現代①
一
長いトンネルを潜り抜けると、強烈な日差しで車窓から臨む景色が一瞬白く染まる。大学の夏休みを利用して二年ぶりに帰省した
空調の効いた快適な車内から降り立つと無防備な顔面を熱気の塊にぶん殴られるような錯覚を覚えた。とにかく暑いの一言に尽きる。
大音量でシャワシャワと鳴くクマゼミの鳴き声が、ウェルカムフラワーのように頭上から降り注いで
確か、今年はエルニーニョだかラニーニャだか知らないけれど、記録的な猛暑が続くと気象予報士がしたり顔で語っていたような気がする。首筋を流れ落ちる汗を拭いながら、下り方面のトンネルに姿を消していく車両を見送ると、
すぐに額に汗が浮かぶ。シャツの襟を手で仰いで空気を送り込んでいるとポケットの中のスマホが震えた。
「はあ? 来れないってなんだよ。祥子が駅まで迎えに来るのを待ってんだぞ」
「だから急用が出来たんだって。ていうか、もう名前で呼ばないでって散々言ってるじゃん。わたしたち別れてるってこと忘れてない?」
「いや、それはさ、なんていうか……あのときはお互い感情的になってただけであって」
「わたしは冷静だったし、もうやっていけないと思ったから別れを切り出したわけ。そもそも感情的だったのはハルのほうでしょ?」
「なにいってんだよ。祥子だって散々キレてただろ」
喧嘩口調になると歩く速度も早まり、改札を出てすぐ声を張り上げた春彦に鬱陶しげに睨みつけてくる通行人の視線に気がついて声を潜める。
「だから、なんで来れなくなったんだよ」
通話相手は、〝元〟彼女の
突然迎えに来れないと告げられひどく落胆していると、スピーカーの向こうで外行きの服にでも着替えているのか、衣擦れの音がやけに大きく聞こえた。
熱さも一瞬遠のく不埒な妄想を、貞春の頭を過ぎらせる。
「あーもうグチグチ煩いな。最寄りの駅まで電車で三十分もあれば着くんだから、いちいち文句言わないでよ。それじゃあね」
「あ、ちょっと祥子……マジかよ」
一方的に通話を終了され、深くため息を吐く。再度かけ直したところで電話に出るとも思えず、仕方なく電車で実家に向かうことにした。
祥子とは鼻水を垂れ流していた子供の頃からの付き合いで、親同士も仲がよく小中高と同じ学校に通っていた。特別美人という訳では無いが、人当りはよく快活であったため、どこにいっても人気者だったことを覚えている。
車内の椅子に座りながら、なんとなしに学生の頃の記憶を掘り起こしていた。
誰とも分け隔てなく付き合う性分だったから、勘違いした男子から告白をされることもしばしばあった。
そんな祥子と付き合い始めたのは高校二年の夏。どちらかが交際を申し込んだわけでもないが、気がつくとキスをしていてそういう仲になっていた。
あれから五年――夏を目前に控えていた今年の五月に、なんの前触れもなく電話で別れ話を切り出されたときは、この世の終わりかと思うほどに衝撃を受けた。
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