第4話 転校生は超絶美少女(1)

「なるほど、そうなんですね。夜桜市のダンジョンに挑戦したっていうだけで、ステータスになる……だから皆、躍起になっているということですか」


 デスクトップ型のパソコンの前に座り、設置されたマイクを通じてその少女は口にした。とても透き通っており、聞く人間の心を穏やかにさせるような声だ。少女が言ったその瞬間に、ディスプレイに表示されているコメント欄にはまるで滝を思わせる量のコメントが一気に流れて来る。だがそれはカメラを通して配信を行っている少女にとってはいつもの光景なのか、落ち着いた様子だ。そのコメント欄の中には無数のスパチャも混ざっているが、いちいちそれを読んではいくら時間があっても足りないと少女は考えているようで、特に言及もしない。

 広々とした室内で配信を行っている少女は、まだ高校生ぐらいに見える。肩まで伸びた黒髪は艶やかで、女性が見れば誰もが羨ましがるだろう。前髪はやや長めに伸ばしているが、それが少女の雰囲気にマッチしている。ぱっちりとした目元は二重瞼で、少女の黒い瞳を美しく見せていた。そもそも少女の顔立ちは非常に整っており、そこらの女優やアイドルなど問題にならないぐらいのレベルである。男女問わず、全ての注目を集める──そう言っても差し支えないぐらいだろう。


「そういえば他の配信者の方々でも、挑戦したという話は聞きますね。一緒に挑戦しないかという話もしょっちゅう来ます」


 と少女の言葉に対しての反応で、コメント欄が高速で動いていく。「他のグループとのコラボ見たい!」「てか他のチャンネルでコラボ企画なかったっけ?」「あったあった。あれどうなったんだろ」と他の配信者やチャンネルとのコラボの噂が話題になっているのを見て、少女は「あれはですね」と一呼吸間を置いてから言った。


「断りました。私が時間をかける程ではないですし、それに見合うほどの価値は無いと判断しました」


 あまりにも容赦の無い言葉だ。だがコメント欄は「マジ? 向こうは登録者数百万人超えているチャンネルなのに」「まあ、リンネだから許されるよな」「確かに。それ以外なら秒で炎上するだろ」「むしろ向こうが燃えるまである」と配信者である少女、リンネを肯定するコメントしか流れて来ない。少女はそれを見ながら指先でさらりと黒髪を撫でる。


「元々、夜桜市のダンジョンは私一人で挑戦し、クリアするつもりです。そこに乗っかってバズりたい配信者は山のようにいますから、いちいち断るのも──」


 と少女が面倒くさそうに呟いた時、ぼんやりと眺めていたコメント欄の中で、気になる書き込みが見えた。他のコメントもそれに対する返答が多くなっている。


『そういえば、夜桜市のダンジョンで人助けのボランティアしている奴がいるらしいな』

『それ聞いたことあるわ。SNSとかでもたまにその話題出るよな』

『噂だとあのダンジョンをクリアできる可能性があるの、そのボランティアだけって話だけど』

『は? ボランティア強すぎて草』

『あとめっちゃイケメンらしい。てことは俺ぐらいか?』

『イケメンって言葉調べ直してこい』


 それまで表情を崩さなかったリンネだが、そのコメントを見て初めて表情を変えた。目を明るくさせ、笑みを浮かべるその顔は無邪気にも、そして危うくも見える。


(私の配信で、私のこと以外で話題を作るなんて──何者でしょうか、そのボランティアは。もしかしたら、私が権利を与えてもいい人間の可能性も……)


 リンネは楽し気な笑みを浮かべたまま、「皆さん」と視聴者に向けて言った。


「その方の情報、もっと教えて頂けますか? 夜桜市には近い内にお世話になりますから、知っておいた方が良さそうです」



 ◇



 ウルフカットの少女、八雲伊月やくもいつきは通っている私立夜桜高校に向かっている最中だった。伊月は現在高校二年生で、年齢は十六歳。身長は百六十に届くぐらいで、平均身長よりは少し高いぐらいだ。目は切れ長で髪型もあるあろうが、クールな印象である。

 私立夜桜高校は一学年に約三百人の生徒がおり、三学年全てを合計すると九百人近い生徒が通っている。制服は男女ともブレザータイプで、制服の可愛さから入学を決める女子も多い。その上、髪型や髪の色に関しては相当校則が緩い。「常軌を逸するもの以外であれば認める」と生徒手帳に書かれているため、髪を染めている生徒が男女問わず大勢いる。伊月もその例に漏れず、薄い茶髪に染めていた。

 夜桜高校の割と近くに住んでいる伊月は、徒歩で学校に通っている。その登校中、彼女は毎日ある場所に立ち寄っていた。会えれば運が良いぐらいにしか考えていない彼女は、上下ジャージ姿にサンダル履きと、明らかに寝起きの格好のまま店のシャッターを開けているシツツメを見つけ、肩に担いでいたスポルティングバッグから手鏡を取り出すと、前髪を整え、手鏡を鞄に戻してからシツツメに声をかけた。


「おはよ、シツツメさん。今日は早起きなんだね。この時間に店開けるなんて、珍しいじゃん」

「ん? ああ、伊月か。おはよう──まあ、近隣住民のために、たまにはな」

「目が覚めちゃっただけでしょ。この前なんか昼過ぎに開店したって、近所のおばちゃんから聞いたよ。そんなんで大丈夫なの?」

「心配だと思うなら何か買ってくれ」


 とシツツメは欠伸をした。そんなだらしのないシツツメを見た伊月は「ダンジョン内とは別人だよね」と呟き、スカートのポケットから百円玉を取り出すと、シツツメに向かって投げ渡す。


「お茶持ってくるの忘れちゃったからさ、一本買うよ。今日のお客第一号だね」

「一本と言わず五本ぐらい買ってけよ」


 百円を受け取ったシツツメはぶつくさとぼやきながら店の中に入ると、お茶が入ったペットボトルを手に出て来た。ただ一本ではなく、二本持って。伊月に歩み寄ると「ほれ」とその二本のお茶を伊月に渡した。伊月は「一本多くない?」と首を傾げる。


「初回特典で一本おまけしといてやる。飲まないなら友達にでも渡せばいい」

「またいい加減なことしてるね、シツツメさんは。……ま、貰っておくかな」


 伊月は二本のペットボトルをバッグの中に入れた。シツツメは「早く学校に行けよ、学生」と伊月に言うと、背中を向けて店内に戻っていく。シツツメが店内に入ったのを見送った伊月は「今日は朝からラッキーだったな」と、思わず笑みが浮かんでしまう自分の頬を撫でながら、通学の道に戻った。



 夜桜高校に着き、本校舎二階にある二学年の教室のひとつ、二の六に入った伊月はクラスメイトたちと朝の挨拶を交わしながら、自分の席に腰掛けた。そこで後ろの席に座っているクラスメイトの金髪の少年、宗像琉衣むなかたるいに「おはよーさん」と声をかけられる。伊月は「ん、おはよ」と後ろを振り向かずに挨拶を返した。琉衣とは昔から知っている仲なので、これで彼が不機嫌になるということはない。


「今日遅かったじゃん。寝坊しかけたか?」

「そんな訳ないでしょ。むしろ琉衣が先に来ていることにびっくりなんだけど。珍しく早寝した?」

「いや、単純に早く目が覚めちゃってさ。だって今日、一大イベントが朝からあるじゃん」

「イベント? ああ、転校生ね。まあ確かに、イベントはイベントね」


 先週の終わり頃、転校生が今週の頭からクラスに来ることを担任が言っていたのを伊月は思い出す。転校生が同じクラスになるというのは今までの学生生活を思い出しても、一回あったかなかったぐらいだ。ショートホームルームが始まる直前のクラス内も、話題はそのことで持ち切りだ。


「可愛い女の子かな? それとも美人の女の子かな? いやー、楽しみだなあ」

「めちゃくちゃゴツい男が来るに一票」


 あくまでも現実的に伊月は答える。ふと横を見ると、席は空席になっている。転校生用に席順を無理矢理ずらした結果、伊月の隣になったのだろう。


「夢の無いこと言うなよ、お前。もしかしたら、あのダンジョン系超絶美少女の雨宮凛音ちゃんが転校生で来るかも知れないじゃん。夜桜市のダンジョンに挑戦するって配信でも言ってたし」

「もし本当に来たらパニックになるでしょ。今、一番人気のある配信者様が」


 はーあ、と伊月は溜息を吐いた。その後ろでは琉衣が「ワンチャンはあるだろ!」と騒いでいる。どんなワンチャンだよと伊月が心の中でツッコんでいると、担任の男性教師が入って来た。教室内で散らばり、雑談をしていた生徒たちも自分の席に戻る。どこかそわそわとしているのは、もうすぐ転校生がやって来るからだろう。


「あー、えー……先週話した通り、転校生が来る訳なんだが……その、何だ。くれぐれも皆、びっくりしないで欲しい。他の生徒にバレたら──いや、時間の問題か」


 教師は言いながら、落ち着かない様子で教室と廊下を隔てている戸をちらちらと見ている。教師のその様子にさすがに生徒たちは疑問を抱いたのか、「先生それどういうことっスか?」「すげえヤンキーが転校生とか?」「ヤンキーとかいつの時代?」と、再びざわつき始めた。

 その教室内でふう、と自分を落ち着かせるようにひとつ息を吐いてから教師は戸に目を向けた。


「それじゃあ、入って来なさい」


 教師のその言葉を聞き、戸を開けて転校生が教室内へ入って来た。教師にここまで言わせるのだから、一体どんなイロモノがやって来たのかとテンションが上がっている生徒たちの前を歩き、教壇に立っている教師の横にその少女は並んだ。これからクラスメイトとなる生徒たちに向き直り、ぺこりと頭を下げるその仕草は美しい。伊月だけではなく、このクラスにいる全員が見惚れてしまっていた。空気が変わるとは、このことを言うのだろう。


「初めまして。今日からこのクラスにお世話となります、雨宮凛音あまみやりんねと言います。まだこの学校──いえ、夜桜市に慣れていませんので、色々教えて頂ければと思います。これからよろしくお願いします」


 聞き惚れてしまうような清涼感のある声で自己紹介を済ませた凛音は、もう一度頭を下げた。

 ついさっきまでざわついていた教室内は、しんと静まり返っている。想像を超えた事が起こると、人は思考を停止させてしまうらしいが──それが今まさに、実際に起こっていた。自己紹介を終えても何の反応も無い中、凛音は小首を傾げると「あそこの空いている席で良いんですか?」と教師に質問をした。教師は「え? あ、はい!」と思わず敬語で凛音に返事をしていた。

 伊月は隣の空席まで歩き、そこに座る凛音を呆然と見ていた。そして自分の隣の席となった伊月に凛音が視線を合わせると、凛音は小さく微笑んだ。

 そこでようやく自分たちがいるクラスで何が起こったのかを理解した生徒たちは、「えええええー!?」と大声を上げた。席から立ち上がり、凛音の周りに集まっていく。


「え!? 本物!? マジで!?」

「あ、雨宮凛音ちゃん!? いつ夜桜市に来たの!? てか転校生って……!」

「待った待った待った、皆一旦落ち着こう。……もしかしてこれ、配信の企画じゃね?」

「じゃあドッキリか何か? 一日限定で夜桜高校の生徒になってみた、とか?」


 周りの生徒たちが興奮を隠さないまま、口々に言う言葉を聞いて凛音はおかしそうにくすくすと笑った。


「そんな企画、ありませんよ。本当にここの転校生です。皆さんと同じ夜桜高校の生徒になりましたから」


 突然すぎることに混乱しきっている伊月の肩を、後ろの席に座っている琉衣が叩く。そちらに視線を向けると、他の生徒たちが全員ここに集まっているため、揉みくちゃになっている琉衣が「な! ワンチャンあっただろ!」と勝ち誇ったような笑みを見せていた。伊月は手慣れた様子でクラスメイトたちに対応している凛音に視線を戻し、思わず呟いた。


「ワンチャンどころじゃないでしょ、これ」

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