第12.5話【アリシア視点】計画は失敗した

SIDE 副団長アリシア


 目の前に出てきた大きな穴に進路がはばまれた。


 それを前にして動けなくなる馬。


「おのれ!なんだこの穴は!迂回うかいするぞ!」


 そうして迂回を始める。


(まさか、逃げられるとは思ってもいなかった。計画の軌道修正が必要だ)


 そう思った私は並走していたもうひとりの副団長の頭を思いっきり剣で叩いて気絶させた。


「なんの音だ!」


 振り返ってきた団長。


 そのまま団長は馬を止めて馬からおりて口を開いた。


「貴様はなにをしているアリシア副団長」

「なにを、と申されても。見たままでしょう?」


 邪魔だから攻撃して寝かした。

 それ以外になにがあると言うのだろう。


「答えろ!近衛騎士団副団長アリシア!なにをした?!」

「はぁ、」


 ため息を吐いて答える。


「邪魔なので気絶してもらっただけですよ。さぁ構えてください騎士団長」


 私は騎士団長に剣を向けた。


「剣は俺に向けるのでは無い。イカロスに向けるのだ!やつは王家に背いたのだぞ?!」

「そのイカロスが逃げ切った。それがどういう意味かは分かるな?」


 目を細めて騎士団長に問いかけた。

 これ以上我々に手を出せる道理は無い。


「あなたの"負けだ"。よってめいを遂行する。あなたをここで処刑する」


 団長が私を睨む。


 やっと剣を引き抜いた騎士団長。

 そうだ、それでいい。


「ついでに言うとかつての部下などと思う必要はない。生き残りたければ本気で来るがいい」


 私は騎士団の鎧を脱ぎ捨てた。

 その下にあるのはただの服だ。


「貴様は近衛騎士をなんだと思ってる?正装を脱ぎおって」


「なんとも思っていない。騎士団にはイカロスがいたから入団しただけだ。だが彼はやめてしまった。なら私が騎士団を続ける必要などない」


「お前、まさか」

「察しが悪いのなら言ってやろう。私もしょけいを果たせば騎士団を抜ける」

「な、なにを言っている!副団長!」


 私は別に立派な理由があって騎士団に来たのでは無い。


 私の入団の動機というのは尊敬する人、イカロスがいたから入っただけに過ぎない。


 王族や王国のために、などといった気持ちはなかった。

 イチミリもない。


 帰属意識、というんだろうか。

 そういうものが私にはない。


 国なんて、王族なんてどうでもいいんだ、ほんとうに。


「お前はイカロスを売ったのではなかったのか?!ここにいることを教えてくれたのはお前だろう?!」

「別に売ったなどとは一言も言っていない。お前が勝手に勘違いしただけだろう?」


 私の中の作戦はこうだった。


 こいつらにイカロスの乗る馬車を襲撃させてイカロスを拘束させたところをうしろから騎士団を襲撃して壊滅させる。


 ピンチのところを私がさっそうと現れるつもりだったのだ。


 そして


『アリシア、ありがとう愛してるよ、アリシアだいすき!』


 とイカロスに言ってもらう作戦だったのに。


「はぁ、」


 そのためのお膳立てはしてやったつもりだ。

 門を抜けたことまで教えてやって。


 わがまま王女からの命令も果たしながら、私は幸せになりすべて丸く解決するはずだったのだ。


「騎士団長のお前が無能なせいで『アリシアだいすき計画』が闇に消えてしまった」

「アリシアだいすき計画?」


 首をかしげる団長に答える。


「お前がそれ以上知る必要は無い」


 私がそう言った時だった。


「ガルゥゥゥゥ!!!!!!」


 タッタッタッタッ。


 なにかが走る音が聞こえてそちらを見ると



名前:夜の王

状態:瀕死、恐怖



「なっ、よ、夜の王だと」


 騎士団長が目を向けていた。


 私も目を向ける。


手負ておい?しかも恐怖状態?)


 夜の王はひどいケガを負っていた。


 だが、奴はユニークモンスター。


 気づかれない方がいい。


気配遮断インビジブル


 大きな傷のある体に目をやった。


(あの傷はイカロスか)


 ひとめで誰が傷つけたのかを理解できた。


 傷あとを見ればかんたんだ。


 騎士にはそれぞれクセがある。

 剣の振り方、振った時にできる傷のつき方。


(あの傷のつき方はイカロスしかいない)


 見間違えるはずがない。

 我が騎士団でナンバーワンの剣技を持った男のもの。


 ひた。ひた。


 ジリジリと近寄ってくる夜の王。

 遭遇すれば命はないと言われているモンスターを前にしていた。


「手負いのケモノ。こいつの首を持ち帰れば、英雄になれる!王女様もきっとお許しくださる!」


 団長がそう言った時だった。



 一陣の風が吹いた。



死牙デスファング


 ブチュリ。


 次の瞬間団長の上半身と下半身が別れていた。


「あん?」


 ドサッ。


 草原の上に上半身だけで落ちる団長。


「グルルル」


 グチャグチャとものを噛む音を鳴らし始めた夜の王。


 夜の王はそのまま私には気付くことなく、下半身を食べながら離れていった。


(速いな。手負いであの速度か。私じゃ受け流すのでせいいっぱいだが、あの速度に攻撃を当てるなんてさすがイカロスだな)


 それを見てから団長に近付く。


「お、おい。俺の下半身を知らないか?血が止まらんのだ」


 いきなりのことでパニックになっているんだろう、脳が現実に追いついていないように見える。


「知らぬな」

「助けろ副団長。ヒールの魔法くらい心得ているだろう?」


(こんな傷はヒールではどうにもならん)


 団長を見おろして騎士団メモを読み上げた。


「四足歩行するものはすべて犬である。犬に負ける恥知らずなどいらん、か」

「そ、それは、そういう気概を持てということだ。あんなのが犬なわけないだろう?」


 そんなことは誰もが分かっている。


 騎士団メモにあることはすべて【気概】や【心の持ちよう】そういったものだ。


 本来であれば、

 騎士団メモの内容など言ってしまえば、おもしろくもないジョーダンなのだから。


 だが、私はそれを文字通り受け取って努力をやめなかった人間を知っている。


「お前はイカロスに嫉妬した。ひたむきに努力できるあの人に嫉妬した、違うか?」


 才能もないくせに、努力してもムダなのに目の前で努力をしているイカロスがめざわりだった。


 こいつがイカロスをしいたげていた理由などそういうものだ。


「追いつかれるのがこわかったのだろう?周りから与えてもらっただけの団長の地位を奪われるのがこわかったのだろう?そんなに偽物の玉座が惜しかったか?」


 努力は嘘をつかない。


 現にイカロスは自覚していないが、騎士団一の実力を持っていたのだから。


 そのためイカロスが正当に評価されればこいつは団長の座を奪われる。


 だから、しいたげてイカロスをつぶそうとした。


「それにしても皮肉なものだな。代わりはいくらでもいると言われた人間に代わりはいなくて、言った人間の代わりがいくらでもいるなんてな。身のほどをわきまえてイカロスを評価していればこうはならなかったのに」


 私がそう言うと団長は口から血を流しながらこう言ってきた。


「もっと分かりやすく簡潔に話せ。だからお前はコミュニケーションがヘタとか、

よくわからんヤツと言われるのだ。小難しい話をするな」


 そう言われて私は短くまとめてやることにした。


「お前の代わりはいくらでもいるんだ。そのまま死ねよ恥知らず」


 そう言うと団長の目から光が消えていった。



名前:ダンバル

役職:騎士団長

状態:死亡

死因:出血死



 これで、団長は死に、副団長はひとりが消える。

 そして残されたもう一人の副団長もこの結果の責任を取らされて終わりだ。


 我が国の近衛騎士団はこれで事実上の崩壊を迎えたことになるだろう。


(もともとクサってた組織だ。ちょうどいい機会だろう)


 馬にもう一度乗った。


(今回の件で確実にイカロスには敵視された。もう追いかけるのはやめよう)


 引きぎわというのはわきまえているつもりだ。

 

 結果的に迷惑をかけるだけで終わってしまった。


 でも、こんなありさまでも私は誰よりもイカロスの味方であるつもりだったんだ。

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