第10話 望まぬ形で(3)

「シツツメさん、正直に聞いても良いですか?」


 夜桜市のダンジョンへ車で向かっている最中、助手席に座っている凛音がシツツメに声をかけた。シツツメは凛音の方へ視線は向けず、「何だ?」と短く反応する。


「行方不明になっている方は、生きていると思いますか?」


 正直に、とは言うものの凛音のその質問はあまりにも直球だった。シツツメは握っているハンドルを指先でとんとんと叩きながら、凛音の質問に答える。


「ぶっちゃければ、最悪のケースになっている可能性が高い。だが生存している場合、どれだけ早く見つけることができるかだ」

「時間との勝負ということですか。いつもこのような状況に身を置いているのですね」

「こんな状況にならないのが一番だが、好奇心や有名になりたい、金儲けの理由であのダンジョンに入る連中が後を絶たない。まだ見ぬ未知の資源を狙う企業もある。楽園とでも思っているのかもな」

「そうではないと?」

「当たり前だろ」


 はあ、とシツツメは息を吐く。凛音にとっては少々耳が痛くなるような話だが、それを承知の上でシツツメは言っているのだろう。

 太陽が完全に落ちて夜になった頃、シツツメと凛音は夜桜市のダンジョンへ到着する。車を停車させ、そこから降りた二人は海沿いの大都市にはおよそ似つかわしくない洞窟の方へ向かって行く。凛音は夜桜市のダンジョンに来るのは初めてなので、どこか感慨深そうである。このような状況でなければ、もっと感情を露にしていただろう。


「四季! すまない、良く来てくれた。連絡が取れて助かったよ」

「お前の気苦労を考えると、電話に出ない訳にはいかないからな」


 到着したシツツメに駆け寄って来たのは、黒いスーツ姿の藤村だ。その藤村と話しながらシツツメはダンジョンの入口手前に、ちらりと視線を向ける。藤村と同じくスーツ姿の人間や、プロテクターを身に着けた物々しい装備姿の集団がおり、そこから聞こえてくる声には悲痛なものが混じっている。行方不明になっている人間の親もあそこにいるのだろう。


「藤村。捜索部隊は一度、上まで戻って来たのか?」

「ああ。四季と違って第四階層まで潜り、そこから戻ってくるだけでも相当ハードだ。ましてやそこで行方不明者の捜索となれば、部隊の人間も命がけだからな」

「捜索部隊は実際、よくやってるよ。そう思っていないのは上の連中だけだ」

「四季にそう言って貰えると──」


 と藤村が言いかけたところで、シツツメの隣に立つ凛音に気づいた。夜桜高校の制服を着ているということもあり、大して気にも留めていなかったのだろう。

 だがシツツメの隣にいるのがダンジョン系の配信者として、人気実力共にナンバーワンを誇る雨宮凛音だということに気づくと、「──え!?」と大きな声を上げ、凛音に上から下へと視線を巡らせた。そして彼女が紛れもなく雨宮凛音本人であるという確信を抱くと、藤村はシツツメの肩を大きく揺らす。


「おい四季! 何でここに雨宮凛音がいるんだ!? しかも夜桜高校の制服を着ているし──まさか、夜桜高校に転校して来たのか!?」

「あー、どうもそうらしいな。というより、今はそんなこと話してる場合じゃないだろ。俺とこの雨宮で行方不明者の捜索に当たる」


 ここに凛音がいるということに驚きと混乱を隠せない藤村に対し、シツツメは至って冷静だ。凛音はこくりと頷いた。


「はい。藤村さん……でしたか? 初めまして、雨宮凛音です。今日はシツツメさんのお手伝いということで、ここへ来ました。いずれは正式にこの夜桜市のダンジョンに挑戦するつもりです」

「これは、どうもご丁寧に……」


 簡単に自己紹介をして頭を下げる凛音に、藤村も困惑気味に頭を下げた。この反応からしてこいつも雨宮の配信や動画を見ているな、とシツツメは内心思う。むしろ凛音をまったく知らなかったシツツメが、圧倒的に少数派なのだが。


「挨拶はそれまでだ、行くぞ。──藤村、行方不明者が見つかり次第、連絡をする。第四階層ならまだ連絡が通じるからな」

「分かった。だがくれぐれも無理はしないでくれ」


 ダンジョンの入口へと向かいながら、シツツメと藤村は会話を交わす。凛音も二人の後に着いていった。

 入口手前にいた集団がシツツメと藤村、その後ろにいる凛音を見る。そしてその場がざわついた。凛音が夜桜高校に転校してきた時のように騒ぎにならず、凛音に気付いた時に起きたざわつきもすぐに収まったところから、やはり高校生とは違うところが窺えた。しかし視線をちらちらと制服姿の凛音に向けてしまうのは、仕方がないか。

 その集団の中から、中年の男性がシツツメに駆け寄ってきた。必死の形相で、この男性が行方不明になっている人間の父親なのだなとシツツメは理解する。


「あなたがシツツメさんですか!? お願いします、娘を助けて下さい! 私たちが知らない間に、こんなところへ入ってしまって……! お願いします、どうか……!」


 現れたシツツメが最後の希望なのだろう。まるで救世主に縋るかのように、男性はシツツメに頼み込む。

 シツツメは小さく頷き「全力を尽くします」と短く、だがはっきりと男性に言うと、道を開けた集団の中を通り、凛音を連れてダンジョン内へと入って行った。その最中、地面に座り込み泣いている女性がシツツメの視界に一瞬、映る。きっと母親なのだろうが、シツツメはその女性に声をかけることはなかった。

 シツツメが大きなことを言わなかったのは、過度な期待を持たせないようにするためだ。シツツメは救世主ではなく、一人の人間である。やれることにも限界が存在する。最悪のケースも、もちろん想定していた。

 だが最悪を知らない人間が、最善を尽くすことはできない。そういうものだ。


「ここが第一階層ですか。安全が確保されているダンジョン内、唯一の場所ですよね」

「ああ。だが俺たちが向かうのは第四階層だ。恐らくはそこにいるだろ」

「ではすぐに下の階層へ向かいましょう」


 興味深そうに洞窟の形をしたダンジョン内を見ていた凛音だが、すぐに切り替える。シツツメは「言われるまでもない」と言えば、その場にしゃがみ、地面に右手を当てる。その行動の意味が凛音には分からず、思わず首を傾げてしまった。


「シツツメさん、一体何を?」

「説明は後でする。俺の体のどこでもいいから、触れ。触ったのなら離すなよ」


 凛音の疑問は当然だが、シツツメはそれを後回しにした。凛音はシツツメが適応者ハイブリッドだとは思っているが、能力までは分からない。その能力を使おうとしているのだろうと思いながら、凛音はシツツメの首筋に細く綺麗な指を這わせる。肩か背中に手を当てると思っていたシツツメは首筋を触られると、不意を食らったかのようにびくっと体を揺らした。不機嫌そうにじろりと凛音を見上げるが、どうにも悪気は無さそうだ。


「シツツメさん、首筋弱いんですか?」

「うるさい」


 そしてシツツメは適応者ハイブリッドの能力を使用し、第四階層まで自分と凛音を繋げ、そこへと渡った。だが行方不明者のところまで直接、渡れる訳ではない。第四階層までは文字通り一瞬で行けるが、そこからは捜索をしなければならない。



 ◇



「……驚きました。まさかシツツメさんがワープ能力を持っているだなんて」

「そんな便利なモンじゃない。俺の適応者ハイブリッドとしての能力がただのワープや瞬間移動だったら、もっと上手くやっている」


 周囲を見渡し、流石の凛音もこの状況を一瞬信じることが出来なかったのか何度か目を瞬かせたが、シツツメの能力であることを理解すれば納得がいったようだ。当のシツツメは何か思うところがあるのか、その表情はしかめっ面である。


(単純なワープや瞬間移動ではないということですか。それに気のせいか、疲れているような……? 能力の使用に条件や制限がある?)


 凛音はシツツメの様子を見て考えを巡らせるが、シツツメ自身に問えば分かることだと思い、それを止めた。そして凛音はぐるりと自分の周囲を確認する。

 第一階層と呼ばれている場所は、ただの洞窟だった。ならば第四階層もその延長線上にあり、同じ殺風景な洞窟の形をしたダンジョンだと思っていた。

 だが、シツツメと凛音の足元に敷き詰められ、舗装されているのは石畳。凛音は自分のすぐ傍の壁に指を這わせてみるが、非常に滑らかだ。まるで腕の立つ職人によって作られたかのようだ。


「ずっと洞窟の風景が続くかと思っていましたが……」

「ここのダンジョンは、そんな単純じゃない。胸糞悪いことにな」


 凛音の呟きに、シツツメはうんざりしたように言った。この光景もシツツメは、何度も見てきたのだろう。

 二人の前に広がるのは洞窟ではなく、ファンタジー映画やゲームに出てくるような中世を思わせる城の内部だ。この先の通路も一本道ではなく、いくつも道が分かれている。一体誰が設置したのか分からないが、松明によってこの城の形に変わっているダンジョンの明かりは確保されていた。


「雨宮、もし戻るならすぐ上に帰すぞ」


 とシツツメは凛音に言う。ダンジョン内の姿形、全てが変わっている。恐怖を抱き、凛音が戻ると言ってもそれは当たり前のことだろう。

 だがシツツメは特に興味が無いが、凛音は人気実力共ナンバーワンのダンジョン配信者である。シツツメの言葉に凛音は首を横に振り、シツツメを見上げた。その瞳に恐れはまったく見られない。

 凛音はこう言って、シツツメに意志を示した。


「帰るはずがないでしょう。シツツメさんの手伝いに来たのですから。──さあ、行方不明者の捜索を始めましょう」

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