第19話 貴族の勧誘?

どうやらフロイスはスズランと話をしたあとで屋敷に帰るところだったらしい。


それでこの前の礼も込めて俺を屋敷に招待してくれることになった。


さすがにこれ以上は、ということで初めは遠慮したけど向こうが、ぜひぜひということで招かれることになった。


食堂に招かれた俺のところにフロイスの家のメイドが食事と酒を持ってくる。


さっきも飲んだところだが、まぁいい。

出されたら飲むのがマナーだからな。


日本にいた時は飲む飲まないでごちゃごちゃ言ってたけど俺は飲むのがマナーだと思う。


出されたんだもの。

客に出したもんを下げたら結局捨てるだけだ。

そっちの方がマナーが悪いだろう。


というわけで


「ふぃ〜」


あーあ。


悪魔的だよなぁほんとに。


立派な背もたれにどっぷり背を預けながら本題を促す。


「ところで家まで呼び出したってことは、ふたりで話したいことでもあるんじゃないんですか?」


俺は頭良くないけどそれくらいは分かるんだよな。


本当に礼を言うだけならわざわざこんなところに招待しないだろう。


「さすがはイカロスさんですね、鋭い。特別なお話がありましてね。それと話し方は以前と同じで砕けていてかまいません」

「特別な話?」


そう聞いてみるとミーナを見ながらこう切り出してきたフロイス。


「そちらはご息女ですか?」

「いや、奴隷」


そう答えるとフロイスはこう言ってきた。


「貴族になることに興味はありませんか?」

「貴族?俺が?」

「はい。私はあなたを貴族として推薦したいのです。私の娘と結婚していただければすべて簡単に進みます。自分で言うのもなんですが娘はかわいいですよ」


(なんか急だな。ほんとに)


俺が貴族?

いや、ないだろ。


俺はこれでも自分のことこう思ってるんだけどな。


(俺は体だけデカくなった子供だって。大人になりきれなかった子供だ)


そんな俺が貴族?

ないよな。しょうじき。


(断ろう)


そう思って俺はフロイスに答える。


「申し出はありがたいが、俺に務まるとは思わない」


こんな俺が貴族?やっぱりイメージが湧かない。

威厳のいの文字もないような男なのに。


「それに、フロイス卿の娘がかわいそうだ」


こんな冴えないし頼りない子供みたいな、おっさんの嫁になるとか普通に嫌だろう。


それに


「独り身が気楽でいいんだよな」


周りにギャーギャー言われない今の生活が俺は意外と気に入ってる。


ミーナも静かなヤツだし。

俺のそばにいるやつとしてはもうこれ以上ない人間だろう。


人間関係とかにはもう満足してるしこれ以上はいいよな。


「そうですか」


フロイスはそう言ってそれきりなにか言うことはなくなった。


結果としてすこし気まずくなったが、それでもメシは上手いので食べてから立ち上がると。


「今日は宿泊されませんか?イカロスさん」


そう言われた。


「お言葉に甘えようかな?んじゃ」


スズランには今日はフロイスの家に行くといっているので伝わってるだろうし。


なんとなく察してくれるだろう。


パン!

フロイスが手を叩くとメイドがやってきた。



「はぁ、ねむ」


ドッ。


メイドに部屋に案内されて俺は服も着替えずベッドに横になった。


そうして寝てるとミーナが隣のベッドに入る音が聞こえた。


しばらくしてると扉がノックされる音。


「イカロス様?」


ミーナじゃなく扉をノックしてる奴が声をかけてきたらしい。

声の感じからして女の声だ。


(メイドか?)


誰か分からんが、なにか伝え忘れたことでもあるのかもしれない。


「開いてる」


そう言うとガチャりと扉が開いて、入口の方に目をやると。


「「あっ」」


俺と入ってきた女は同時に口を開いた。


だって、見覚えがあるんだもん。


「あ、あなたでしたか、イカロス様は」


そう言いながら近付いてくる女はベアトリスだった。


そこで俺は思い出してた。

ベアトリスのフルネームを。


ベアトリス・フォン・レーベンブルク。


よく考えたらフロイスの名前と一緒だったな。


(あちゃぁ。もうほんとに記憶力の低下を感じるよな)


人名を覚えられないんだよな。


普通に考えたら気付くだろっていうことに気付かなかった。


「なに?」

「そ、その父上から会ってこいと言われまして」


あぁ、そういうこと、ね。


なにを考えているのか分からんが、そんなに自分の娘と冴えないおっさんを結婚させたいそうだ。


「会った、と答えればいい」


そう言ってまたベッドに寝転ぶとベッドの横まで来て彼女はこう口を開いた。


「ご入浴の準備ができましたが、いかがでしょうか?」

「ならシャワーだけ借りる。案内してくれ」


こくっと頷いて肩を貸してくれるベアトリス。


ミーナは寝てる、フリだな。


空気を読んでくれてるらしいし置いていこう。


「大丈夫ですか?」


肩を貸してくれてるだけなのに、さり気ない気づかいができるっていい子だよなぁ。


とか思いながら俺は長い廊下を歩いてシャワー室に向かうことになった。


豪邸にふさわしく脱衣所もかなり広かった。


服を脱いで風呂の方に向かおうとしたが、ついてくるベアトリス。


さすがに回らない頭でも思うことはある。


「なにしてるの?」

「事故があっては困りますからね」

「今日はそこまで飲んでない」


そう言いながら中に入るとやっぱりついてくる。


「万が一があっては困りますから」

「客人になにかあれば困るってわけね。わかったよ」


中に入るとデカい風呂が広がってた。


(さすが貴族様の風呂ってやつか)


俺は騎士団時代馬小屋の横にある馬が使う水浴び場で入浴をすませたこともあるからな。


感動だ。


「ふぅ……」


湯船に浸かった。


それにしてもあれだよな。


ときどき思うことがある。


(この世界のは俺より前に転生してきたやつがいるのかもな)


風呂とかさ。


ゼルもそうなんだけど。


日本人には使い慣れたシステムがあったりするので、そう思うことがある。


特に金銭面はすごいありがたいんだよな。


1ゼル硬貨10ゼル硬貨ってふうに日本円と同じようなのがあるんだから。

すごいとっつきやすかった。


しかもこれが全世界共通の通貨らしい。


(そういう人がいたのなら偉大だよなぁ)


出会うことがあれば礼のひとつはふたつ言いたいくらいだ。


「湯加減はどうですか?」


隣にベアトリスが入ってくる。

タオルを巻いてるせいで体ほとんど見えないけど。


(ま、別に見たくもないけどな)


湯船のフチに後頭部を載せて天井を眺めてると聞いてくるベアトリス。


「その、貴族にはならないのですか?」


そう聞かれてうなずいた。


「めんどくせぇもん」


俺日本にいた時は学級委員すらやったことない。

そんな俺が貴族?なれるわけないと思うんだよな。


「俺は身分なりの生活を送れたらいいと思ってるよ」


この歳になるともう自分がどの程度の人間かなんて見えてくる。


そうだな。人間としては下の下くらいじゃないだろうか。


酒飲んでぐーたらして実力もないくせにナマケモノ、おまけに金使いは荒い。


あともういっこ喫煙でもあれば役満だろうけど、喫煙はしてない。


「貴族なんてキラキラしたのは似合わんだろうし」


そんなこんなで俺のフロイス邸での一日が過ぎていくのだった。

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