第9話 望まぬ形で(2)

 陽が落ちて辺りが暗くなり始めた頃、シツツメは店の外へと出た。今日はもう店を閉めようかとシャッターを下ろそうとした時、ふいに人の気配に気づき、そちらを見た。

 シツツメの視線の先にいたのは、穏やかな笑みを浮かべている凛音だった。制服姿なところから、学校帰りなのだろう。シツツメはシャッターを下ろしかけていた手を止める。


「こんばんは、シツツメさん。このような時間に申し訳ありません」

「よう。夜食でも買いに来たのか?」


 挨拶をする凛音に対し、シツツメは店内を指差す。凛音はシツツメに歩み寄ると「いいえ」と小さく首を振った。


「私、夜遅くの食事は控えていますので。そういうのは気をつけているんですよ?」

「真面目だな。深夜に食べるカップラーメンの美味さを知らないとは。──それで? 買い物じゃないなら、何の用だ?」


 また協力者になって欲しいとでも頼むんだろうと思っているのか、シツツメの態度は素っ気ない。そのシツツメを目の前にし、凛音ははっきりとこう言った。


「はい。もしよろしければ、シツツメさんのダンジョンでのボランティアをお手伝いをさせて頂きたいと思いまして」

「……普通の客として来て欲しいと、前に言ったけどな俺は」


 それを聞いたシツツメは凛音をじろりと見下ろした。その目は明らかに凛音を疑っている。何が狙いなのか、何が本心なのかシツツメは考えていた。それは当然とも言えるだろう、いきなり自分を手伝いたいなどと頼まれれば。逆に凛音がシツツメの協力者となる訳である。

 探るような目で見られている凛音は「やましいことはありませんよ」とシツツメに断ってから、言葉を続けた。


「シツツメさんに協力者を頼みたいことには変わりありませんが、私はまだシツツメさんのことをはっきりとは知りませんから。頭に入れたのはあくまでも情報だけ。ダンジョン内でのシツツメさんをこの目で見たいと思うのは、当然のことです」

「ゴミ拾いに行くのとは訳が違うっていうのを理解しているのか? ボランティア活動で内申点を上げたいなら、そっちの方がずっと良いだろ」

「ええ、きちんと理解しています。これでも様々な高難易度ダンジョンを攻略していますから。それに付け加えるなら、内申点なんて気にしたことはありません。間違いなく最高評価でしょうから」

「どこからその自信が──いや、言わなくてもいい。大体分かった」


 やれやれとシツツメは頭を掻く。彼女からしてみれば、学校内での評価など気にかける必要はないのだろう。凛音にとって今重要なのは、最高難易度のダンジョンとそしてシツツメのことだ。

 と、シツツメは何かに思い当たったのか、「もしかして」と声に出す。


「その様子だと、学校で何か言われたか? あいつら面白がってるんじゃないだろうな」

「まさか。私がお話を聞かせて頂いた八雲さんは、シツツメさんをとても慕っていましたよ」

「なるほど、伊月から聞いたのか。伊月が何を言ったのかは分からんが、雨宮が思っているほど、俺は大した人間じゃない。お前が協力しようとしているボランティアでもそうだ。助けられないことも、当然ある」

「ですがシツツメさんは、人助けを続けています。それに助けた方々からは何の謝礼も求めないし、受け取ることもないと八雲さんから聞きました」

「伊月の奴、案外喋るじゃないか。……それを求めたら、もうそこで終わりだ」


 凛音の言葉に、シツツメはぽつりと呟く。続けられるそれは凛音にというよりは、自分に言い聞かせているようにも思えた。


「誰かを助ける時、決して報酬や見返りを求めてはいけない。誰に言われるでもなく、勝手にやっているなら尚更だ。もしそれを助けた人間に欲したなら、その瞬間に今までの行動全てがおぞましく醜いものへと変わる」

「……それがシツツメさんの心構えですか?」

「どうだか。今思いついた言葉かも知れないぞ」


 シツツメが凛音に笑いかけたとき、電話の着信音が鳴った。凛音は一瞬、自分のスマホに手を伸ばしかけるが着信音が設定しているものと違うので、すぐにシツツメのスマホからだということに気づく。シツツメはズボンのポケットからスマホを取り出すと、凛音の方を向いたまま電話に出た。シツツメに連絡をしてきたのは、藤村である。


「ああ、俺だ。どうした?」

『すまない四季、こっちに至急来てくれないか? 捜索してほしい人間がいる。四季にもっと早く連絡できれば良かったんだが……』

「捜索するのは構わんが──何があった?」

『本来なら、すぐ四季に伝えるはずだった。だが上の連中が、「いつもボランティアの人間に頼るのはいかがなものか」って言ってな。編成した部隊だけで捜索したんだが、まだ見つかっていない。行方不明になった子の親が必死に訴えたところで、上の許可が下りてようやく四季に連絡ができた』

「中間管理職の辛いところだな。ダンジョンに入ってからどれぐらい経過した?」

『第四階層に入った反応があってから、半日。そこからは音沙汰無しだ。第四階層以外にいる可能性もある』

「……分かった。すぐに向かう」


 シツツメが通話を切り、スマホをポケットに戻す。凛音が見上げたシツツメの表情は浮かない。恐らく最悪の事態も想定しているのだろう。


「何てタイミングだ。今の会話を聞いただろう、雨宮。今日はもう帰れ。次こそ普通の客として──」

「いいえ、帰りません。私を連れて行った方が、より行方不明者の捜索がしやすくなると思いますよ、シツツメさん」

「何だと?」


 シツツメは凛音を帰らせ、自分一人でダンジョンに向かうつもりだった。そんな当然とも言えるシツツメの判断に凛音は正面から異議を唱える。

 「はあー……」と盛大に溜息を吐き、がしがしと頭を掻いたシツツメは目の前の凛音をどうしたものかと困っているようだ。

 とは言え、一刻も早くダンジョンに向かわなければならない。もしまだ行方不明者が生存しているのであれば、ここで過ごしている一秒がそもそも無駄なのである。それに気が回らないシツツメではない。そしてシツツメがそれに気を回せる人間であることを、凛音はこの短い期間で見抜いていた。その凛音は自分の胸に手を当て、こう提案する。


「私が捜索中に出会う全ての敵を倒します。そうすれば、シツツメさんは捜索に専念することができる。もしシツツメさんの手を煩わせるようなことがあれば、今後シツツメさんに関わらないとお約束しましょう。どうです?」


 凛音のその提案は、自分の能力に絶対的な自信が無ければ口にすら出せないものだ。シツツメは一瞬、考える素振りを見せる。


「二言はないな?」

「はい。超絶美少女として誓いましょう」

「自分でそれを言うなよ。──このまま待ってろ、雨宮。俺はすぐに準備してくる。俺の準備が終わったら、車に乗ってダンジョンに向かうぞ」

「分かりました。お待ちしています」


 状況が状況なので、シツツメは凛音が同行することを認めると準備のために店内へと入っていった。凛音の同行をシツツメが認めたのはあのまま考えている時間が惜しかったのと、あそこまではっきりと「全ての敵を倒す」と言った凛音に乗ってみたからだ。シツツメは凛音の配信や動画を見たことがないので(厳密には五秒程度見た)、ダンジョン内での凛音を知らない。しかしあの自信は間違いなく、適応者ハイブリッドなのだろうと予測している。


(もし雨宮が邪魔になるのなら、第一階層まで雨宮を戻した後にまた捜索に戻ればいい。そうなる可能性の方が高いだろうが)


 タクティカルスーツに着替え、手早く装備を整えるとシツツメは店の外へと戻った。店のシャッターを下ろすシツツメの姿を見た凛音は「似合っていますよ、シツツメさん」と率直な感想を伝える。


「そりゃどうも。すまないが雨宮の方は、着替える時間は無いぞ。このまま向かうからな」

「構いません。むしろ制服姿の方が配信映えしますから」

「──は? 雨宮、お前配信するつもりなのか?」

「はい。ここ数日配信していませんでしたし、視聴者の方々も夜桜市のダンジョンでの配信を待っていますから」

「……くそっ、やっぱり断るべきだったか。配信なんてものには興味ないんだが」


 悪態をつきながらシツツメは店の裏に停めている車の運転席に乗り込む。凛音も助手席に乗るとシートベルトを締めながら、「シツツメさんの邪魔はしませんよ」と言った。

 邪魔はしないのは当然のことなのだが、シツツメにとっては凛音の配信に映ってしまうというのが嫌なのだ。凛音の配信に出るというのは、ダンジョン系の配信者や動画を投稿している人間からは羨望と嫉妬を受けることになるだろうが、シツツメにしてみればどうでもいいことだ。単純にそういったことにまったく興味が無いからなのだが、望まぬ形でシツツメは配信に映ってしまうだろう。

 凛音の同行を許可したのを早くも後悔しながら、シツツメは凛音を助手席に乗せて、夜桜市のダンジョンへと車を走らせた。

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