか残っていなくとも……。


「ガロニも食え」


 店長が”ガロニ”と呼ぶのは付け合わせのことよ。コーンとか人参などの角切り冷凍食材を炒めたものね。自家製にすると人件費ばかりが増えると、冷凍食材を使うことで費用を削減しているらしいの。


 それだけ言い残して、店長は席を立った。


 粗方の料理を食い漁ったあたしはデザートへと向かう。

 二段重ねのこじんまりとしたウェディングケーキの二段目はもうない。列席者に食い尽くされたのよ。残るは一段目なのだけど、そこも一部は列席の叔母様方の胃袋に消失しているわ。

 一段目は二段目よりも体積で上回るの。だから、あたしたちだけでは食べきれないと思うのが普通なのだけど……。


「新居には菓子作りが向いていると昔から思うんだよ」


「供物には、酒に合う菓子が多いのぅ」


「大福には日本酒が合うと、ぼくにお酒の味を教え込んだのは新居なんだ」


 オーナーさんと並んで座するお侍様の前には、大きくカットされたウェディングケーキがある。その大きさは二人前を凌ぎ、優に五人前くらいあるわね。

 それと、ケーキに合わせるなら紅茶やコーヒーと思うでしょ? でも違うの。


「ぼくは甘味の素材に合わせた酒を選ぶといいと教わったよ」


「麦の酒と言えば焼酎やラガーだが、陽太のようにウィスキーも捨てがたい」


「ちょっと、あんたたち! そのウィスキーはマスターのでしょう? 私も」


「流石はリエル嬢、上級眷属だけあって目敏い。奴の好きな銘柄は心得ている」


 お酒のつまみにケーキを少しずつ切り取っては味わうのよ。あたしのケーキの楽しみ方と大幅に違う。



「何をやってる? そもそも、その銘柄はバーカウンターに置いていたものだろう」


 店長が戻ると目に見えて怯えるお二方。素知らぬフリで店長に擦り寄る一名はリエルさんね。


「目出度い席の後に訃報というのはどうかとは思うが……これが俺だ」


 ポイッと放り投げられたのは新聞紙。

 年代物らしく少し黄ばんでいた。年月日を見ると、今から約十年前の新聞だったわ。

 一面にはどこぞのアイドルのスキャンダラスな記事が、捲った二面には高速道路で起きた大事故のニュースが書かれていたの。


「二面の被害者の名を見るといい」


 誰かが赤鉛筆で囲ったような歪な線が記事と文面を囲う。

 囲われた記事をあたしは読んだ。カップに注いだコーヒーが飲み頃に冷まされるまで。


「被害者。会社員、新居正人、三十三歳?」


「そう、俺は既に死んでいる」


 大事故のニュースだった。

 東名高速道路の上り線で起きた事故の記事。

 トレーラーの積載物が荷崩れを起こし、後続の一般車両を圧し潰した事故。

 その被害者に、店長の名前があったの。


「まさか自分がミンチになった姿を視るとはな。ジャッキアップで千切れ挟まれた部位を回収されたり、電動カッターで車体を切り刻んだ末に体の一部を回収されたり、挙句の果てにはブルーシートに包まれての救急車搬送。

 だが、その時に俺は光る玉と出逢った。そして、ひとつの契約がなされた。

 それは俺の脳を引き取る代わりに対価を払うという、対等な契約だった。偶然にも後部座席の足元に落ちた俺の頭部は無事だった。とはいえ、俺は自身の死を呑み込むだけの余裕もあった。どうせ死んでいるのだから好きにすればいいと思ったものだ」


 店長はあたしにそう告げると、オーナーのグラスを煽る。

 ウィスキーが並々と注がれたショットグラスだったのだけど、店長は全く気にもしないの。


「俺たちが蘇生されたのは事故後、三年の月日が経って以降。ただ、誤算だったのは依り代を用いた蘇生は地球圏で認められていないということ。俺たちを蘇生した光の玉はそんな事情を一切把握しておらず、俺たちは別の場所で暮らすことになった。そこで俺は先生と遭ったわけだが……今は措いておこう」


「新居の身に起きたことを思えば何ら羨ましくもないけれど、今の君を見ると妬ましくはなるね。とても同い年とは思えないよ」


「魂から呼び出された肉体は、それぞれのピーク年齢に引き戻された。これが若返りの要因だな」


「私や姉さんと出逢った頃から全く歳を取らない秘密ね。だから姉さんも血迷うのよ!」


 店長はオーナーさんの疑問に答えつつも、リエルさんの発言は無視したわね。


「ただ、この蘇生に関して言えば、俺たちは貰いすぎだ。対等な契約だと相手側が言っても、到底納得できるものではなかった。だから、俺とケビンはその恩返しをしようと画策し、結果様々な事象に関わることになった」


「ルゥ族は主体で、アーミルの街はその他諸々ね」


 アーミルの街に出入りできなくなったあたしは鬱憤が溜まっているわ。

 狩りが出来なくなったのは多大なる被害もいいところなのよ。


「アーミルに関しては、地球時間で二百年前に政治的介入をした。その経過観察に猟をして過ごしていただけだ。次代への介入の指示はなく、撤退するほかなかった。ただまあ予想よりも早く現女王が動き出してはいるが想定の範囲内ではある」


「先王とマスターが擁立した王配によって、敵国に洗脳教育された女王は傀儡とされていたの。マスターが教育した王女二名が堅実に育ったのは、あの国の民にとって最良の結果でしょうね」


 そんな危ない女王様なら王位を継承しなければいいのに。と思うけど、そうもいかない事情があったのかもしれない。

 アーミルに関することはもう過去のことだもの。あたしが何ら関知する必要はないわよね?



「佐藤さんに理解してもらいたい内容は、俺が幽霊みたいな存在だ。ということだ」


「そこまで言っておいて誤魔化すかなぁ」


「儂の立つ瀬がないんじゃが……」


 オーナーさんは元よりお侍様だけでなく、リエルさんやエマからもジトーッとした視線が店長に注がれているわ。

 あたしも、今の店長の説明では理解できないではなく、納得しきれない事柄が多すぎるのよ。


「ああもう、わかった! 正直に言うと、俺は事故後に遭遇した光の玉の使徒にあたる。神使、御遣い、御先、天使など。また、宮司、神主、巫、巫女など様々な役職や階級があるが、その上位に据えられている。

 そして先輩だが……先輩はここの神体。元々、寂れた神社の境内だった。拝殿を地下に封することで地上部分に俺の実家のレプリカを置くことに同意。由って店を訪れる客は先輩の信徒と見做され、代金の一部は布施と見做される。俺にとってはルゥ族保護の報酬であっても、先輩にとっては起死回生の策とされた」


「ついでに言えば、ぼくの副業はこの神社の神主でね。凡人の僕に二足の草鞋は非常に辛かったんだよね。……そこに死んだはずの新居が現れて、ご先祖様も納得できる打開策が実行されたのさ」


「まあ何じゃ、子孫に迷惑は掛けられんからのぅ」


 使徒。

 天使。

 店長は天使様だったの!


 そして、お侍様。

 気合の入ったコスプレ男性かと思いきや、本物のお侍様……どころではなく、神様でしたか。

 でも、なんか店長には一歩引いた態度なのよね。



「で、先輩にはちょっとお願いがあるんだよ」


「事と次第によっては考えなくもない」


「佐藤さん、リエル、エマ。ここには居ないがリースも含め、対人戦闘の心構えを教えてやってほしい。無論、タダでとは言わない。ケビンと俺が打った刀を奉納する」


 そう言って、店長は両手を合わせて擦のよ。

 それに何の意味があるのか、あたしはわからない。話題に出されたことでエマもリエルさんも注視してはいるけど、たぶん心情的はあたしと大差ないと思うの。

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