ガチャリと音をたてて解錠した扉の重さたるや、厚さ三十センチはあろうかという分厚さから想像するに、百キロ以上はありそうだった。


 僅かな隙間から漏れ出てきた空気は、半世紀以上もの間、換気がなされていなかったためか埃っぽい。思わずくしゃみをして陽の光が差し込む蔵の内部を覗きながら、他人のタイムカプセルを開けるような後ろめたさと期待が合わさった感覚に胸を高鳴らせた。


「なんだ、夏なのに中は随分と涼しいんだな」


 汗を拭くために首元に巻いていたタオルを口元にあてながら、恐る恐る中に足を踏み入れた途端に肌を撫でる冷気で流れる汗がさっと引いた。


 てっきり閉め切られた内部は蒸し風呂のような地獄かと予想していたが、埃っぽささえ我慢すればむしろ冷房が効いていると錯覚するほど居心地は良い。


 後で知ったが、蔵の分厚い壁が外気温を遮断するため、季節問わず内部の気温を一定に保つ役割を果たすらしい。照明のスイッチを押すと、淡い白熱電球の下におびただしい数の木箱が姿を見せ、春彦の視界一杯に広がる。


「もしかして、これって全部骨董品か?」


 長年かけて降り積もった白い埃は、さながらパウダースノーのように数多ある木箱に白く堆積していた。サイズは大小様々で、片手に収まるサイズのものから大人が一抱えするほど巨大な木箱まで。


 呆気にとられながら見て回ると、どれも達筆な筆字で名前が記されていた。手近にあった細長い木箱を手に取ると、表面の埃を手で払って露わになった文字を声に出して読んで思わず眉をひそめた。


「かのう……たんゆう? 何処かで聞いたことがあるような、ないような」


 スマホを手に取り〝かのうたんゆう〟と名前を検索すると、どうやら江戸時代初期に活躍した狩野派の絵師であることがわかった。

 

 肝心な狩野派とやらがなんなのかさっぱりだが、スクロールを続けると生前出かけた作品の数々が表示された。そのどれもが美術に疎い春彦でも知っているような有名作品だらけで、驚きのあまりスマホを床に落としかけて片っ端から保管されている骨董品の数々を検索していくと、どれもが国宝や重要文化財に指定されている作品を生み出した有名人の作品ばかりであることを知った。


 蔵の内部は現代でいうロフトのような造りになっていて、一階部分と比べて二階には木箱の数こそ少なかったものの、大事に梱包された絵画が多く見受けられた。


 やはり巨匠による作品ばかりが目につく。過去に瑞鳳苑がどれほど稼いだのか知らないし、今更知りたいとも思わないがいささか道楽に金を注ぎ込みすぎではないかと呆れていると、隅に置かれていた戸棚と壁の隙間に、隠すように立てかけてあるナニかを見つけた。


 ――なんでわざわざこんなところに?


 気になって戸棚をずらすと、舞い上がる埃の中に〝それ〟はあった。何重にも紐で縛られた何の変哲もない麻袋に手を伸ばすと、好奇心に従って紐を解いていく。中から姿を現したのは、一枚の額装された油絵で、春彦の視線は一人の女性に釘付けとなった。


 その女性は青空の下、大輪の向日葵畑に囲まれて真白なワンピースを着て立っていた。風に揺れる黒髪を手で押さえながら、透き通るほど白い肌の顔には見惚れてしまうほど可愛らしい笑顔が浮かんでいる。


 風にそよぐ黒髪を押さえる指先まで、綺麗に表現されてるなと素人目に感心したのだが、保存状態が決して良好とは言えず表面には水分を失った大地のような亀裂が、至るところに走っていた。


 指先で触れた箇所からぼろぼろと剥落はくらくしてしまい、慌てて元の麻袋に戻そうとした春彦だったが、あるを思いついて手を止めると、謎の女性の絵を写真に収めた。

 

 もしかしたら、芸術そっち方面に明るい祥子なら何かわかるかもしれない――没交渉となっていた会話の糸口になるかもと期待して、今し方撮った写真と期待を添えてラインを送信した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る